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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第1章 五戦士
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第26話 断線

「ビノダロス、怪我の具合はどうだ...?」

メルヘト城にはラーフィールの王族が暮らしている。

式典襲撃事件の後、廊下ですれ違うほとんどの者が、ビノダロスに怪我の具合を尋ねる。


「カナブ殿、大丈夫じゃ。もうこれほど動かせる。」

ビノダロスが痛む肩を回して見せる。

「知恵の戦士、頼んだぞ...ワシらドローン家は、王都外に、行く当てがない。この城が安全でなくなれば、ドローン家もこの国も終わりだ...はぁ...」


「油断できない状況じゃが、ホミニスもフェイフェリスも、万全の状態じゃ。もうすぐギデオンも戻る。ここは、今でも世界一安全な場所じゃ。」

ビノダロスがうなだれる王族の背中をさする。


穏やかな声で励ますビノダロスだが、表情には拭えない緊張が滲んでいる。

庭園に出ると、閉ざされた城壁前に集まった民衆が声を揃えて不安を叫ぶ。


「ホミニス!説明しろ!」

「国王よ、お守りください!」

「何が起きたんだよ!」

ビノダロスはため息をつき、城を見上げる。


150年余り生きてきたが、これほど無力を感じたことはなかった。

「魔力の供給が届かないぞ!」

「家の前のエンケルが盗まれたわ」

城内地下の魔力合成陣から、道に埋め込まれたエンケルを伝って生活に必要な魔粒子を街中に供給している。

高品質なエンケルを、混乱に乗じて盗み出すものがいるという。

人々は疑心暗鬼になり、小競り合いが至る所で発生した。


知恵の戦士であるビノダロスにも手に負えない問題が山積みだった。

突然、民衆の声が静かになる。

近頃ビノダロスは急な変化に敏感になっていた。


高台に上がると、トラプス軍の凱旋が見える。

「ギデオン。」

ギデオンが隊列の先頭に立ち、馬にも乗らず大股で大通りを行進している。


「将軍!状況は?」

「まだ何の説明もないんです!」

「大丈夫なんだよな!?」

「顔を見せろ!」

民の語気が次第に荒くなる。

「おいギデオン!」

「あ゛ぁ!???」


山脈にまで響き渡るギデオンの大声に、人々が静まり返る。

「俺様はぁ!ラーフィール史上最高の、司令官だ。今回の遠征でも、無駄な犠牲は誰ひとりとして出しておらん!」

怒鳴り声を聞き、城の各階から王族が顔出す。


「ヤツの正体だってな、もう目星はツいてる。俺様が必ずヤツを始末してやる。お前らは、自分の持ち場に、戻らんかぁああ!!!!」

至近距離で怒鳴られた民が涙目で固まっている。


「...ギデオン、」

「ギデオン、」

「ギデオン!」

人々の声が広がっていく。

気づけば王都全体がギデオンを讃えていた。


「シュッシュッシュッ...」

ギデオンが呼吸を荒げながら城門をくぐる。



_______



「...」

城に入ったギデオンをホミニスが無言で出迎える。


「やってくれたな...」

「愚民どもが調子に乗りおって。シュッシュッ」

「言っているだろう。責任の取れぬ言動は、民の信用を失う種だ!」

ホミニスが珍しく声を荒げる。


「るせぇジジィだ...」

「まあまあホミニス。これで民の不安が幾ばくかは収まったじゃろう。」

駆けつけたビノダロスが仲裁に入る。


「ふん。これで問題が起きれば、ついにお前の地位は危ういぞ。」

「わかってらー。」

「それに...例の怪物は手に入れたんだろうな...?」

ホミニスがギデオンを睨み続ける。


「あ?あぁ、ああー、ヘラクレスのことか。ヘラクレスは...あれだ、アルテミス女王が逃がした。シュシュッ!」

ギデオンが柄にもなくしどろもどろする。

「逃がしただと?」


「代わりといってはなんだが...」

ギデオンが下がると、兵に囲まれたミコトが姿を見せた。

「ミコトマぁス!」

「ホミニス!」


ミコトがホミニスに駆け寄り、静かに抱き合う。

ホミニスはミコトの肩を強く掴み、わずかに揺すった。

「よくぞ、よくぞ戻った。」

ホミニスの目に涙が浮かぶ。


「まったく、本当に、世話が焼ける王子だよ。」

ホミニスの涙につられ、ミコトの目が潤む

「ここにいれば、安全だ。部屋はしっかり掃除してあるぞ。本当に...皆が、お前を待っていた。」

ホミニスの手が小さく震えている。


自分の行動が軽率に思え、ミコトに不甲斐ない気持ちが芽生えた。

「ギデオンには助けられたよ。」

