第11話 風使い
「いてててて...」
リオストスがミコトマスの傷を消毒している。
城で暮らしていたときには、怪我などほとんどなかった。
だが不思議と、ある種の心地よさをミコトは感じていた。
「すまんすまん、刃物はやめておくんじゃった。」
ビノダロスがミコトの前に湯呑みを置く。
「刃物でなければジイさんが死んでた。」
ムサシが剣を研いでいる。
リオストスがミコトに手をかざす。一瞬光が漏れ、傷口が塞がった。
「本当に、すみません。ビノダロス。」
「まったくじゃ。か弱い老人を、手を変え品を変え責め立ておって。」
ビノダロスは最初から、ミコトたちを捕らえるつもりではなかったのだ。
「全身黒でデカいからだ。」
ムサシは再戦を望んでいるのか落ち着かない様子だ。
「マクレーの教えで決められた衣装なのじゃ。」
「ホミニスも黒い服だったね...。」
「マクレー教の寺院に入ったのは初めてだけど、雰囲気ありますね...」
「なんてことない。マクレーの旅人の家じゃよ。」
ビノダロスが三人を連れ込んだのは、最寄りのマクレー寺院だった。
濃い茶色の木目が美しい寺院内は、空気もしっとりと落ち着いていた。随所に細かい彫刻がなされており、歴史の深さがうかがえる。
「なんとも、久方ぶりに楽しんだわい。よう考えたもんじゃ。」
ビノダロスの呟きを聞いて、リオストスが苦笑いする。
「でも本当に、ビノダロスもすごい勢いで追ってきたじゃないか。あれは完全に敵ムーブだ。」
ミコトが何食わぬ顔で弁明するのを、リオストスは見ていられなかった。
「ちいと焦っとった。」
「寿命か?」
リオストスがムサシを睨む。
「ディコトムスがおヌシらの捜索を始めたとき、我先にと捜索班に名乗り出たやつがおっての。」
「誰なんです?」
「風の戦士じゃ。」
「ダビディスか。心配してるかな。子供の頃から、ダビディスはよく知ってる。遠征実習も連れて行ってもらったんだ。」
ミコトが懐かしげな顔で話す。
「それがあやつ、ここ数年神秘研究にのめりこんでいてのう。各地の伝承を調べ神話存在に近づこうとしておるんじゃ。」
「...」
ムサシが剣を撫でる手が止まる。
「神話存在?」
ミコトが問う。
「"アネモイ"じゃ。」
僅かな風がその場をすり抜けた。
「...?」
「アネモイの伝承はワシもいくらか耳にしたことがある。魔術を持たぬ戦士。失われた存在――」
リオストスが視線をムサシに移す。
「――風使い。」
ひとたび沈黙が訪れる。
「王族の古いエンケルにも刻まれていない、辺境部族のみが残す伝承じゃ。だがワシら五戦士は勘づいている。これは伝説に留まらない、と。」
ミコトはディコトムスの追及を思い出す。
「ディコトムスが恐れるはずじゃ。」
ビノダロスが僅かに笑みを浮かべるのをミコトは恐ろしく思った。
「風の戦士はアネモイを求めてる...。」
リオストスが呟く。
「そゆこと。ダビディスもディコトムスも、おヌシらを捕まえて何をしでかすか計れん。」
「だから守りに来たと?」
強い口調でムサシが尋ねる。
「あの風。最後に吹いた風はまさに、伝承に聞く、アネモイのものだ。」
ミコトの脳裏にムサシと出会った夜の風が浮かぶ。
「リオストス、竹とんぼは回収しなかったのか。」
ムサシがビノダロスの話をさえぎる。
「あ...これ、ひとつだけなら...」
光魔術が施された竹とんぼが銀色に輝いていた。
「...。竹林にゆく。」
掌のすぐ上で竹とんぼを回しながら、ムサシは部屋を出た。
「ムサシ...。」
ミコトは呼び止めるのをやめた。
ビノダロスがムサシのいた場所をじっと見ている。
「...そういえば私のエンケルも、ボロボロ...」
リオストスが、千切られたエンケルを見てうなだれる。
ビノダロスが気まずそうにミコトを見た。
「直しておく!手先は器用だからさ...。」
「お願いします...」
リオが直したほうが早いんじゃ―という言葉をミコトは飲み込んだ。
ムサシの二本剣の片方が、ムサシがいた場所に立てかけられている。
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腰に下げた剣の柄を強く握る。
ムサシは森を歩いていた。
アラシがしきりに鼻を鳴らし同行したがっていたが、ムサシはひとりで寺院を出た。
「なにがアネモイだ」
ビノダロスが話す存在が自分を指していることはムサシにも理解できる。
封じていた故郷の記憶が頭のなかで漏れ出す。ムサシはそれを必死に押し込めた。
竹とんぼの回転が速まり、軸がブレる。
「シャッ」
ムサシは抜刀し、記憶を切り払うように剣を振った。
呼吸が乱れる。
地に落ちた竹とんぼが光を失っていた。
拾い上げようと身をかがめると、視界が黒く塗りつぶされた。
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「風のヤイバ!」
「魔術斬り!」
「ムサシ斬り!」
「すきま風!」
ミコトが叫びながら剣を振る。
「ムサシナタスラッシュ!」
ふと手を止め、息を切らす。
「ちょっとうるさい。傷口開く。」
リオストスが口を出す。
ビノダロスが微笑み見守る。
「恐怖の強風はどうかね。」
ミコトとリオストスが表情をなくす。
「...無難にカマイタチとかじゃない?名前より、まずその技自体、ミコトできるの?」
リオストスが軽く言い放つ。
「いや...1回だけ、できたかも...ムサシナタスラッシュ...。」
「それは一番ない。」
「論外じゃ。」
ミコトががっくりと肩を落とす。
「それより私のエンケルは直してくれたのかしら?」
「あ!もちろん、!」
ミコトが結び目だらけのエンケルを取り出す。
「なにこれぇ、かっこわるい...!」
「...いや、このほうが味があるよ!大魔術師のエンケルってかんじさ。」
「傷ひとつつけず使ってたのに...。」
ビノダロスはこっそりその場から逃げ出した。
「グォォオオン!グォォオ」
向こうでアラシが鳴き叫ぶ。
「アラシ!どうしたの。」
リオストスが駆け寄る。
「ビノダロス!竹林は近いんだよね?」
ミコトの声にビノダロスが歩み寄る。
「ああ。竹とんぼ作りは時間かかるのか?」
「ムサシはあっというまに...」
三人は目を開き顔を見合わせる。
リオストスがエンケルを伸ばした。
「竹とんぼの光魔術を追えるはず。ビノダロス、エンケルはありますか?」
「ワシの眼のほうが正確じゃ。」
ミコトが剣を鞘に収める。
「アラシ、ムサシが戻ったら思い切り鳴くのよ。」
「ゴフ...」
アラシが不安な目をしている。
僅かな魔粒子の痕跡を頼りに、ビノダロスが進み始めた。
重たい雲が森に迫っている。




