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一角のアネモイ  作者: pandanikus
第1章 五戦士
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第20話 狩猟月

リオがアルテミスに連れられ崖下にたどり着くと、凄まじい光景が広がっていた。

崖にべったりと張り付いた血痕。

無惨に転がる兵士の死体。

苦痛にもだえる生存者たち。


その奥、同じ人間とは思えない動きで交戦するふたりの男。


「ヘラクレスにまとわりついているあの男、なんですの...?」

アルテミスが側近の隊長に尋ねる。

「ムサシナタス...」

リオが見つめる先、ムサシがヘラクレスに斬撃を浴びせる。


ヘラクレスの豪速の打撃をすれすれでかわし、攻撃後の隙を狙って斬りつける。

かするだけで即死の拳。

しかしムサシの軽やかな身のこなしに追いつくことはない。

回避の流れのままに、ムサシは次々と剣を打ち込む。


斬られても動じなかったヘラクレスの動きが、次第に鈍る。

「素晴らしい...」

アルテミスは驚嘆の眼をしてムサシに見入っていた。


「...陛下!捕獲を...!」

「ああ。わかってますわ。」

アルテミスが踏み出し、ヘラクレスに接近する。

「ヘラクレス、止まりなさい。」

手を差し伸べると、ヘラクレスの身体が凍りついた。


「うおお...」

ヘラクレスが苦悶の表情を浮かべている。

ムサシがもう一撃食らわそうとするのを、ミコトが制止する。

「待て。もう勝負はついた!」

「ん?そうか。」

ムサシが見下ろすと、ヘラクレスが膝をついてうなっている。


「演習は終了!引き揚げますわよ!」

兵士たちがあくせく動きはじめる。

ヘラクレスに重たい手錠がかけられ、首輪を引かれ連行されていく。

ミコトがアルテミスに向かうのを見て、先にリオが発言した。

「ヘラクレスは、人間ですよね...?」


他にも疑問は山ほどあったが、リオの立場で聞けることは限られている。

アルテミスが一拍遅れて反応する。

「あれは、人間の形をした魔獣よ。あなたも見たでしょう。あの荒々しい姿。」


ヘラクレスの傷だらけの背中が、鎖に引かれて遠ざかっていく。

「それより、あの剣士。よくぞ連れて来ましたわ。いい交渉ができそうね。」

アルテミスはリオの返答を待たず、城に向かって歩き出した。



_______



城で最初に通された部屋に三人が集まる。

先程まで命のやりとりをしていたムサシがもっとも平然としている。


沈黙に耐えかね、まずミコトが呟く。

「恐ろしいところだ...。」

「ここにいてと、言ったでしょ...」

リオの言葉を聞き、ムサシがあっけらかんとした顔をミコトに向ける。


「ムサシのおかげで何人か兵士を救えた。それに関しては、間違ってない。」

「そっちはなにか、収穫が?」

ミコトの言葉にうなずきながら、ムサシが問う。


「とりあえず、女王はまだ、私たちをラーフィール王国の遣いだと信じている。」

「...それだけか?」

ムサシに苛立ちながら、リオが続ける。


「女王はヘラクレスのことを、“魔獣”と言ってたわ。そしてあの戦いは“演習”と...ムサシを見て、『いい交渉ができそう』と言ってた...」

「なるほどな。」

「...え?」

リオだけが腑に落ちない様子だった。

「ミコト、教えてやれ。」

ムサシに振られ、ミコトが話す。


「おそらくだ。おそらくだけど、女王は生物兵器を貯めこんでる。ラーフィールとは、兵器の取引で交渉の約束をしていたんだと思う。ラーフィールの要求は、さっきの“ヘラクレス”だ。」

ムサシがうなずく。

「しかしヘラクレスがなにかの拍子に脱走して、捕まえようとしている最中に、僕らが街に到着し、慌ててもてなしたんだろう。ヘラクレスの脱走を隠すために、僕らを疑うことを完全に忘れてる。」


リオの眼差しが徐々に真剣になる。

「でその女王は、俺に興味を持ったと。」

ムサシが剣を取り出し手入れをはじめる。

「あんたまさか、女王に仕える気じゃないわよね。」

「首輪を巻かれるのはごめんだ。」

リオが安心して息をつく。


「俺らの行動は...決まりだな。」

ミコトとリオがうなずいている。

「逃げま――」

「ヘラクレスを助ける。」

リオに被せてミコトが放った言葉に、ムサシは目を丸くした。



______



ミコトは昼間熊とすれ違った通路に立っていた。

城内を照らす満月の光も、この通路では入り口までで途切れている。

手で壁をつたい、竹とんぼの光で先を照らす。


ヘラクレスを救おうという提案は、ものの見事に却下された。

リオが拒むのも無理はない、とミコトは自身の無謀さを自覚していた。

しかし拘束される直前の、彼の絶望に歪んだ表情をミコトは忘れられなかった。

この先にヘラクレスがいるのなら、一度だけ言葉を交わしたい。ミコトはその一心で暗闇を進んだ。


奥に進むにつれて、嫌なケモノ臭が濃くなる。

巨大熊が出入りをコントロールされていたことから、突然襲われることはないとミコトは推測した。

そしてヘラクレスは、もっとも奥まった場所に囚われている可能性が高い。


ミコトは暗闇を慎重にかきわけ、確かな足取りで奥に進んでいく。

至るところから、動物の寝息が聞こえる。

嵐が木々の間を縫うような、不気味な音がする。

ミコトの身体も次第にこわばる。


時折、隙間から動物の体毛が飛び出ている檻がある。

刺激しないように、細心の注意を払う。

ミコトは既に恐怖の限界を迎えていたが、ここまできて引き返すほうが割に合わないと思った。


やがて通路が尽きる場所、ここでは一番小さな檻に突き当たった。

竹とんぼの光が照らす限りでは、なにも入っていないように見える。

ミコトが小さく、呼びかける。


「...ヘラクレス。」

反応がない。

「ヘラクレス。いるのかい。」

「ジャリ...」

鎖の動く音。

「グラント...か?」

「...グラント?」

ミコトの後頭部、硬いなにかが叩き込まれる。



_______



月明かりに照らされた、城の頂。

鐘の吊るされていない鐘塔に、アルテミスが立っている。

満月を背に、弓を構える。


街の灯りを溜め込む瞳で、北の空に狙いを定める。

力を込めて放った矢は森のなかに消えていった。

ケモノの鳴く声がひとつ、明るい夜の空に響き渡る。

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