第24話 影の形に随うが如し
「おのれクソババア!絶対に許さん!シュッシュッ!」
ギデオンが塔に向かって叫び続ける。
眩しい月光でこちらからアルテミスの姿が確認できない。
ただ矢が等間隔に飛んできては、その場にいるひとりを確実に貫いた。
ムサシがミコトに視線を送るが、ミコトはムサシに背を向けたまま固まっている。
ムサシの視界に、森から出ようとするリオが写る。
リオがやけに静かな戦場を不思議そうに眺める。
「リオ来ちゃだめだ!」
「来るな!」
ミコトの声は鎧でくぐもり、ムサシの声は届く距離ではなかった。
「え!?なにしてんの?」
リオが木陰から踏み出した瞬間、動きを止める。
「リオ!!」
ミコトが叫ぶ。
「うおぉ!」
ギデオンの叫びが重なる。
ギデオンの胸に矢が突き立っていた。
「将軍!」
ミコトがギデオンの死を嘆く。
ムサシは信じたくない推測をした。
これまで矢は端にいる人物から順番に突き刺さった。
......そして今、一番端にいるのが、リオだ。
ムサシもミコトも、リオの方から目を背けられない。
ムサシもミコトも、目をつぶり風がリオを救うのを願った。
「...」
大地が小刻みに揺れている。
森からの向かい風が強くなる。
木々がへし折られる音が断続する。
揺れ、風、音すべてが草原にいる者の五感に迫る。
気づけば拘束がなければ立っていられないほどの衝撃が、草原一帯に響いている。
――大地が、到来した。
森の木々をなぎ倒し現れた大地は、草原を照らしていた月の光をさえぎってゆく。
「ヤマガミガメ...」
そう呟き終える前に、ヤマガミガメの甲羅がミコトの頭上を覆い、身体が自由を得る。
「...浮いてる?」
神獣の御体の下の暗闇で、拘束を解かれた者たちが安堵の声を交わす。
しかし亀の足らしきものが見当たらない。
「ミコト!」
リオとムサシがミコトのところに集まる。
三人とも竹とんぼを出し、灯りを確保する。
「ヤマガミガメが来るなんて!」
「いや、もっとヒドい。」
ムサシが照らす先で、ヘラクレスが両腕を上げている。
「ヘラクレス!」
ミコトがヘラクレスのもとへ駆け寄る。
「ミコト、ありがトウ。」
ヘラクレスが腕を震わせわずかに微笑む。
「え...?まさか君ひとりで...持ち上げてるのか...?」
「このカメ、子供。動かナイ。...運びやすイ。」
リオが汗をびっしょりかいている。
「この後、どーすんだ?」
ムサシが尋ねると、ヘラクレスがたった今思いついたような顔をする。
「ふンっ」
ヘラクレスがうなる。
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「なぜ、ヤマガミガメがここに!!」
アルテミスが慌てふためく。
「月光下で、なぜ動ける...!」
「か、神だから...ですか...?」
「お黙――」
ヤマガミガメが、飛んでくる。
考えられない光景に防御を忘れ、宙に投げ出される。
「ドサッ」
なんとか着地の衝撃を和らげたアルテミスが立ち上がる。
山の下敷きになった城が木っ端微塵に崩れ落ちる。
振り返るとミコト、ムサシ、そしてヘラクレスが並び立つ。
「ふっ。ヘラクレス。お前はわたくしのもの。」
アルテミスはヘラクレスに一瞬手を伸ばし、軽やかに逃げ去る。
「待て!」
追いかけようとするムサシの前に、ヘラクレスの拳が振り下ろされる。
「操られてる!斬るな!」
「俺が死ぬ!」
ヘラクレスの身体は固く、本気で斬ってもかすり傷程度にしかならない。
なだめようとするミコトの鎧に、ヘラクレスの強烈な打撃が襲う。
「ぐわあ!」
鎧の衝撃吸収が間に合わず、突き飛ばされるミコト。
リオが離れた位置から叫ぶ。
「ヘラクレス!あなたの魔力は、アルテミスより強い!心を、支配されないで!」
ヘラクレスの精神で飛び交う言葉の嵐に、リオの声が混ざる。
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「ぐおおお!」
「粒子に抗うな。」
「お前はわたくしが育てた」
「戦え!」
「抗えば苦しい。従えば楽になる」
「お前にできることは破壊だけ」
「殺せ。」
「ボクの言うとおりにすれば」
「支配されないで」
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ヘラクレスが息を荒げながら、動きを制御する。
「うおおお...」
顔が苦痛に歪む。
「ヘラクレス。そうだ!」
ミコトが目を見開く。
「その調子だ。君なら、できる。」
「ミコトぉ...」
ヘラクレスが声を振り絞る。
「どうした!」
