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「だから結婚は君としただろう?」【本編完結済】  作者: イチイ アキラ


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44 カミラのだいじな金の糸。書き下ろし番外編2

 電子書籍の書き下ろしのまた番外編です。ご購入ありがとうございます。


 カミラは泣きながらハサミをもった。

 まさか、まさか……こんなことに使うとは思わなかった。

 いつものお手入れに使うハサミ自身も、まさかと、震えている。それはカミラの手が震えているからだなのだけれど。

 それはカミラが毎日毎日、櫛をかけてきれいにお手入れさせていただいた極上の黄金の糸。

 リリアラの髪だ。

 それをこの日、肩にも届かぬようばさりと切り落とすこととなった。

 しかもその輝きをわざとなくすために灰で汚して。

 薄汚れた男物の服に、そう見えるように髪を切り落とし。

 リリアラは急いで準備を整えた。

 馬で駆け抜けることとなるのだ。帽子などで隠してもいつ、何の弾みで脱げるかわからない。

 リリアラの髪は金髪だ。夜目にも輝いて目立ってしまうだろう。

 しかも長い髪はそれだけで女だと自己申告しているようなもの。

 実際にリリアラはか弱い貴族の女だ。村の中をカミラに手を引かれ散歩をしていたとしても、その程度しか。

 女が一人で馬で駆けるのは――様々な意味で危険しかない。

 しかもまさに危険迫った中を、だ。


 ならば切り落とす。


 それはリリアラ自身の決断だった。

「……カミラ」

 短く、わざとざんばら(・・・・)に切った髪の残骸を抱きしめてしゃくりあげるカミラの頭を撫でて、リリアラは名前を呼んでくれた。

「どうしてリリアラ様が行かなきゃならないの?」

 カミラが泣きながら尋ねる。尋ねてしまう。

 するとリリアラは少しだけ微笑んだ。


 そう、微笑んでくれたのだ。


 あの壊れて――ずっと人形のようであったリリアラが。


 初めて微笑んでくれた。


「それは私がリリアラ・ホンスだから」


 幼かったカミラもその頃にはもう薄っすらと知っていた。

 リリアラのやらかしを。

 だから彼女がこんな何もない、ホンス家にはお荷物であった村に来ることになったことを。


 けれども村は。

 リリアラのおかげで変わった。

 お荷物から、少しなりともホンス家の主要事業に関われるようになった。ホンス家の皆が「まさかリリアラが」と驚いたほどに。

 今ではお荷物などではない。

 ホンス家の果実酒の瓶飾り。

 その細やかで美しいレースの瓶飾りは。

 記念日などにわざわざオーダーで注文もきたりするほど、人気も、価値も出てきた。

 この村では誰も、リリアラを悪く言うことはない。決して。


「だから、行ってくる」


 それはリリアラがカミラのために。カミラや村の娘たち。この村の皆のために。

「民を、守る……それが、貴族、だから」


 彼女もまた、貴族の矜持――民を護ることこそが。

 彼女もそうであったのだ。

 姉に何を言われたか。彼女はようやくそれを理解した。

 いや、彼女とて生まれながらにして――……。


「私が――私こそがホンス伯爵だから」


 そしてリリアラは帰ってきた。

 最期にカミラにみせた、微かに微笑みをうかべた――亡骸となって。





「おばあちゃん、この糸、なぁに?」

 カミラはその後、墓守りとなった。

 ただ一人、リリアラのためだけの墓を守っているだけだから、村の正しき墓守りとは違うが。

 それはリリアラの墓は彼女の望みでこの村に作られたからだ。

 リリアラがホンス家代々の墓ではなく――この村に帰ってきたいと思ってくれたから。


 リリアラの墓は彼女の館の庭の一番美しいところに作られた。

 そして村の彼女を慕った娘たちが常に花を飾っている。

 おそらくカミラこそがもっとも花を、手入れをしただろう。

 だから専属の墓守りだ。


 リリアラの過去を知る、都にいる貴族やゴシップ好きなものたちは。一人辺鄙な田舎の村に封じられたリリアラが、また一人さみしく死んでいくのを期待していただろう。墓は風化し忘れ去られていくことも望むように。

