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「だから結婚は君としただろう?」【本編完結済】  作者: イチイ アキラ


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45 白百合号。書き下ろし番外編3


「ありがとう、レディ……」

 白百合号は彼女に自分こそお礼を言いたかった。

 最高の走りを最後にできたのだから。


 彼女の最後の乗り手となったのは、きっと美しかったのだろう金の髪を短く切った女性だった。

 しかしながら確かな手綱さばきに、こちらに負担にならないよう正しい姿勢を維持したりと。

 素晴らしい。

 焦っているだろうに、腹を蹴ったりしないでこちらに任せてくれるのもまた好ましい。

 彼女は馬をわかっている。

 白百合のような歴戦の軍馬には信頼し任せてくれた方がよい。かつての主は焦るとそれを忘れてしまう時もあったくらいなのに。そう優秀な騎士ですら、だ。


 彼女を背中に乗せ、迫る追っ手や破落戸たちの気配に、戦場を思い出した彼女は思いっきり走る。

 

 彼女が髪をなびかせながら己を走らせられたらと――白い鬣を誇った彼女は、同じ雌として惜しみ。



 白百合号。

 その真白い鬣と身体をもつ彼女は、名に恥じぬ美しい走りをする馬だった。

 主の家紋が百合の花を王家より頂戴していたのもあり、縁起良いと主より名付けられた誇りある名前だった。

 彼女は元は戦場を駆けた馬だった。

 白い身体では戦場では目立つが、腕のたつ主は指揮官でもあり、皆の視線が集まる白百合が相応しく。

 勝利のパレードで主を乗せて都を歩く美しい白馬の白百合の姿はまた評判になったものだ。


 しかしどんなに捷くも逞しくも、やがて誰しもに老いがくる。


 惜しまれながらも彼女は引退をすることになり役目を果たした。

 主は彼女を愛していたので、引退馬を預かり世話をする施設に送ってくれた。そこで緩やかに幸福に余生を過ごしてほしいと。

 そこは小さくも運動場があり、悠々自適に暮らせる場所ではあった。

 あった、のだが。

「……狭いわ」

 彼女には物足りなかった。

 毎日同じ景色。同じ運動場。

 飽きた、のだ。

 そこは元は軍馬の馬具造りを主にしていたが、その際に馬を預かるうちにさらに仕事を広めたようだ。

 馬の扱いになれているから、そうしたこともやりはじめたのだろう。


 そうだ。白百合の初めての装備もこちらで揃えたはず。それから戦に行く度、生きて帰る度、その調整にも。


 その初めての採寸で訪れているとき、主が世話になっている方々の孫だという女の子を背に乗せたこともある。

 馬に初めて乗ったという金の髪が美しかった少女は、初めてながらきちんと馬に対する礼儀をもっていた。近くで教える祖母君の言葉を素直に聞いて。

 夜に馬房で他の馬と話たくらいだ。

 同じく訪れていた黒髪の少女ははじめはおっかなびっくりで、なかなか走り出せなかったというから、自分に乗った方はすぐに走らせてくれたなぁ、と……。


「レディ、お願いします」

 それをふと、自分に目を合わせて頼む女で思い出した。

 髪を短く切り、薄汚れた男物の服を着た。



 白百合が不満で燻っていると気がついたのは、その施設に訪れた老女だった。

 彼女には覚えがあった。主の恩人で、この施設の家に縁ある人間だったはずだ。

「あなた、まだ働きたいのですね」

 実によく馬をわかっている人間だ。

 この家の人間たちは馬のことをよくわかっているが、彼女はその上を行くようだ。

 彼女が主に掛け合ってくれた。

「ホンス領の端の地と行き来していただきたいの」

 主も、愛馬が退屈していると聞いては。そのような緩やかな仕事であればと良しとしたようだ。老齢に入りかけている自分のことを心配してくれているのはありがたいのだけれども、白百合はやはり退屈が嫌だった。

 それはその国の端ともいえる領地にいる彼女の縁者の様子を確認する仕事らしい。

 乗り手はホンス家の書士の甥だとかいう、できが悪いけれど文字も読めて計算も出来て、田舎育ちで一応馬に乗れたからという。仕事を探していたからこの任務を与えられたという人間の雄だった。