「オレ、突き刺してクレ...」
ヘラクレスが両手を横に広げる。
「もう、」
ヘラクレスの目から涙がこぼれる。
「誰モ傷つけたくナイ...」
「待てムサシ。」
ムサシが剣を構え息を吸う。
「シナト...!!」
グラントがヘラクレスの前に滑り込む。
ムサシがギリギリ刃を止めた。
「ヘラクレス、君は、人間だ。」
ミコトの言葉と同時に、グラントが涙を流す。
「傷つけるか、守るかは、君が選ぶ。」
ムサシが剣を引くと、風が舞い輝いた。
風はヘラクレスの胸を温かく通り抜け、グラントの白いまつ毛を揺らす。
ヘラクレスの表情が穏やかになっていく。
「グラント...」
壁に寄りかかるヘラクレスにグラントがもたれる。
「......竹とんぼ、いる...?」
リオの声が沈黙を破った。
ヘラクレスが、踏み出す。
「最後に、確かめタイ」
ミコトの視線にムサシがうなずく。
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「グルォォオオオ」
聞き馴染みのある鳴き声をたどると、アラシがアルテミスを追いかけ回している。
繰り出される魔術をかわし、時折前足を高く振り上げる。
「この馬、なんですの。全く言うことを聞きませんわ!」
「アラシご苦労だった。」
やってきたムサシのもとにアラシが駆け寄る。
「礼を言いたいやつがいる。」
そう言うとムサシは下がり、ヘラクレスが歩み出る。
「ふん。戻りましたか、我が力よ。」
アルテミスが手を差し伸べるが、手応えがない。
ヘラクレスがアルテミスの目をまっすぐ見据える。
「なんですって...。衛兵!今すぐこいつらを捉えなさい!」
アルテミスの命令が空虚に響く。
「衛兵!なんで誰も来ない!」
「ザッザッ」
金属と砂の擦れる音。
「お呼びか?ババア。」
身体に矢を立てたままのギデオンが現れる。
「お前の兵は全員伸ばしといた。いい憂さ晴らしになったぜ...。シュウ...」
「ギデオン!無事だったか!」
ミコトが喜びの声を上げる。
「あん!?ミコト?お前なんでこんなところに...」
「え...仲間だったんですの?」
アルテミスが裏切られた表情をしている。
「ミコトを知らねえんじゃ世話ねえなあ。ここにいるミコトマスはラーフィール二十八代国王フェイフェリスの息子、二十九代国王となる御方だぞ!丁重に扱えぇい!」
「なんですって...」
アルテミスが顔に混乱を写しながら歯を食いしばる。
「で、どうすんだ。こいつは。」
「任せるよ。将軍。」
「まーた事後処理かあ!うんざりだぜ。」
ギデオンの大声が明け方の澄んだ空に響く。
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木々がほとんど倒れている森を、一同は進んでいく。
「なんかこの二日、だいぶ重たかったわね...」
リオがうなだれる。
「たくさん食べた分だと思えば、仕方ないよ。」
ミコトが苦笑いする。
「こんなことなら我慢せず食べておけばよかった...。」
リオが肩を落とす横で、ムサシが懐から出したカラフルなスイーツをつまんでいる。
そばを飛んでいた鳥をわしづかみにし、ヘラクレスが生でかじりつこうとする。
「待て待て待て、それなら焼こう。」
リオが必死に止めるのを見て、ミコトたちが顔を見合わせる。
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焚き火を囲み、ヘラクレスが人数分捕まえて来た鳥を味わう。
薪になる木がそこらじゅうに転がっており、すぐ火がついた。
焼き立ての鳥肉はなかなかの絶品で、一同は舌鼓を打った。
「ヘラクレス、グラント、いいんだよ。僕らと来なくても。」
「うん...。でも正直ふたりの旅は大変だし、三人にお世話になるのが一番安全だと思うけど...ヘラクレス、どう思う?」
グラントが自信なさげにヘラクレスに尋ねる。
「オレが、ミコトと行きたいンダ。」
ヘラクレスが余裕に満ちた顔で言う。
「ソレに、焼いた肉はウマい。リオ...か?いいオンナだ。」
「ぶふぅ!」
ミコトが吹き出すのを見てグラントも笑う。
「よかったな。嫁入り先が見つかった。」
ムサシが剣を研ぎながら言う。
リオは顔を真っ赤にして肉を焼き続けた。
「シュッシュッシュッ」
馬に乗ったギデオンが独特な呼吸音とともにやってくる。
「おおい!ミコト、」
「ギデオン...どうした?」
「食事中すまんが、信じられねえことが、王都で起きたらしい。」
ムサシが横目でギデオンを睨む。
「...五戦士が、殺された。」
薪のはじける音がミコトの聴覚を麻痺させる。




