騒動の終わりと帝都への道
吸血鬼を倒したのち、ローザとクラウスは墓地へと移動した。
墓地の内部とその周辺には、食屍鬼らしき死体がいくつも横たわっているのが見える。
ランベルトたちは、これを相手に戦っていたのだろう。
戦闘は既に終わっているように見える。
墓地の入口には幾人かの負傷者らしき者たちが座り込んでいた。
見たところ皆軽傷のようで、重傷者は見当たらない。
他の衛兵や冒険者達にも悲壮な様子は見えない。
どうやら死者を出すことなく事態を収拾出来たようだ。
衛兵たちがもし屋敷の方に行っていたなら……あるいはモーリッツの人形や吸血鬼が街中に出ていたなら、多くの犠牲が出ていただろう。
あの人形と吸血鬼が、二手に別れたりしていなくて良かったと、そう思う。
そのどちらか片方が相手でも、彼らでは太刀打ちできなかっただろうから。
ローザとクラウスは、墓地の中へと入っていく。
墓地に入ってすぐのところで、ランベルトの姿を見つけて近付いていった。
ランベルトもこちらに気づき、笑みを浮かべて声をかけてくる。
「やあ、無事で何よりだ」
「あなたも無事で良かったわ。酷い怪我をした人はいないように見えるけど、どう? 大丈夫だった?」
「おかげさまでね。負傷者は出たが、皆軽傷で済んでるよ」
ランベルトはローザの問いに答えながら、クラウスに目を向ける。
「こちらの方は? 前に聞いたお仲間かな?」
「ええ、私の仲間のクラウスよ」
「クラウスだ。よろしく」
「ああ、よろしく。私はランベルトだ」
クラウスと握手を交わすランベルトに、ローザが問いかける。
「こっちは何が起こってたの?」
「食屍鬼が出たんだよ。結構な数で、三十体はいたかな? 少してこずったが、何とか切り抜けられた」
「流石だわ。きっと指揮官が優秀だったんでしょうね」
そう言って笑うローザに、ランベルトも笑みを返す。
「屋敷の方では何があったんだ? なんだかとんでもない事が起こっていたように見えたが」
「あっちには魔鋼製のゴーレムと吸血鬼が出たりしたけど、どちらも倒してしまったから、心配はしなくていいわ」
「ゴーレムと吸血鬼?」
「ええ、そうよ」
「ああ……で、ゴーレムは何のゴーレムだって?」
「魔鋼よ」
「魔鋼で出来たゴーレム? そんなものが存在するのか?」
信じられないといった表情を浮かべているランベルトに、ローザは頷きを返す。
「屋敷にいた人たちはどうなったんだ?」
「生命探知の魔術には反応は無かったわ。モーリッツはいたんだけどね。他の人達は全員殺したと、彼はそう言っていたわ」
「あいつが?」
「ええ。さっき言ったゴーレムに指示を出していたのは彼だから、十分に可能だったはずよ」
それを聞いたランベルトの表情がわずかに歪む。
「そうか……では、やはりあれは……」
「やはり? 何かあったの?」
「こちらで現れた食屍鬼の中に、あの屋敷の使用人に似ている者がいてね。姿は大きく変わっていたが、もしかしたらとは思っていたんだ」
「そうなのね」
あの屋敷にどのような人々がいたのか、ローザはほとんど知らないが、ランベルトからすれば、関わり合いのあった者もいたのだろう。
そうしてランベルトはしばらく沈黙していたが、やがて大きく息を吐いた。
「モーリッツはどうなったんだ?」
「私が殺したわ」
それを聞いたランベルトは目を伏せ、しばらく考え込むように口を閉ざした。
やがて、静かに口を開く。
「そうか……出来れば今すぐ話を聞きたいんだが、もうこんな時間だ。また明日、会って話はできるだろうか?」
「ええ、もちろん大丈夫よ。明日詰所に行けば会えるかしら?」
「ああ、明日は一日いるようにするよ」
「わかったわ。じゃあ、また明日」
そうしてランベルトに別れを告げ、ローザはクラウスと共にその場を後にする。
その日はそのまま宿に戻り、眠りについた。
翌朝、ローザは久しぶりに朝と呼べる時間に目を覚ました。
ここ最近は夜中まで見回りをして昼前に起きるという生活を続けていたが、それもようやく終わったのだ。
クラウスは既に目を覚ましていた。
なんでも、夜明け前に起きて屋根の上に登り、朝日が上る様子を眺めていたらしい。
クラウスと共に宿で朝食を取ってから、ローザは出かけて行った。
その日は魔術で髪と目の色を変えないまま、外に出る。