ホミニスが首を回しギデオンを見る。

「ふん。たまには食事会に出席しなさい。」

「減量中なもんで。シュッ...」

ギデオンが手を開いてごまかす。



_______



ミコトが去って数日、ムサシたちは当てもなく旅を続けた。

道中巨大イノシシに襲われたが、ヘラクレスが一発で仕留め数日間ごちそうにありつけた。


「なんで頭に花つけてんだ。」

「別に、いいでしょ。ほっといて。」

リオの拒絶にムサシが鼻で笑う。


「リオ、頭に花。イイな。」

ヘラクレスがリオの頭に軽く触れる。

「え!気づいた?そこに咲いてたのがかわいくて」

リオが目を輝かせて話す。


後ろから豪華な花の(かんむり)をつけたグラントが現れる。

「...」

皆、顔を見合わせた。

「なんだよ。」

グラントがムスッとしている。


「これから、どこいくのさ。」

グラントの問いに誰も答えられず沈黙が続く。

「どこでもいいだろ。風は吹く。」

ムサシがあっけらかんとした様子で言う。

「なんじゃそれ...。」

グラントは納得していないが、ヘラクレスは穏やかにふたりのやりとりを聞いている。


「ヘラクレスがミコトと行きたいと言うから、一緒に旅してるけど、その風のなんとかについていく意味はボクらにはないんだ。」

リオが不安な顔をするが、ムサシは動じない。

「ボクらはなにより、安全第一。君たちのように旅を続けて、アルテミスみたいなのに出会ったら一巻の終わりさ。」

「そうね...。」


ヘラクレスがグラントの意図を察し、ミコトが去った朝と同じ顔をする。

「言うとおりだな。」

「うん。」

四人がしばらく、沈黙する。


「安心して暮らせる田舎を探すよ。」

「それがいい。」

ムサシが冷たく言い放つ。


「カゼツカイ。」

ヘラクレスが竹とんぼをムサシの目の前に差し出す。

ほんの一瞬、視線が落ちる。


「持ってけ。風使い。」

ヘラクレスがグラントを肩に乗せ、一度振り返り、跳び去った。

ミコトが壊したボロボロのエンケルを、リオが握り締める。



_______



食事会のさなか、ミコトは昼間見た民の嘆きを思い出した。

本当は馬車から降り、皆と顔を合わせたかった。


迷子のハビロ、おしどり夫婦のケシ爺たち、そしてペンダントを預かったハナムとシロテも、あの人だかりのなかにいたはずだ。

ミコトは食事の手が止まり、虚空を見つめた。


民の悲鳴が嘘のように、王族たちは嬉々として贅沢な料理をたしなんでいる。

ギデオンが南方から持ち帰った食材で作られた料理だろう。

ここにいる者は、誰一人として、ムサシを知らない。リオも、ヘラクレスもグラントも。

王族たちにとって、彼らはこの世界に存在しない痛みだ。


その事実をどう受け止めればいいか、ミコトはわからなかった。

「ビノダロス...」

ふと、知恵の戦士の名が頭をよぎる。


ビノダロスは、ムサシとリオを知っている。

「あの、カナブさん、ビノダロスを、見かけませんでしたか?」

近くにいた男にミコトが声をかける。


「ビノダロス?ああ、先程ニジーロ博士に呼ばれて出ていったよ。なんでも魔力合成陣が不調なようでな。原因を突き止めたいらしい。」

「ああ、博士に...。」

ニジーロは魔力合成陣の術式を設計した魔術師であった。

国の皆が彼の魔術理論の恩恵を受けている。


「ニジーロのやつも、自分でどうにかできんもんかね。ビノダロスには城を守る重要な責任があるというのに。これだから研究者という者は...」

男が話している途中で、ミコトが会場を出ようと歩き出した。


――!!

天井の明かりが全て消え、広間が闇に包まれる。

「なんだ?魔力切れか?」

参加者たちがざわつきはじめる。


「シュー...」

嫌な予感がし、ミコトは大きく息を吸った。

どこからか苦しみの匂いが漂う。

(――ビノダロス!)


ミコトが竹とんぼを手に光らせ、走り出す。

地下に続く長い階段を降りると、魔力制御室から極彩色の明かりが漏れている。

風を背に突き進み、入り口にたどり着く。


「ビノダロス...!!」

太いエンケルを巻きつけられ、拘束されている。

偉大な知恵の戦士が、苦悶の表情を浮かべる。

エンケルが長く伸びた先、鮮やかな色がひしめき合う鎧が据え置かれている。


「ミコト、逃げろ...」

鎧の後ろから魔術博士・ニジーロが現れ、鎧が液体のように彼に絡みつく。

「王子殿。ちょうどよかった。見なサイ、ここ。新鮮な知恵の魔粒子はいい色だろお。」

ミコトが剣の柄を握り、息を吐く。

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