 けれど彼女の墓は常に花は絶えず、美しく。

 館は今でも村の娘たちが集まり、決してさみしくは――ない。決して。


 館は今でも村の娘たちが集まり、作業をする場所となっている。自宅で一人で作るよりも、この館で集まって皆でわいわいと作業するほうが不思議と効率が良い。

 今や大ベテランのカミラは若い娘たちから頼られる存在だ。

 カミラも年頃になれば結婚して彼女も娘をもうけた。村は娘たちのレース編みなどのおかげでわずかなりにも豊かになり、人手も増えたことで新たな関わりも増えて、カミラにも良き縁ができたのだ。

 そしていつしか娘は母となり、カミラもおばあちゃんと呼ばれる歳となった。


 リリアラが亡くなってから、それほどの時間も流れたのだ。


 その孫娘が箪笥から持ち出してしまったもの。

「この糸、きれーい」

 孫娘の手には――黄金の糸(・・・・)

「ねぇおばあちゃん! これちょうだい!」

 孫娘はいつもは優しい祖母が、他の糸や布のように笑って自分にくれると思っていたのだろう。

 カミラの孫娘も、産まれたときからカミラが針糸を持って作業しているのを見ていたからか、彼女も幼いながらに手芸が好きだ。


 いつもならカミラはかわいい孫娘に喜んであげていただろう。


 けれど、それだけはだめだ。


 目を見開いたカミラにその見つけた宝物を奪われた孫娘は驚いて、泣きながら母のところに逃げた。

 何ごとかとその母であるカミラの娘が家事仕事の手をとめて様子を見にきたが、カミラが孫娘から取り上げたものをみて、自分の娘の方が悪いとすぐに理解した。

 娘にはずっと伝えて来たからだ。


 この村の恩人で――カミラの一番きれいな想い出のひとのことを。


「あれはおばあちゃんの一番大切な宝物なの」

「きれいだからほしいのー」

「だめ」

 母に素気なく怒られても孫娘はあきらめられないらしい。これはいままで孫娘可愛さで甘やかしてきたカミラも悪い。


 幼い彼女にはそれが遺髪であるとはわからなかったのだ。


 何より美しくまとめて束ねられ、極上の絹糸のようだったからだ。

 遺髪などは気持ちが悪いと思うひともいようが、あまりにも美しいその金糸はそういった忌避感すら超えていた。


 カミラは遺されたリリアラの髪を一本も無駄にしないで保存していた。

 まるで黄金に魅入られたように。

 彼女は知らない。

 かつてリリアラの父がこの黄金に魅入りすべてが狂ったことを。

 黄金には竜殺しの英雄でさえ抗えないという。

 唯の人ならなおさらに。


 同じ宝物である孫娘にも、触れさせたくないと思うほどに。


 いや、他の黄金ならば喜んで譲っただろう。豊かになってきたとはいえ今だ辺鄙なこの村には黄金などは欠片もないが。

 その黄金の糸はリリアラの髪であるからカミラには大切で。

 嗚呼、孫娘も初めてみた黄金だから心惹かれたのもあるだろうか。


 カミラは孫娘が乱暴に箪笥から取り出したからわずかに乱れた束を丁寧に撫でて直していたが――ふと、気がついた。


 自分が死んだあと、これは誰のものになるのだろう。

 理想は一緒に埋めてほしい。自分が亡くなり埋められる墓に。

 さらに欲望をいうならばリリアラの墓の隣に埋めて欲しいが、あの墓は、庭は、神聖なものだ。

 今や女神のような扱いだ。

 リリアラは村の名前にもなったし、そんなに遠くない時代には村に名物となる編み物などを広めたひととして物語として語られるだろう。すでに自分も娘や孫娘に語って大事にさせている。

