第13話 風の意志
ダビディスが指先で虚空を撫ぜる。
指先が示す方向に、斬撃が音もなく襲い来る。
「風の刃か。なんて技じゃ。」
ビノダロスとムサシが必死に回避する。
「こんなもの、風じゃない。」
ムサシが吐き捨てる。
自分に向かって放たれていないことにミコトが気づく。
「ダビ兄!ミコトだ!ミコトマスだ!攻撃を止めてくれ!」
ミコトが手を大きく振り上げる。
『ミコト。ちょっと待っててくれよ。』
ダビディスの声が魔術で拡声され、空気を震わす。
「まずいぞジイさん。」
「わかっとる。ヤツはワシらをミコトから引き離す気だ。」
ムサシとビノダロスが離れていく。
『ゆっくり楽しもうよ。さあ、』
ダビディスが上昇し手を高く掲げた。
その瞬間、つむじ風が巨大化しミコトとリオストスを巻き込んだ。
砂や泥を巻き上げた、黒い竜巻。
そびえ立つ風の巨塔内にミコトは捕らえられた。
「これ、ジイさんもできるのか...?」
ムサシが苦笑し尋ねる。
「いや...。ヴェスパ組が来たと言っておったな。」
「ああ。完全に薬漬けだ。」
「そうか...。ザルカには魔力を引き上げる効果がある。」
「おっ!」
黒い竜巻の壁面からカマイタチが繰り出され、間一髪避ける。
「まずいぞ。ジジイも、ザルカ吸ってこい。」
ビノダロスが顔をしかめる。
竜巻が全方位にカマイタチを飛ばし、二人の接近を許さない。
見えない斬撃が森を傷つけてゆく。
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竜巻内部は穏やかだった。
ミコトはリオストスをかばいながら剣を構えている。
「ダビ兄!いるんだろ!」
風の塔のなかで声が響く。
砂泥が舞う壁から、ダビディスが姿を現す。
見たことのない目の色をしている。
「ミコト、剣をしまいなさい。」
迷いつつ、ミコトが剣を鞘に収める。
リオストスがミコトの袖を強くつかむ。
「ビノダロスたちに攻撃をしてるなら、今すぐやめてほしい。お願いだ。」
「さすが、僕の弟分だ。安心したよ。ミコトのままで。」
「攻撃をやめろ...。」
ミコトがダビディスを睨みつける。
「わかったよ。ほら。」
ダビディスが手を振り上げる。
攻撃をやめたかは、竜巻の内部からはわからない。
「信じるよ...ダビ兄。...どうしてムサシを誘拐したんだ?」
「あの風使いか。わかるだろ?ミコト。僕がずっと探してた風の答えを、彼が持っている。」
「そんなの初耳だ...」
「悲しいな、ずっと教えてきたじゃないか。てっきり僕のために風使いを追ってくれたんだと思ってたけど。」
「ムサシは仲間だ。」
ミコトが少し後退する。
「まあいいんだよ。風のために僕がすべきことがわかった。愛する弟よ。僕の風となってくれ。」
ダビディスが指先を揺らす瞬間、背後の壁を破りビノダロスが突入してきた。
「ダビディス!」
カマイタチがミコトの真横をかすめる。
ビノダロスにつかまれたダビディスが塔内で飛び上がる。
同時に無数のカマイタチが飛び交いはじめる。
「リオ、離れるな!」
ミコトは剣を抜き、カマイタチを刃で受ける。
剣から伝わる衝撃が、骨にまで振動を与える。
上部ではビノダロスがダビディスを執拗に追撃している。
カマイタチで突き飛ばされるも、竜巻の壁を駆け登りすぐさま接近。鉄拳を見舞う。
「強い...!けどビノダロスは素手でしか戦えないの!?」
リオストスがミコトの後ろで叫ぶ。
ダビディスは縦横無尽に飛び回りながら必死に距離をとる。
「わからない!」
ミコトの手が震える。
「ミコト!大丈夫?」
リオストスはミコトの肩に手を当て回復魔術を流し込む。
「この剣は魔術強化できないんだ...」
カマイタチの衝撃が吸収されず、直にミコトを消耗させていた。
「キリがないわ!ムサシはどこ!」
リオストスの叫びにビノダロスが上方から答える。
「今のムサシでは近づけない!」
「僕とたくさん遊んだからね。」
ダビディスが笑うのに合わせて竜巻がうごめいた。
(ムサシ...!)
ミコトはムサシの痛みを思い出す。
(『俺の剣は、魔術を斬る。』)
ムサシの言葉が蘇る。
「わかった。やってみる。」
ミコトが呟き、横に構えていた剣を縦に掲げる。
「ミコト?」
リオストスが不安な声を漏らす。
「ムサシは風じゃないと言ってた!魔術なら、この剣で斬れるはずだ!」
カマイタチが襲う。
刃を縦に入れると、身体が持っていかれる。
体勢を崩すも、斬撃が横に逸れていった。
「よし...」
繰り返す。
リオストスが必死にミコトの背後を追う。
「正面で受けるより楽だ!」
「でも私に飛んできそう!」
カマイタチの軌道は二人の横を紙一重で通過する。
リオストスが限界を迎える前に、発生源を絶たなくてはならない。
ダビディスとの空中戦、未だビノダロスは苦戦している。
(ダビ兄...)
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「ミコト、今日はよく頑張ったな。疲れたろう。お父上に報告しておくよ。」
淡く輝く夕日が砂漠に沈みゆく。
「疲れなんて感じないよ。遠くの世界を見るのが夢だった。ありがとうダビ兄。」
「それはよかった。でも僕が見せたのはまだほんの一部さ。お前はこれからもっと多くの世界を知ることになる。」
「そりゃ楽しみだ!ダビ兄は、風の戦士だろ。世界に出て、なにしてるの?」
「へっ。風の戦士...ホント、謎な名前だよな。知や力、美みたいにしてほしかったよ。でも、最近は気に入ってんだ。」
「どうして?」
「風ってのは、空気の流れのことさ。知や力や美はな、持ってる者にしか価値がない。...でも空気は?誰の周りにもあって、呼吸を助けてる。この空気の流れを使えば、僕みたいに弱い戦士でも、小さく生きる村の人々でも、強く生きるすべを見つけられるんじゃないかって思うんだ。」
「空気の流れ...」
「そう。どんなものにも、風はついてくるんだよ。」
−−
剣を振るミコトの脳裏にいつかの記憶が差し込む。
(空気の流れ...風がついてくる...。)
若きダビディスの言葉を繰り返す。
(風使い、アネモイ、ムサシナタス...。)
「ミコト!」
カマイタチが四方から同時に迫ってくるのを感じた。
「流れを。」
ミコトが大きく剣を振るう。
迫るカマイタチすべてが、静かにかき消された。