昨日の夜、ノルトフェストゥングの屋敷に向かう時もそのまま外に出ており、その姿を多くの人に見られている。
今更隠したところで、さして変わらないだろうと思ったのだ。
衛兵たちの詰所にたどり着いたローザは、ランベルトを見つけて彼に声を掛けた。
今朝、衛兵たちは屋敷があった場所を見に行ったらしいが、そこが更地になっているのを見て、随分と驚いていたらしい。
その場で魔鋼製のゴーレムも見つけたそうだ。
魔鋼は貴重な金属だ。
あれを売りに出せば、相当な値で売れるだろう。
「昨晩帰り際に屋敷を見てきたんだが、酷い有り様だったよ。何かを調べようにも、屋敷が丸ごと吹き飛んでいて、調べるどころでは無くてね」
「そうなのね。一体何があったのかしら?」
そのローザの言葉に、ランベルトは笑い声を上げる。
「全くだ。一体何があったんだろうな? ああ、そういえば、あなたの言った通り金属製のゴーレムは見つかったんだが、それ以外は瓦礫ばかりでね。まあ酷い有り様さ。誰がやったのかわからないが、もう少し加減というものを考えてくれたら良かったんだが」
「ええ、そうね。一体誰がそんなことをしたのか、わからないけどね」
笑顔でとぼけるローザの顔を見て、ランベルトは再び笑い声を上げる。
「まあ、実際のところは……」
そう言って、ローザは昨晩の出来事を出来る限り詳細にランベルトに伝えた。
モーリッツと人形、そして吸血鬼、さらに衛兵たちも目にしたであろう流星召喚の魔術についても説明する。
説明の要所要所でランベルトが質問を投げかけてきた。
それに丁寧に答えながら、自身が見たままを彼に伝える。
「本当にあなたがいてくれて良かったと思うよ。聞いた限りでは、我々だけでは対応が出来たとはとても思えない。衛兵になってずいぶん経つが、この街でそんなことが起こるなんてな」
そう言ってランベルトは深いため息を吐いた。
「しばらくしたら、帝都から審問官が来ると思うわ。もし何か聞かれたら、ありのままを話しておいて」
「ありのままか……そうしたところで、信じてもらえるだろうか?」
「大丈夫よ。私のことも一緒に伝えれば疑ったりはしないと思うわ」
「あなたのことも?」
「ええ。銀髪金眼のローザという名の冒険者がその場にいたと、そう伝えればいい」
「わかったよ。その通りに伝えよう」
そういって、ランベルトは苦笑を浮かべる。
「あのゴーレムはあなたたちにあげるわ。あれを売ればそれなりの金額になると思うから、何かの足しにして」
「あれを? 本当に貰ってもいいのか? それなりどころじゃ無い金額になると思うんだが」
「ええ。色々とあったから、お金が必要でしょう?」
「まあ、確かにそうなんだが……いや、ありがとう。感謝するよ」
「また何か助けが必要になったら連絡して。乗り掛かった舟だから、可能な限り手を貸すわ」
「それはありがたいね。まあ出来るだけ、あなたの手を煩わせたりしないように努力するよ」
「そう。後始末とか色々と大変だろうけど、頑張ってね」
「ああ。期待に応えられるように精一杯努力するよ」
話を終え、ローザが詰所を去るところで、ランベルトは背筋を伸ばし胸に手を当て、ローザに対する感謝の言葉を口にする。
「本当に助かったよ。ありがとう」
「ええ、どういたしまして」
そうして笑顔を交わしたのちに、ローザは詰所を後にする。
宿には昼過ぎに帰りつき、その日はそれ以上外に出ずにゆっくりと休んだ。
クラウスは街の散策をしていたようで、夕方頃に宿に帰ってきた。
二人で夕食を取った後に、アケライの街で別れてからのクラウスの話を聞いた。
盗賊や紫金の王との闘いの話。
盗賊退治のために訪れた村で出会った老婆や、エルフの姿をした妖精の話。
吟遊詩人や劇作家が聞いたなら、大喜びしそうな内容だった。
そんな話を聞きながら、夜の時間は過ぎていく。
ゆっくりと休んだその翌日。
朝起きて、クラウスと共に宿で朝食を取り、そのあとすぐに冒険者組合へと向かった。
帝都にたどり着くまでに、あと二回ほど転移門を使用する予定だ。
これ以上何事も無ければ、十日もあれば着くだろう。
冒険者組合での手続きを終え、転移門のある部屋へと通される。
円形の部屋の中心には、石造りの台座があり、その上に金属製の円環が乗っている。
その直径はローザの身長の倍くらいはあるだろうか?
