第18話 歓迎
「おわあ!」
ミコトが汗だくで飛び起きる。
「なんなんだよ、今の夢」
「やっと起きたか。」
「なんの夢?」
ムサシとリオがせっせと手作業している。
巨大野牛の背は揺れが心地よく、つい寝過ごしてしまう。
「え...忘れた...。」
「この暑い中、昼まで寝てたら悪夢も見るでしょう。水浴びしたいとこね。」
ここ数日、炎天下の乾燥地帯を進んでいる。
「昨日浴びたばかりだろ。水浴びの旅か。」
ムサシの口数が増えたのをミコトは喜んでいた。
「あんたは昨日も浴びてないでしょ。クサいのよまったく。」
リオは喜んでいないらしい。よくふたりで言い合っている。
「リオ、それ、何かに使えそう?」
マンダリンから奪った魔術鎧を、リオが解析している。
「相当高く売れるぞ。」
鎧が斬れなかったのを根に持っている男が口を出す。
「魔粒子適合が極めて高い素材でできてる。これはイジりがいがあるわ...」
作業に集中しているときのリオの目は、若干不気味で近寄りがたいとミコトは思っていた。
「ゴゴゴ...」
向こうの砂漠から、地響きがする。
驚いた三人が視線を向けると、山が、動いている。
それも少なくとも十五の峰が連なる山脈といったところだ。
「南じゃ、山も歩くのか...?」
ムサシが珍しく驚愕している。
「す、すごい。ヤマガメの群れだ。」
山ほどの巨体を持つ亀。ミコトが読んでいた魔獣図鑑で、世界最大生物として紹介されていた。
「動いてるとこを見れることなんて、なかなかないはずだ。」
神秘的な生命を目の当たりにし、ミコトが瞳を潤ませている。
「進路が被っていたら...今頃ぺしゃんこね...」
リオが青ざめる。
姿が見えなくなっても、ヤマガメが大地を踏みしめる轟音が頭の奥で鳴り続けた。
やがて森林地帯に入り、目当ての川にたどり着く。
アラシが水辺ではしゃいでいる。
野牛に乗る三人の姿はアラシの目線からは見えにくく、心細かったかもしれない。
三人はそれぞれ身体を清め川岸に集まった。
「それにしてもヤマガメ、すごかったな。ここまで来た甲斐があるよ。」
ミコトが目を輝かせる。
「ヤマ“ガミ”ガメじゃ。」
ダミ声が森のほうから届く。
目を向けると狩人と思しき中年の男が立っている。
「ヤマガメじゃねえ、ヤマガミガメじゃ。あれは山の、神じゃ。」
ムサシが身構えていないことから、危険な人物でないことがうかがえた。
深刻な顔をする狩人にリオが応える。
「この地域ではそう呼ばれているんですね...」
「けしからんん!」
男の叫び声に驚きアラシが耳を立てる。
「誰じゃここに糞をしたやつはあ...!」
三人がアラシを見る。
アラシが首を横に振る。
「お前か?」
ムサシに真顔で尋ねられ、リオの顔が怒りに染まる。
「たぶん...」
ミコトが指差すと、野牛が恥ずかしそうに横目でこちらを見ている。
「お前らの牛じゃろ!糞は持ち帰れ!」
「えっ」
「ここ一帯は、ヤマガミガメの生息地。この山も、ヤマガミガメの甲羅の上かもしれんのだぞ!」
男の剣幕にミコトが目をぱちくりする。
「もうすぐ、満月じゃ。満月の夜は気をつけい。何百年、何千年眠っていたヤマガミガメが、今度の満月に目覚めるかもしれん...。ヤマガミガメは目覚めると、それまでその背を踏み荒らした者のところに現れ、無礼者がうすーく潰れてその痕跡を消し去るまで、踏みつけ続けるのじゃぁ...」
狩人が話し終わる前に、リオが野牛の糞を手早く回収した。
「い、いきましょう!」
リオの声が裏返る。
ミコトたちが去っていく後ろで、狩人がニタニタと笑っていた。
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森を抜けると、草原の先に立派な都市が築かれているのを発見した。
「アルテミス...領?」
小高い城壁で囲まれた領地。
正門の前に白い石でできた美しい女神像が立っている。
「こんなところに、街があるのね。物資を揃えるのに丁度いい。ちょっと行ってくるわ。」
リオが野牛から降りようとする。
「僕もいく!」
ミコトが手を上げるのをリオが制止する。
「ふたりは、ここで待ってて。買い物はひとりでじっくりする派なの。」
「放っておけ。あ、とぎ石ひとつ。」
ムサシが雑におつかいを頼む。
リオは不機嫌にうなずき、ボロボロのエンケルにメモした。
「ミコトは大丈夫?」
「うん、、、それより、その格好でいくの...?」
