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「だから結婚は君としただろう?」【本編完結済】  作者: イチイ アキラ


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43  「黄金の花は絶えることなく糸を編む」書き下ろし番外編


 リリアラの身を預けられた村でレース編みをする娘が増えてきた。

 もともとそんなに村民の多くない村だから、村の若い娘全員が順番で訪れているようなもの。

 リリアラの舘のあちらこちらから娘たちの笑い声がするようになって。

 その中心が表情無くなった、壊れたままのリリアラというのも相変わらず不思議なものだ。


 リリアラの一番弟子を自負するカミラが瓶飾りを作り出して、それが村興しになってすぐのことだった。

 ホンス伯爵エドワードから直々の依頼があった。


「エルブライト大公家に祝いあり」


 それは、エルブライト大公夫人のご懐妊の話。

 そしてエルブライト大公家からこそ、ホンス家に直々の依頼であったのだ。けれどもエドワードはある意味――正しく仲介である。この村へ。

 夫人が安定期に入られたことで、こうして親しい業者などに依頼があったのだ。


 ホンス家にはその果実酒の依頼を。

 子が産まれた暁には祝い事をしたい。その際に皆さまに配る品としてホンス家の特産品を選んでくれたのだ。

 それはプリシラの実家がホンス家であり、エドワードの代になった今やわだかまりがないと皆に知らしめるためにも。


 仲介。

 それはリリアラへの遠回しな伝達であったのだから。


 妹への。


「お姉さまに……お子……」

 リリアラはぽつりと。

 けれどももうすっかり懐いたカミラには、それがリリアラが驚いて喜んでいる表情だとわかり。

「良かったですねぇ、リリアラ様!」

 そしてそろそろ「お嬢様」と呼ぶのはどうだろうとなり、リリアラ自身が許して名前呼びになった。「奥様」や「御方様」だけは駄目だと――呼ばれる資格はないとリリアラが珍しく拒否を示した。


 その頃には。

 もうリリアラがやらかしたことも薄っすらと村人たちは知っていた。皮肉にもホンス家のお荷物な村から脱出したことで、街や都に触れることができたから。

 皮肉にもリリアラ自身の功績で。


 けれども村はそれでリリアラにたいして何かするでもなかった。

 むしろリリアラがやらかして村に来てくれたおかげの、感謝の方が今はまさる。

 ナタリーやカミラ母子だけでなく。今は村の娘たちに手に職を与えてくれた。

 だから慕われるリリアラだ。

 たとえやらかして――未だに壊れていたとしても。表情も感情も、抜け落ちていても。



 けれども最近はようやく。リリアラも少しずつだが心が動くことがあるようだ。

 そう、リリアラはカミラが気がついたように――喜んだのだ。

 貴族の、昔のリリアラを知るものたちは驚いただろう。


 あのリリアラが、と。


 姉の懐妊を、喜んだ。


 姉の婚約者を奪い、その結婚や――その幸せを邪魔したリリアラが。リリアラさえいなければ無駄で辛い三年を待たずに済んだのに。

 アンドリューも後遺症に――その心因からくる辛さで悩まずに済んだだろうに。


 そんなことを悔いることすらできず、愚かであったあまりに――心が壊れたリリアラが。


 これは壊れているからこそ、素直になったとも言えよう。


 ――ようやく、だ。



「えー……とりあえず百本分……ひゃ……え……?」

 ホンス家からのお使いさんが「え」と目を擦った。

 なんて大量発注。

 その編み始めたばかりの瓶飾り。こんな小さな村の娘たちの手作業で。

 それを百本分。

「え、エルブライト大公家の家紋を組み込んで欲しいそうです……」

 ひええ、とお使いさんはただの伝達係だから詳しく知らなくて。

 彼は本来はリリアラの様子をホンス家――とくにジョアンナに伝えるために雇われたのだが。リリアラに品を預けられた際に文字が読めて計算もできたことから、こうしてホンス家と村を行ったり来たりする役割で改めて雇われていた。村の娘たちの憧れから始まったレース編みが、まさかホンス家の特産品に関わるとは思いもしてなかった。

