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「あの~ 取材の件で横山さんに3時にアポイント取っている田町ですけど」
「田町さんですね。少々お待ちください」
受付の女性は受話器を取ると人差し指で軽く髪を耳の後ろにやり、顔を
ほんの少し傾けながらボタン数回連打した。
「田町先生が来られました。はい、はい ……わかりました」
〈カチャ〉
「田町さん、担当の横山がすぐこちらに参りますのでそちらのソファーに
お掛けになってお待ちください」と女性は笑顔で手を差し出した。
約束の時間より少し早めに到着した僕はソファーに深く腰掛け、手元の資料
を確認していると担当の横山くんが笑顔で手を振りながら小走りでこちらに
向かって来た。
「いや~ お待たせいたしました。先生、今日は先にスチール撮影から始め
させてもらってよろしいでしょうか?」
「任せるよ」「横山くん、相変わらず忙しそうだね」
「企画会議がやたら多くって大変なんですよ。さっ、どうぞこちらに」と僕は
彼の案内されるがまま少々緊張な面持ちで撮影場所へと向かった。
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
「先生、全体的に表情が硬いですよ。もう少し笑顔でお願いします」
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
「いいですね!」「今度は視線を若干下げてみてください」
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
(いったい何枚撮るつもりなんだ? ライトが眩しくって暑いんだけど)
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉
〈パシャ!〉〈パシャ!〉……
「はいOKで~す! 先生、お疲れ様です」
「いや~ 結構疲れるもんだね」
「撮影を終えた作家さんは皆さんそうおっしゃいますね」
「なるほどね。なんとなく分かるような気がするよ」と僕はハンカチで額の汗
を拭いながら再び彼と談笑しながら会議室へと移動した。
「やっぱり先生もこういうの得意じゃないんですね」
「これはあくまで僕の肌感覚なんだけどさ。作家を目指すような人って
人見知りで社交的じゃない人が多いと思うんだよね。だからアイドルや
女優さんのようにはとうてい振舞えないよ」
「なるほど確かに作家さんって机に向かって一人孤独に悶々としてるイメージ
ですもんね」
「いや、実際そうだよ。電車に乗っていても向かいに座る人の仕草や顔つき
からその人の人生を勝手に想像したり、先の人生を予測して小説のネタを
探索したりしてね。それで家に帰って一人執筆活動に励むなんて完全に
”変人”だよ」
「変人だなんて先生は人気作家じゃないですか」
「いや、たまたまだよ。普通の人は執筆なんてしないで友達と旅行したり
コンパしたりもっと楽しい事するだろ? 横山くんも」
「あっ、いや僕は……ははっ。そ、それより先生みたく執筆に没頭出来る方が
羨ましいですけど」
「ホントにそう思うかい?」
「えぇ、思いますよ。さっ、どうぞお入りください」と彼は少々恐縮気味に
会議室の扉を開けた。
「先生、どこでもお好きな席にお掛けください。コーヒーでいいですか?」
「ありがとう」と僕は昨日書き上げた資料を長机の上に規則正しく並べた。
コーヒーを僕に差し出した彼は胸ポケットからICレコーダーを取り出し
机に置くと並べられた資料に目を通し始めた。
「今回のテーマは職業作家を目指す志願者に向けてなんですけど、先生の
体験がデビューのヒントにでもなればと企画されましてね」と彼は資料に
目を向けたまま手探りでICレコーダーのスイッチをONにした。
「あれ、先生って過去に作家になる夢を諦めた時期があったんですか?」