 馬に対する礼儀は一応できていたが、乗り手としてはまだまだ。

「まぁ、ただの道案内よね」

 馬に対する礼儀。そして白百合を傷つけたら主から怒られるのもあるからだろう。

 はじめは縁者の様子見だったのが、やがて荷物の運搬も始まった。その縁者から荷を預かったのが始まり。

 似はとても軽い。

 糸やその細工だとか。

 乗り手の背負子で済んだものは、いつしか小さな荷車が必要な量に。

「白百合号にそのようなものをつけるのは……」

 畏れ多いと人間の皆が言ったのだが、白百合自身がそれを良しとした。

 だって楽しかったから。

 のんびりゆっくりで良いというその旅が。運動場や近くの道をただぐるぐると走るのなんて比べものならないほど。

 もう少しだけ続けたいと彼女のわがままで。


 それがまさか国の助けになろうとは、誰も思っていなかった。


 国の端の土地だからこそ。

 不穏な輩が忍び寄り。

 たまたま、白百合がその村に来ていたときだった。

 村の近くで隣国からの間者の姿を。

 小さな村だからこそ、皆が皆、顔見知りである。

 顔見知りに入れられた白百合と訪れた雄は震えて役に立たない。もともと文官を目指していた落ちこぼれでもあり、腕っぷしはないのだとか。


「私が、いくわ」


 勇敢な女ね。

 立ち上がった女は、次に白百合の目の前に立ったときにはわざとそう切ったらしいざんばら(・・・・)な髪をしていた。

 あら、もったいない。

 鬣は女の命よと、教えてあげるべきかしらと思ったけれど。

「よろしくお願いします。レディ」

 あら、礼儀を知っているわ。

 たまに見かける彼女はまるで人形のようであったのに。

 今も動かない表情で。けれども不思議と目だけは蘇って――ああ、死を決意している戦士の目に近い。


 ――よろしくてよ。


 この人間より自分の方がその目は先輩だ。主とともに、何度その死地を越えてきたか。

 だから白百合は村にあった粗末な鞍でも我慢した。灰で真白い身体を目立たぬよう汚されることも。

 跨る彼女も金髪を同じようにしているのだから。

「誇り高いあなたに、本当に、失礼、だけれど……」

 我慢してほしいと願う人間に、白百合はその走りでもって応えてあげた。


 白百合はふと、何やら懐かしい気がしながら。

「あなた、白百合っていうのね! 真っ白くて、とってもきれいなあなたにお似合いだわ!」

 幼い少女――名を確か……。


「わたしも百合の花からもらったのですって。おそろいね!」




 リリアラの幸いが、白百合号が優秀な元軍馬で、道を彼女自身が覚えていたことだ。

 白百合号は三日三晩駆け抜けた。

 乗り手の望むままに。

 リリアラの幸いはただそれだけで。

 箱入り娘であった彼女には従姉妹のジュリエットがそうしたように道々で変え馬や食料をと、そうすることが思い浮かばなかったことだ。

 けれども白百合号だからリリアラを送り届ける事ができたともいえる。道を間違えることもなく、最短で――それでも国の端からは三日かかった。

 貴族の。箱入り娘の。

 軍人でも、鍛えてもいない。

 何年かぶりに馬に乗った娘には、途中途中で川に直接口をつけて水を飲むということしかできなくて。それも白百合号に飲めと言うように川に背中を押されなければためらったことを。

 それでは身体が……――。


 それでもなんとか、リリアラは――もたせた。


「領地に危機あり……!」


 役目を果たすことができた。



「ありがとう、レディ……」

 役目を果たせたリリアラはそれが白百合号のおかげだときちんと感謝した。ヒューヒューと苦しげな息で、最後の礼を――願いを。

 白百合号ももはや限界でもあった。まさに老体に己で鞭を入れて走ったような。

 けれども彼女は誰にも譲らなかった。

 リリアラの最後の願いを。

 その亡骸を、村に返すことを。


 そうして白百合号もまた、その生涯を終えた。

 最後に思いっきり走れたことを満足そうに。


 主は――フェアスト公爵は、白百合号の鬣をいつも身につけていたという。

 白百合号もまた、国を救った英雄のひとりだ。



 書き下ろしの書き下ろしをば。

 こういう視点でも書きたかった。


 馬に乗ったら結構高い…その高さに驚いた記憶があります。

 子供なら高いと怖がっても仕方なく…。


 あとお馬さんて結構長生きでびっくりした…。有終の美…とは、また難しいものです。


 電子書籍の書き下ろしのまた番外編です。ご購入ありがとうございます。まだの方でご興味を持っていただけたら、よろしければお好きな各媒体でお読みになったあとに戻ってきていただければ。

 読み辛い当方の文章ですがw(レビュー欄楽しくなってきたw読み切りまでちゃんと読んでから書いてほしいですなぁw)

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