その台座の手前に、水晶をはめ込んだ台がある。
金属製の円環が転移門であり、その手前の水晶が転移門を起動する魔道具だ。
ローザはそれらを眺めながら、安堵の溜息を吐いた。
「やっと帰れるわね。流石にもう何も起きないとは思うけど……」
「おい、やめろ。そういう事を口にした時に限って、何か起こったりするんだからよ」
ローザの言葉を、少しうんざりしたような声でクドゥリサルが咎める。
「そうね。余計なことは言わないようにしないと、また帰れなくなってしまうわね」
「帝都に着いてからは、何をするんだ?」
笑いながら語るローザに、クラウスが問いかける。
「まずはゆっくり休みましょう。最近色々あって働き過ぎだったと思うのよね」
「ああ、確かにそうだな」
クラウスも同じことを思っていたのだろう。
苦笑を浮かべていたが、その様子はどこか楽しげに見えた。
「帝都に着いたらあなたに会って欲しい人とかもいるんだけど、その辺の話はまたあとで話すわね」
「会う? 誰にだ?」
「まず、私の魔術の師匠かしら? あなたに出会ったのも、彼女に勧められたからなの。他にもたくさんいるわ。あなたの話を聞いたら、会いたがる人も大勢いるだろうし」
「会いたがる? 俺にか?」
「ええ、そうよ。私が雇った従者っていうだけで、注目されるだろうから。ああ……できれば貴族に会ったときの作法なんかも覚えて貰えると嬉しいんだけど、どうかしら?」
「作法? そうか……」
それを聞いたクラウスは、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
おそらく面倒だと思っているのではないだろうか?
ローザは苦笑を浮かべ、言葉を続ける。
「あなたがどうしても嫌だって言うなら、考えるわ」
「いや、やるだけやってみよう。やってみたら、楽しいかもしれないしな」
「そう? じゃあ一回やってみて、やっぱりやめたいってなったら、また言って?」
「ああ、そうするよ」
そんな会話をしている途中、ローザは以前にクラウスと交わした約束をふと思い出した。
「そうそう! 帰ったら色々なお店に連れて行くって約束もしてたでしょ? おいしいお店がたくさんあるから、きっとあなたも満足できると思うわ」
「ああ、それは本当に楽しみだな」
そう言ってクラウスは頬を緩める。
その表情を見るに、本当に心から楽しみにしているようだ。
その様子を見て笑いながら、ローザは転移門を起動する魔道具に手を触れる。
帝都の人々は、クラウスを見てどのような反応を示すだろうか?
ローザの運命を大きく変えることになると言われた相手。
彼の持つ力を知れば、多くの者が近付いてくるだろう。
面倒事も多くなるはずだ。
対処しなければならないことはいくらでもある。
大変だろうが、きっと退屈することだけは無いように思う。
これからのことに考えを巡らせながら、隣に立つクラウスに目を向ける。
「じゃあ出発しましょうか」
そのローザの言葉に、クラウスは楽し気な笑みを浮かべ、頷きを返してきた。