「実はそうなんだ。色々事情があってね」と僕はゆっくりコーヒーカップを
傾けた。
「資料にはその件について何も書かれてませんが、もし差し支えなければ
お聞きしていいですか?」
「まぁ、それについては勘弁してよ」と両手を合わせ軽く頭を下げると
彼は「わ、分かりました」と恐縮気味に再び資料に目を通し始めた。
「何者かにまるで書かされたような不思議な体験が小説家を目指したキッカケ
とあるんですが……、これってどういう事ですか?」
「ある日突然、花や草木、小さな虫から不思議な波動のようなものを感じてね。
それは現代社会の在り方に対する警鐘らしくってさ、彼ら曰く」
「彼ら曰って?」
「だから草木や虫たちだよ」
「そ、そうでしたよね」
「それで僕にその事実をより広く世間に伝えてほしいって事らしいんだ」
「なるほど。それでそういうメッセージを先生は小説という媒体に盛り込ませ
たんですね」
「まっ、そういうことだね。だから僕はそれ以降どんな虫も殺せなくなってね。
ほら、ベジタリアンとか最近ではビーガンって人がいるだろ。全ての人って
わけじゃないと思うけどやっぱり殺傷される動物の気持ちに思いを馳せて、彼ら
なりの身勝手な人間社会に対する抗議的な意味合いが含まれてると思うんだよ」
「確かに健康志向だけじゃなく先生のおっしゃるような側面もあるでしょうね。
ちなみに先生は菜食主義なんですか?」
「いや、僕はそうじゃないけど気持ちはよく分かるんだ。僕自身を擁護する
つもりはないんだけど、ほらよく『肉食っといて何が動物が可哀想だよ。矛盾
してるじゃん。カッコつけんなよ!』って言う人いるだろ。あの考えって
いわゆるオールORナッシング的な考え方だと思うんだ。僕はね、少しでも相手
の立場に立って考えるという小さな気遣いみたいなものが大切だと思うんだ。
キミはそうは思わないかい?」
「まぁ、確かにそうですね。あの先生……」
「そう考えるとスポーツハンティングや名前は知らないけど、馬に荷物を
引かせて馬力を競うレースなんて可哀想過ぎるし、魚やエビをさばくのも
少し凍らせて痛みがないように配慮すべきだと思うんだよね」と少々興奮気味
の僕に彼は呆れた様子で息を一つ吐いた。
「あの~ 先生、申し訳ないですがその話はまたの機会ということで」
「あっ、申し訳ない。横山くん、次、進めて」と僕は恐縮気味にハンカチで
再び額の汗を拭った。
「では早速今回のテーマ、”小説家を目指すには”なんですが先生のご意見を
お聞かせ下さい」
「まずは細かい事を気にせず書き続ける事だろうね。下手でも何でもいいから
とにかく作品を完結させる事かな。出来れば長編が望ましいね」
「もうデタラメでもいいってことですね」
「そう、デタラメでもいいんだよ。とにかく1作品でも仕上げると凄く自信に
なるし、それが2作目にも繋がるしね」
「先生、執筆活動する上で何かルーティーン的なものはありますか?」
「僕は日々のウォーキングと筋トレぐらいかな」と僕はおもむろにジャケット
の裾を交互に捲り上げ、まるで女性のような白くか細い二の腕を差し出した。
「な、なるほど。執筆にそれなりの効果が期待出来るというワケですね」
「まぁ、ヒトによるとは思うけど、僕の場合はウォーキングすると執筆する
シーンが自然と頭の中で繰り広げられる事がよくあるんだよね。それとね、
アマチュア時代に全然頭に次のシーンが浮かばなくって、何時間もパソコン
画面と睨めっこっていうのが週に1、2回ほどあってね。で、そんな虚しさを
打ち消すために筋トレ始めたんだよ。すると執筆は進まなかったけど、
とりあえず今日筋トレは頑張ったんだって自身納得させる事が出来てね。
それでなんとか日々のモチベーションを維持してたんだよ。やっぱり何もない
とこから何かを生み出す作業だからね。続けるにもそれなりの工夫が必要だと
思うよ」
「確かに発想のマニュアルや教科書なんてないですもんね」と彼は机に
置かれたもう一枚の資料を取り上げた。