マンダリンの魔術鎧を改造し、ワンピースのように着ているが、少し派手すぎる。
「え、悪い?完全防備よ。」
ミコトもファッションセンスというものはよくわからないが、リオがそれを持ち合わせていないことがわかった。
「いってきまー」
リオが振り返ると、現地の兵隊と思しき部隊が整列している。
「...」
無言で顔をそむけたリオがミコトに問いかける。
「いつのまに!?」
「いや僕も気づかなかった!」
「ゆっくり堂々と近づいてきてたぞ。」
「「言えよ!」」
ムサシの平然とした発言に、ミコトとリオの声が重なった。
「待ち合わせてたんじゃないのか。」
ムサシが身体を起こし、剣の鞘をつかむ。
「我らは旅の者!いか用につかまつるか!」
ミコトが部隊に向かって声を出すが、少し遠く、届いているか確証がない。
「固い...し」
リオが苦笑いする。
部隊長が前進し、高らかに声を上げる。
「よーうこそ。おいでなさいました!長旅お疲れのことでしょう。このアルテミス領、御一行を歓迎致します!どうぞ、そのまま城門へお進みください!」
三人は目を丸くし顔を見合わせた。
兵隊たちが掲げる旗に漂う賑やかな魔粒子は、歓迎の意を表しているのだろうか。
部隊長の案内に導かれ、三人と二頭はアルテミス領に足を踏み入れた。
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「なんなんだ!この街は。」
ミコトが並べられた色彩豊かな料理を次々に味わっていく。
きらびやか、かつわきまえのある装飾がほどこされた天井が高い部屋で、三人は食事を楽しんでいた。
「さすが、南方ね。豊富な食材と腕利きのシェフ。王都圏では特権階級でもありつけない料理でしょう。」
リオは皿に盛られた料理をひと口ずつつまんでいた。
「食っておけよ。取り上げられる前に。」
ムサシがパステルカラーのスイーツを手に取る。
「なんだこれは、あ、甘い...」
「スイーツ好きなの?」
ムサシがスイーツを皿ごと持ち上げ、すべて懐に流し込んだ。
「スイーツ...?初めてだ...」
「風で飛べなくなるわよ。」
「リオ、そこに並んでるドレス、着ていいんだろ。着てみてよ。」
ミコトがマンダリンワンピースに耐えかねて言う。
「そうねえ。どれがいいかな。」
リオがクローゼットを眺めていると、部屋に部隊長が訪れた。
「お楽しみいただけておりますか?」
部隊長が張り付けたような笑顔で話す。
「はい。なんと素晴らしいもてなし。」
「心から感謝致します。」
リオが一礼する。
それを見た部隊長が、声のトーンを上げた。
「私どもも、大変、安心いたしました!将軍様がこんな優しく美しい方だなんて。陛下もお会いするのを楽しみにしておられます!」
「将軍様...?」
発言にひっかかり三人の手が止まる。
「ここだけの話ですがね、ラーフィール王国の軍人様は相当おそろし...いや、威厳があると聞いておりまして...私どももどういったお出迎えをすればいいか頭を悩ませたのであります。」
ミコトがリオに視線を送る。
リオが額に汗を滲ませる。
三人の空気の変化を感じ、部隊長が尋ねる。
「...将軍様?」
リオをそう呼んでいるらしい。
ミコトが沈黙を破る。
「将軍!そろそろ、出発いたしますかね!明日の朝も、演習が入っておりますし...」
「そうしましょう!私たちの物がある場所、案内いただけますかな?」
リオの笑顔が完全に引きつっている。
「いけませんいけません、せっかくここまで来られたんです。ゆっっっくりと、休んでいかれませんと。」
「いやいや!あんまり戻らないと、五戦士様に、怒られてしまいますかね。」
「五戦士!?」
リオが機転を利かせて言った言葉が逆効果だったらしい。
「勘弁、頼みますよ。こちらも、今日のために、じっくりと準備してきたんです。しかし今すぐにと言うわけには...」
「準備...?いや今すぐ、ここを発たせていただきたい!」
リオが思い切って啖呵を切る。
「もう少しですから!ヘラクレスの状態が整いますのは!」
部隊長が汗だくで叫び、三人は唖然とした。
「もうしばらく、もうしばらくお待ちくださいませ!!」
そそくさと部隊長が部屋を後にする。
「...」
「なんなんだ?あいつ」
ムサシがスイーツをかじる。
「うん、ヘラクレスって...」
リオとミコトは胸に手を当て、呼吸を整える。




