第22話 躾け
城の中、犬用の檻に入れられ運ばれている。
グラントが檻の中から周囲を警戒する様子は、さながら新居に連れて来られた子犬のようであった。
「取り逃がした!?」
「大変、申し訳ございません!」
アルテミスの声がグラントの耳をつんざく。
兵たちがしきりに頭を下げる。
「一匹だけ、確保しております。」
グラントの檻を指差す。
「ん?こんな小さいの連れておりましたか?」
「はい、確かに、やつらの仲間のひとりです!」
アルテミスが檻の中をのぞき込み、じっくり眺める。
「まあ、よいですわ。本物の使者をもてなしなさい。」
「は!!」
兵が広間を後にする。
扉が閉じてから一呼吸置き、アルテミスがグラントに語りかける。
「坊や。本当にはじめからヤツらといたのですか...?」
グラントが必死に震えを抑える。
「実に興味深いですこと。かわいがってあげますわ。」
アルテミスは魔術で檻を浮かせ、裏庭に運び込むと、グラントを解放した。
「ぁあ!」
グラントは走り回り出口を探す。
裏庭は四方を高い塀に囲まれていた。
室内からアルテミスが見ている。
イメージに反した穏やかな表情がグラントの警戒心を解いていく。
裏庭の中央で立ち尽くし、アルテミスに問いかける。
「なぜ解放した?それなら外に、出してくれ。」
「出さないわ。」
「なぜだ!ボクはあいつらの仲間じゃない。交渉には使えないよ。」
「よくってよ。」
「じゃあなにが目的だ!」
がらんどうな裏庭にグラントの高い声が響く。
「お前は、美しい。特別だ。お前がそこらを走り回っているだけで、面白い。自分では、気づかないと思うが。」
アルテミスの声が低く移り変わるのに、グラントは不思議と安心感を覚える。
「退屈なら、弓を教えようか。」
アルテミスが裏庭の芝に足を踏み入れる。
グラントが身構えるが、アルテミスに敵意がないことは一目瞭然だった。
脇に備えられている小型の弓矢を取り出し、グラントに持たせる。
「え...」
アルテミスはグラントの後ろに回り、姿勢を補助する。
グラントはされるがまま、素直に弓を引いた。
「もっと強く、引きなさい。」
アルテミスのささやきが優しく鼓膜を撫でる。
「そのまま、離して。」
グラントが放った矢は、力なく芝に転がる。
「これから毎日弓を引けば、すぐに届くようになる。貸してみなさい。」
アルテミスの言葉が不覚にも胸のなかでこだまする。
「ヒュッ」
アルテミスの放った矢が、的のど真ん中に突き刺さる。
弓倒しに移るアルテミスの横顔にグラントは目を奪われていた。
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「グラントを助け出そう。とか言う気じゃないでしょうね...。」
難しい顔をしているミコトに、リオが問いかける。
「言うだろうな。」
ムサシがミコトの剣を研いでやっている。
「それはできナイ...」
ミコトの意志をさえぎるヘラクレスの言葉に、三人は言葉を失う。
「いいの...?」
リオが遠慮気味にうかがう。
「アルテミスは、無敵ダ。誰モ、かなわナイ...」
「お前が言うなら、そうなんだろうな。」
ムサシが冷たく言い放つ。
「そうダ...。アルテミスは、完全にオレを操ル。アルテミスに、操らレル苦しみ...もう二度ト...」
リオがエンケルを揺らしながら、話し出す。
「そうね...。ヘラクレスの異常な強さは、魔粒子強化によるものなんだわ。魔粒子依存が高い肉体は、上位の魔術師に操られやすい。体内の魔粒子量が多い魔術師の悩みよ。でもヘラクレスは、魔術師ではないのよね。」
「ン...?そうダ。」
ヘラクレスは混乱しながらも返事をした。
「怖いもの知らずのあのガキのことだ。きっとあの女のところでも図太く生きられる。」
ムサシの言葉を聞きリオが考える。
「...そうかもしれない。アルテミスは過激だけど、無力な少年を傷つける理由はないわ。しかも私たちも、追われる理由がない。」
「ヘラクレスが逃げられれば、解決かもな。」
ムサシがミコトに目を向ける。
ミコトが胸の前で小さく竹とんぼを回している。
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時間を忘れ弓に触れていたら既に日が傾いている。
室内から聞こえる叫び声でグラントが我に返る。
「ちょっと、お待ちください!ここは、許可がなければ入れま」
「バコン!」
武骨な鎧に全身を包んだ大男がアルテミスの部屋に乱入する。
足先から頭頂までの隙のない装甲はさながら巨大な鉄塊のようで、くすんだ配色が歴戦を物語る。
「女王殿!どういうことだ?ニセモノをもてなしたせいで、俺らのぶんの食いもんが足りないって?」
気づけばアルテミスが部屋の方に向かっている。
「レディの部屋に勝手に入ってきて、いきなりなんですの?ラーフィールの将軍も落ちたものですわ。」
「本物とニセモノの見分けもつかない女王に言われたくねえぜ。シュウッ。」
アルテミスが額に青筋を浮かべる。
「まず名を、名乗りなさい!」
「俺様はな、ラーフィール王国正規軍、トラプス軍最高司令官、ギデオン将軍様だあ!シュッシュッシュッ」
ギデオンの呼吸音が耳につく。
「王都から遥々、ようこそギデオン。お待ちしておりましたわ。ただ、少し待たせすぎでありませんの?先に到着したニセモノは、ちゃんと、わたくしの欲しがるものを持って参りましたわ。」
「このギデオン相手に、なんと無礼な女だ...。国王の二十周年式典に参加しろという引き留めをようやく振り払って、こんな僻地までやってきたというのに。それに望み通り兵と物資の半分、前もって送ったはずだぞ。」
アルテミスの目が泳ぐ。
「た、たしかにそうでしたわ。...ですがひとつ。こちらも有用な情報がございますの。きっとギデオン将軍の手柄になる情報よ。手違いを埋め合わせる価値は確実にある。」
「ほう。ならまず、今回の主題のヘラクレスとやらを、拝見しようか。」
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「ヘラクレスが、」
「おらんぞ。」
兵器保管庫内、アルテミスとギデオンの後ろで、衛兵たちがざわつく。
「女王殿...?」
兜の奥のギデオンの瞳が笑っていないのが、外から見えずとも感じ取れた。
アルテミスが檻内を見つめたまま立ち尽くす。
「女王陛下!中庭の小さい捕虜が見当たりません!脱走しております!」
一瞬鬼の形相を見せたアルテミスだったが、なにか思いついたように表情を緩ませる。
「ギデオン将軍、伝え遅れておりました。わたくし狩りが趣味でして。たった今獲物が集まるエサを撒いたところですわ。ご一緒してくださる?」
アルテミスが上目遣いでギデオンに詰め寄る。
「手の込んだことをする女だな。それでは国王二十周年を祝って。今回はその誘いに乗ることにしよう。」
アルテミスがニヤリと微笑む。
「シュッシュッ!ギデオン部隊!戦闘用意!アルテミス軍に遅れを取るな!」
ふたりの指揮官が、自軍を我先にと草原に繰り出す。