「小説内容についてなんですが、何か特に意識されてたって事ありますか?」
「そりゃ~ 職業作家を目指すなら当然読書を意識しないとね」
「つまり売れそうな内容とか世界観という意味ですか?」
「そうだね。端的に言うと読書ターゲットを絞って、作品に共感性を持たせる
ことかな」と僕は人差し指で鼻の下を掻いた。
「それって売れてる作家さんに共通している事実ですもんね。ちなみに先生の
処女作はどうだったんですか?」
「キミ、イヤな事聞くね。想像通り編集長にダメ出し食らったよ」
「ははっ、すみません。えーっと、ちなみに先生は売れるには何が必要だと
思われますか?」
「はっきり言って運だと思うよ」
「運、ですか?」
「もう8割から9割がた運だよね」と僕は両腕を組み、黙って頷いた。
「確かに私たち出版社側からしても運の要素が影響するのは分かりますが
ほとんど運ってのはちょっと……」と彼も僕同様腕を組みながら少し表情を
曇らせた。
「横山さんも熟知しているように例えば公募にしてもゆうに千を超える
作品中、入賞したほんの僅かな数作品がめでたく出版デビューするワケだろ。
出版業界にはタイムで優劣を競うスポーツと違って明確な基準がないんだよ。
作品内容がたまたま審査員の心に突き刺されば入賞するだろうし、その逆も
しかりだろ」
「まぁ、そうですね。でも運だけで片づけてしまうと身も蓋もないんで、
先生なりの、つまり少しでもデビューに近づけるアドバイス的なものをお願い
したいんですが」
「それはズバリ書き続ける事だよ」と僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを
一気に飲み干した。
「書き続ける事、つまり諦めないっていう意味ですね」
「まぁ、そういうことだね。例えばオリンピックでメダル獲得するには常に
国内の選考会にエントリーし続ける必要があるよね。それと同じ事だよ。
運ってのは誰の頭の上に落ちて来るか分からないから常に準備をしておく、
つまり執筆活動を続けながらひたすら待つしかないんだよ」
「なるほど。つまり諦めてしまえばメダルどころかオリンピックにすら出れ
ませんものね」
「そういう事。それと日頃から書き癖を付けて文字の扱いに慣れておく必要が
あると思うよ。仮に運良くデビューが決定したとしても、長いブランクが
あると腕が鈍って中々執筆が進まないんだよ、アスリートと同じでさ」と僕は
右肩をグルグル回すような仕草を見せた。
「確かに一躍有名になっても、その後サッパリって作家さんを僕は何人も見て
来たんで先生の言う通りかもしれませんね」
「まぁ、実際調べたわけじゃないからホントの所は分からないけどね」と僕は
組んだ脚を組み換え息を一つ吐いた。
「先生って過去に挫折を経験したとおっしゃいましたよね。で、その後
どのように立ち直られ、執筆のモチベーションを維持し続けたんですか?
筋トレルーティーンだけじゃキツイと思うんですが」
「えっ、そ、それはその~」
「どうかされたんですか?」
「ホント言うとね、これまでお話した事ってのは結果論って言うかさ、
その~ 今になって定義づけたっていう感じかな」
「あの~ 先生、もう少し具体的に分かり易く説明して頂けませんか?」
「だから言葉通りだよ。もういいだろ」とおもむろに僕が机上の資料を
かき集めると「せ、先生、すみません。先生のご機嫌を損ねてしまった
みたいで」と彼は慌てたふためいた様子ですぐさま僕に陳謝した。
「いや、キミが謝る必要はないよ。済まないがとりあえずそのICレコーダーを
一旦止めてもらえるかな。一応この資料に僕なりのアドバイス載せてあるから、
もし他に何か必要ならまた連絡してよ、ねっ」と僕はかき集めた資料を丁寧に
整えながら彼に手渡した。
その後、終始恐縮気味の彼をしり目に僕が向かった先は高層ビルが立ち並ぶ
都会の喧騒とは無縁の郊外の住宅地だった。




