第12話 風の条件
「ひっ、ムサシか。近寄るんじゃないよ。」
「その汚い人形、捨てなさい。」
「ヤエんとこのガキか。またやっかいもんが増えたよ。」
大人たちの黒い顔に囲まれ、ムサシは逃げ出した。
扉を開けると母が血だまりのなかに居る。
「おかぁ...」
剣の師範がムサシを抱きかかえ連れて行く。
闇の中を駆け抜けると、桜が舞う。
気がつくとムサシは師範を打ち倒していた。
道場の屋根の隙間から、黄色い日差しが突き刺さる。
「本当に、悪かった」
師範の声が道場に響く。
うずくまる師範が手を横に伸ばし、横たわる剣を取る。
目をかっぴらいた師範がガバっと起き、ムサシに刃を立てた。
「あああ!」
ムサシは声を上げ辺りを見回す。
見慣れぬ部屋。
乱雑にエンケルや魔術道具が置かれている。
手足を拘束されている。しかし現実に戻れたことにムサシは安堵した。
「大丈夫かな?」
痩せた男がふらふらと部屋に入ってくる。
嫌な匂いが男についてまわる。
男は血走った目でムサシを見つめ、なにかを探すように手をかざした。
「僕の、風よ...」
独特な鈍い響きを持つ声が不気味だった。
「お前か。風の戦士は。」
ムサシがかすれた声を出す。
「ご存知か!話が早いな...ビノダロスが言ってたか?ダビディスだよ。」
ムサシはダビディスの視線を避けて部屋を観察した。
「君の記憶...美しい記憶だ。それを覗かせてもらった。」
悪夢を見たのがダビディスのせいと知り、ムサシは憤る。
「そしてたどり着いたよ。風の真実に。ありがとう。」
丁寧に頭を下げるダビディスを睨む。
「もう一度一緒に、確認しようか。君や、ミコトが、風を手に入れた瞬間を。」
「よせ...」
ダビディスが手元のエンケルをなぞる。
ムサシの身体に巻かれたエンケルが反応し、血塗られた記憶を映し出していく。
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森を進みながら、ビノダロスが語りかける。
「ミコト、おヌシはどうやって風を手に入れた?」
ミコトが一瞬考える。
「わからない。でもムサシが城に来た直後だ。僕がホミニスの魔術を斬ったのは...。」
ビノダロスが黙って次の言葉を待つ。
「あの光る風だ。昨日ビノダロスと、僕らを包んだ温かい風。」
「うむ。」
「あれが、あの夜初めて吹いたんだ。」
リオストスも、ミコトの話に耳を傾ける。
「なにを話したのじゃ。」
「はっきりとは思い出せない。ムサシに街の子のペンダントを預けたんだ。そのときに風が...」
「ペンダント...?」
ビノダロスもリオストスも困惑した表情を見せる。
「そして昨日は、ビノダロスの鎧から写真が落ちたのを見た。女の子の...彼女は...」
「死んだりしておらん。大切な孫娘じゃ。ワシの生きる希望じゃ。」
ミコトは一抹の安堵を覚えた。
「ペンダント、孫の写真。なるほどこれは...」
「なにか、わかりますか?」
リオストスがおそるおそる尋ねる。
「ダビディスは危険な思い違いをしているかもしれん。」
ビノダロスの足取りが早まる。
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「ぐああ...。」
ムサシがうなる。
「わかった。わかった。風の発生条件が。」
ダビディスが笑い出し、壁に飾られていたナイフを投げる。
「"痛み"だろ?風は、痛みから生まれる。」
ナイフはムサシの真横に突き刺さった。
「鮮やかな力だ。僕が、たどり着けないわけだよ。」
「だろうな...。」
「しかしもうすぐそこだ!ずっと探していたものが手に入る...。そうだ、」
ダビディスが懐から、輝く竹とんぼを取り出す。
「君が持っていたこれは、なんだ...?」
「教えるか...」
ダビディスはニンマリと微笑む。