 今回エドワードから発注書と、エルブライト大公家の家紋の写しを預かってきて、気楽に「この村も発展してきたなぁ」なんて来ただけなのに。

 なんかすごいの持ってきちゃった。

 彼の顔色の悪さに、村娘たちもつられて青くなる。

「え、百……」

「それってどんだけ……」

「ひぇ……」

 大公家なんてどれくらいすごいのかもわからなくて。

 おらが村のご領主さまの伯爵家よりはるかに上――はるかに怖い存在。

 村娘たちは震え上がった。


「……大、丈夫……」


 けれども彼女らが慕うリリアラが――お貴族様のリリアラが。

「産まれてすぐ、お披露目じゃ……ない、から……まだ、時間、ある……」

 貴族の子のお披露目は、村の赤子の誕生祝いのように単純ではないから。

 この村に住んで、イリーナの出産などのあれこれで貴族と平民の違いを知ったリリアラだ。

 小さな村では赤子の誕生を村全体で祝っていて、そのお祭りにリリアラもカミラに連れられて参加したからだ。

 それはリリアラの心がはじめて揺れ動いた結婚をしたイリーナの子の。イリーナに是非にと呼ばれて。

 貴族のパーティとは違い、騒がしくてやかましくて、それでも新しい命への喜びにあふれていた。

 リリアラはイリーナが産まれた娘に「リリー」だなんて名付けたことにその動かない表情で――誰もがびっくりしていると、その日はカミラの通訳なしにわかった日だった。


 リリアラがいつものぽつぽつとした喋り方ながら、娘たちに安心させるように説明する。

 壊れたリリアラにはそんな気はなかったかもだが、耳から入ってきた話はちゃんと聞こえているからだ。

 リリアラは表情は変わらないが話は素通りしないで、耳に入っているとカミラははじめから感じていた。

 まだまだ子どもであったカミラが騒いでもリリアラは反応はしないが、話しかければ無視しないで返事をくれたからだ。

 それが父を亡くして構ってくれる相手がいなくなった、寂しかったカミラにとっては嬉しいことだったから。


 リリアラはエルブライト大公家の家紋をじっと見たあと。

 紙にさらさらと図案を描いた。

「大公家の、家紋を目立つよう、に……縁取りは、いつものように、お酒の中身の、果物か……」

 さすがだと皆が尊敬の目を向ける。

「お子は、いつ……?」

「え?」

 リリアラの問いかけの意味がわからなくて使者さんはカミラに助けてと視線を。仕方ないなと、まだまだだともったいぶりつつカミラは通訳だ。

「赤ちゃんはいつくらいに産まれるのか、だって」

「え、あ……えーと春にお産まれになられると……予定。うん」

 発注書にはそれに間に合わせて欲しいと書いてあった。

「それなら、春の女神……芽吹きで、縁起、良いから……」

 大公家の紋章だけでは味気ない。春の女神をモチーフとした若葉をツタ飾りにしてイメージラフを描き上げる。

「やっぱりリリアラ様はすごいやぁ」

 瓶飾りを編むように提案した功績あるカミラも、まだまだリリアラには届かない。

 リリアラはきっと、天才だ……村娘だけでなく、王都育ちの使者こそそれを感じていた。

 だからどうしてリリアラがこんなことになったのかと……彼は王都で一時ざわめかれた醜聞を思い出す。

 リリアラほどの才能あれば、そんな醜聞の前に話題になっても良いだろうに。


 今でこそ、ホンス家の先代夫人ジョアンナが紹介するレース作品の数々が人気だ。それがこの村でリリアラが作っていると使者は良くしっている。

 何故なら納品するのも、その売上で糸などを仕入れてくるのが彼だから。


 もったいない……。

 それを心底から。本当に感じているのはリリアラの身内たちだろう。


 だからプリシラが許したのも、きっとあるだろう。


「あ、エドワードさまから追伸あるっす。何でも新酒? いや酒じゃない? 子供でも誰でも飲める微発泡の新しいのを一緒に売り出したい?」


 自分ところのご領主さまは案外抜け目ねぇ商売上手だなぁと、村娘たちがちょっと頬を引きつらせた。いや、頼もしい限りなのだけれど。


「あ……新しいのは「天使の産声」て名前になる予定らしいっす」


 だから微発泡で。誰でも飲めて。

 だから――天使の。


 やっぱり頼もしいご領主様かもしれない。


 リリアラもモチーフを天使に描き変えた。女神よりこちらだ。きっとその方が相応しく、喜ばれる。



「百本、お客、さま……そんなに少なくないと、思うから……むしろ、足りない……」

 何せ大公家の子だ。

 祝辞だけでどれほどくるか。

 その御礼に配るものだから、きっと百本じゃ足りなくなる。お披露目の参加者だけでなく後も追加が来るだろう。

 それをリリアラにぽつぽつ説明されて村娘たちは震えた――今度は武者震いだ。

 リリアラが珍しくここまで喋ってくれた。


 何よりこれは、リリアラのお姉さまへの祝いなのだ。


 それなら頑張らなきゃ――。




 それから数ヶ月。

 大変な大発注だと村の総出での仕事になった。村娘たちは村の畑作業などよりそちらを優先させてもらえたり。

 なんせ畑の野菜よりそちらの方が頂ける稼ぎも、エドワードが奮発してくれたし。

 図案の写しに感激してくれたらしい。


 そして……。

「……そう、女の子……無事、良かった……」

 母子ともに無事お産まれになって。

 いよいよ納品に。


 リリアラだけに、使者はエドワードからの手紙を渡した。

 そこには産まれたのは女の子で、名前はエルブライト大公の亡き奥様から頂戴したとあった。


「マーガレット」


 素朴だが可愛らしく癒される花だ。

 きっとエルブライト大公はその奥様を大層愛されていたのだろう。

 だから後妻をとらないで――養子としてアンドリューを。プリシラを……。


 リリアラは本当に自分は何も見えていなかったと。

 こんなにも時間がかかって、ようやくわかったのだ。



 使者は納品に、小さな箱が追加されたのを。それをひっそりと一番大切に持ち運んだ。


 赤子用のドレスを。

 リリアラが刺した、とても美しいマーガレットの花の刺繍をされたドレスを。


 そして無事に納品はすんで。大公家がたいそうご満足されたと増えた褒美を携えて使者は戻ってきた。


 ただ何よりの褒美は。

 リリアラに、赤子の手形が捺された手紙が――姉から。


 ありがとうと、言葉はひとつきりだけど。


 けれどもその一言が――リリアラの頬にひとつの涙を。

 壊れた心の奥からの嬉し涙を。

 カミラも誰も、気が付かないままに。


 お披露目式に赤子が着ていた美しいドレスもまた、話題になったと後に……――。


https://www.cmoa.jp/title/1101480729/

にて。電子書籍出していただきました。(レビューありがとうございます)


 その書き下ろし「黄金の花は絶えることなく糸を編む」の、その番外編です。

 イチイ節と申しますかなんというか…。


 書き下ろし本編はある意味哀しい話にもなっておりますので、大丈夫どんとこい!という方には是非。むしろその話のために書いていた物語なので…よろしくお願いします。


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