第17話 欠落
胸に響く太鼓の音で人々が身体を揺らす。
細かい足のステップがリズムを装飾し、等間隔に手拍子が残響する。
天空都市がひとつの心臓のように規則的に波打つ。
人々が声を上げ、彼らの王の名を呼んだ。
『フェイフェリス王』
七色の光の粒子が狂おしく空を舞う。
人々はカラフルな織物を振り、投げ上げ、風になびかせた。
「ホミニス宰相!」
城壁前の特設舞台に、ホミニスが姿を現す。
おどけた様子で子供たちに手を振る。
ひととおり練り歩いた後、舞台の端に立った。
手を4度鳴らし、人々が静まる。
「ご苦労。王都の民よ。諸君の日頃の忠誠なる働きにより、この日を迎えられたこと、実に誇らしく思う。」
拡声魔術で響いた声が山々にこだまする。
「これより、フェイフェリス王20周年式典を...開催する!」
ホミニスが叫ぶと、再び賑やかな音楽と声が沸き上がった。
「まずは、偉大なる、五戦士の入場!」
ホミニスが舞台中央の幕を指し示す。
「平和の守護神、力の戦士ポリトゥス!」
ゆっくりと歩み出たポリトゥスは立ち止まり、勢いよく拳を掲げる。
最前列の少年たちが真似をし、ポリトゥスがうなづく。
「お次は一緒に...人類の叡智!風の戦士、ダビディス、そして知の戦士ビノダロス!」
ダビディスがビノダロスに背中を押されながら出てくる。
2人分にふさわしい大きな拍手が送られる。
「ダビディス様!どうかお顔をー」
ダビディスは鎧を着込み、民に顔を見せない。
見かねたビノダロスが真顔で大きく手を振る。
「そして...我らが法、孤高のカリスマ、究極の戦士、光の伝道師、美の戦士...ディコトムス!」
一瞬夜が訪れた。
城の各階から光線が放たれ、大きな弧を描き舞台上一点に集まる。
ぶつかるとさらに激しく炸裂し、眩しい光の中からディコトムスが現れ、一歩前に出る。
青空が戻り、手を止めていた太鼓職人が改めて太鼓を打ち鳴らす。
城壁前が大歓声に包まれる。
ディコトムスが両手を振ったまま、他の戦士が立つ位置に入る。
「ホミニスの紹介が予定と違う。」
ディコトムスが不満げに言う。
「長かったのか短かったのかどっちだと思う?」
ポリトゥスから耳打ちされるが、ダビディスは応えない。
「美の戦士、ビノ戦士」
ビノダロスが呟いたが、ポリトゥスは聞こえないふりをした。
ディコトムスへの拍手が落ち着き、人々がざわつきはじめる。
「ミコトマスは」
「王子は?」
「ミコト王子来るよな?」
「ミコトマスー!」
「最近見てないぜ」
「今日はミコトマスを見に来たんだ。」
ぽつりぽつりと口にされたミコトマスの名が次第に民衆全体に広がる。
「ミコトマス!」
「ミコトマス!」
「ミコトマス!」
人々は声を揃え、王子ミコトマスを呼んだ。
「静粛に!」
ホミニスが叫ぶと、人々は静まり顔を見合わせる。
「ミコトマスは、ここ最近体調が優れない。彼も、皆の顔を見るのを楽しみに、調整していたが、やはり回復が遅く、大事をとって、参加を見送らせてもらった。」
多くの民がホミニスの説明に納得がいかない様子であった。
「この式典での皆の声援が、きっと王子の力になるはずだ!今日は、盛大に、祝おうじゃないか。ミコトマスの父、フェイフェリス王の栄華を!」
少しずつ、拍手が広がる。
「フェイフェリス!」
「フェイフェリス!」
「フェイフェリス!」
ミコトマス不在の鬱憤を晴らすように、人々が現王の名をとなえる。
「ミコトって、人気だな。」
ポリトゥスが民を眺め呟く横で、ディコトムスは険しい表情をしていた。
軽く咳払いをし、ホミニスが仕切りなおす。
「それでは、登場していただこう。大いなる癒しの戦士。伝説の剣闘士、スパイドスレイヤー!」
人々の熱気がみるみる盛り返していく。
「偉大なる...我らがラーフィール王!」
ホミニスが手を振り上げると、ピンク色の煙がたかれる。
入場幕の前、煙のなかに影が浮かび上がる。
「フェイフェ...」
煙が去っても、影は影のまま存在した。
否、どす黒い泥のようにも見えた。
歓声が途絶え、全員の視線がその漆黒に吸われる。
影はふわりと、わずかに浮かび上がった。
気づけばそれは横に広く、一端が五戦士の目と鼻の先に届いている。
ダビディスが一歩、踏み出した。
次の瞬間ダビディスの兜が、なかの頭ごと身体から離れその場に転げた。
亡骸を避けるようにひるがえった影は、すぐそばのポリトゥスを覆い隠す。
影が揺れ、影と地面の間の隙間から、生命を失ったポリトゥスの顔が横たわる。
とっさにディコトムスは剣を抜いたが、既に腕ごと彼から離れていた。
胸を裂かれた美の戦士を血が彩る。
「ギャ」
影と大斧が接触した音で、ビノダロスはようやくこの漆黒が影ではないことを悟る。
しかしその時にはもう一端がビノダロスの左肩を刻んだ。
姿勢を低くし距離を稼ぐ。
その漆黒はまるで質量を持たぬように、手負いの老戦士にぴたりと詰め寄る。
「宰相!!」
民衆の誰かが叫ぶ。
唖然と見ていたホミニスが我に返り叫ぶ。
「フェイフェリス無事か!」
「ホミニス!知の戦士が」
民衆の声で、ホミニスは思い出したように魔術を射る。
ひらりと、かわされる。
ビノダロスは、その漆黒のなかに赤い瞳が埋もれているのを見た。
抵抗は無駄だ。
「バギャッ」
凄まじい破壊音がビノダロスを突き飛ばす。
衝撃波が民を押し倒す。
舞台が割れ、砂ぼこりが舞う。
ビノダロスが城壁のほうをうかがう。
フェイフェリスが剣を振り抜き、たたずんでいた。
ホミニスが目を剥いている。
あの漆黒は、影もなく消え失せた。
「なんなんだよ。なあ。」
フェイフェリスが蒼白している。
三人の戦士が、瓦礫に埋もれたままでいる。