「わかってる。風の自動化装置だな。僕の計画に必要なピースがすべて揃ったわけだ。さっそく改造させてもらおう。」
どこからともなく従者が現れ、竹とんぼを持ち出した。
「お前は風を得られない。」
「は!また記憶を覗かれたいか?もう風の理論はわかってるんだよ。」
「理論か」
ムサシが表情を緩める。
「そうだ。僕は痛みを受け入れよう。僕が最も大切に育てた戦士を、自らの手で殺すことでな。」
「...?」
ムサシがミコトの思い出話を思い出す。
「そんなことをしても、風は来ん。」
「へ。見苦しいな。アネモイ。」
突然ダビディスの顔から笑いが消える。
全身が震えだし、顔中に汗が滲む。
「わっ!あっ!おい!薬が切れた!誰か!」
取り乱し、部屋の外に出ていくダビディス。
ムサシは壁に刺さったナイフを取った。
拘束を外し、もう一方の出口から廊下へ脱出する。
暗く、外への道がわからない。
壁をつたい、空気の流れを頼りにゆっくりと移動する。
先程まで聞こえていたダビディスの叫びがぴたりと止む。
代わりに何者かとの話し声が、壁伝いに聞こえてくる。
「マンダリン、助かった。組長が直接来るなんて、珍しいじゃないか。」
ダビディスが息を切らしながら上機嫌に話す。
「少し頼みがありましてね。」
来訪者の低く艶のある声が、壁によく響いた。
「任せてくれよ。ヴェスパ組には世話になってる。あの剣士は、まさに僕が探していた風だった。」
「それはなによりです。死んだ私の部下も浮かばれる。さて、風の戦士に依頼したい件ですが...」
依頼内容を聞き、ムサシは急いでその場を後にした。
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竹とんぼの光魔術の痕跡は、森の途中で途絶えていた。
そこから別の魔粒子が全方位に伸びている。
「ダビディスだな...」
ビノダロスが魔粒子を観察し、風の戦士の存在に気づく。
「この匂い...?」
リオストスがザルカの匂いを感じ、方向を指差す。
「行こう。」
三人はリオストスを頼りに進みはじめた。
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ふとミコトが上空を見上げる。
竹とんぼを取り出し、天高く飛び上がらせた。
「どうしたの?」
リオストスが尋ねる。
風が吹く。
「ムサシだ!」
飛んできたムサシが、竹とんぼを空中で掴む。
ムサシは降下し、三人の前に倒れ込んだ。
「ムサシ!」
リオストスが声を上げる。
「無事だったか。」
ビノダロスも胸をなでおろす。
「持ってたんじゃねえか。」
ムサシがミコトに竹とんぼを返す。
「これは僕のだ。」
ムサシに手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「風の戦士だったな。あいつ」
「ダビディスに会ったか?」
ムサシの発言に、ビノダロスが身を乗り出す。
「できるだけ遠くに逃げたほうがいい。ヤツは危険だ。」
ムサシが早足で進み始めた。
「ダビディスと何があった?」
追いかけながらミコトが尋ねる。
「ヤツはお前を殺す気だ。風を得るために。」
「そんなの嘘だ。ダビディスは...家族だ。」
振り返ったムサシは冷たい目をしていた。
「家族なら知ってるか?ヴェスパ組と取引してることも。」
「ヴェスパ組と?」
リオストスが反応する。
「組長が薬を持ってきてた。リオストスも狙われてる。お前、なにしたんだ...?」
ムサシがリオストスに言い放ち、緊張が走る。
「ムサシ、何かの間違いだ。ダビディスが来るのを待っ」
「いかん!」
ビノダロスがミコトとリオストスを素早く押し倒す。
ムサシが剣を抜き、虚空を裂く。
すぐそばの木々が一瞬で削り取られた。
「カマイタチ...?」
リオストスが戦慄する、
「ダビディスじゃ。」
つむじ風が砂を巻き上げる。
その中心、ダビディスが浮いていた。