 そんなところに自分如きを埋めて貰うわけにはいかない。自分はやはり父や母も眠る村の共同墓地でいい。カミラこそが一番神聖視していた。

 そうなるとやはりこの糸は。

 娘はカミラがどれだけ大切にしているか知ってくれているが、他のものにはどうだろうか。

 孫娘も先ほど、魅力されたようだった。

 孫娘が大事にしてくれるならば――いや、やはり駄目だ。


 黄金の糸を抱きしめて、カミラは考えた。


 もしもずっと一緒にいさせてもらえないならば――……。



「きれい……」

「髪だって話だよ」

「でも、こんなに美しくできるもんなんだなぁ……」

 館にはリリアラがかつて編んだ作品も残っている。

 彼女が村で打ち解けるきっかけとなったショールのように。

 そこに新たに飾られるものが。


 黄金の百合――その刺繍細工が。


 額縁の中には美しい黄金の百合の花が満開に咲き誇っていた。

 それはリリアラの一番弟子として刺繍も習っていたカミラの作品だ。

 リリアラは村の娘たちにレース編みを教えたが、彼女自身は刺繍も素晴らしい腕前だった。

 他の村娘たちと違い、共に暮らしていたカミラは他の村娘たちよりもリリアラに様々なことを教えてもらっていた。心壊れたリリアラが静かに一人刺す姿を一番近くでカミラが見て覚えた、ともいえるが。

 カミラはリリアラの髪を手放すことにした。

 が。

 手放すが誰のものにもしたくない。けれども燃やしたりだなんてことなど、欠片もできるはずがない。 


 ならば誰の手の届かないものにした。


 その黄金の百合は、あまりの美しさでひとに触れるのを躊躇わせた。

 あまりに美しい存在は、ひとは魅了とともに畏怖さえ抱くのだ。

 それが今やこの村の女神的な存在であるリリアラの遺髪であるというならば、さらに。

「リリアラ様て、話に美しい黄金の髪をしていたってあったけど、爺さん婆さんが話盛りすぎて思ってたら……」

「本当にきれいな髪をしていたのね……」

 そしてその髪は村を守るために切り落とされたのだと。

 彼女がいたから、今でも村が在るのだと。

 その話がすべてすべて実話であると、若い村人たちは改めて自分たちの祖父や祖母の恩人の女性を知ることができた思いだ。


 村人たちはこれからもずっとリリアラの作品を――墓を守っていこうと決意した。

 それもまた、カミラの願い。

 自分の亡きあと、自分の墓はどうでも良いからリリアラの墓だけは守って欲しかったから。

 あの心壊れても、美しく――最期には誇り高かったひとの墓だけは。




 それから数年後。

 カミラもまた永遠の眠りに。

 娘はカミラの願い通りに、一房だけ残した黄金の糸を。孫娘もさすがに亡きひとから奪うことは。むしろ祖母があの様に美しい作品を最期に残したことを誇らしく思ってくれたようだった。数年もあれば子供はひとの想いを察するように育つことも。


 リリアラはそうして育ててもらえなかったのを。彼女を知るものたちへの教訓にもなった。

 もしも、何かきっかけさえあれば、彼女はなんて才能に溢れていたことか。

 そしてその黄金をきちんと正しく讃えられたであろうに。


 リリアラの最後の黄金の欠片は。

 それはカミラの最後の作品となった黄金の腕飾りだった。死の間際でも、やはりカミラは誰にも。

 リリアラは――それほどカミラにとっては特別だったのだ。


 カミラは誰にも譲らず、手首に巻いて――眠りに。


 

 黄金とは伝説伝承のように人を狂わせるものがあるかと。魅了するものがあるかと。

 遺髪を刺繍にする文化、日本にもあるそうで。読み切りを書き下ろししたときからカミラがいつか…と。

 髪で始まった物語なので、やはり髪のお話を。いや、モーニングジュエリーですが…。死後くらい報われたって良い…。


 電子書籍の書き下ろしのまた番外編です。ご購入ありがとうございます。まだの方でご興味を持っていただけたら、よろしければお好きな各媒体でお読みになったあとに戻ってきていただければ。


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