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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第六章 亡者と人形

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閑話 新しい友達

 アディメイムは一人湖のほとりに座り、周囲の景色を眺めていた。


 彼の友人は、この場所で景色を眺めるのが好きだった。

 その友人はもういない。

 かつていた世界に帰るのだと言って、数日前に旅立って行った。


 風が涼しく、心地よい。

 薄桃色の花びらが、ひらひらと舞い落ちる様子をじっと見る。

 随分と前に、この場所に友と二人で並んで座り、同じ景色を眺めたことがあった。


 吹き抜ける風が枝を揺らし、無数の花びらが解き放たれ、宙を舞う。

 花びらは不規則に、気まぐれに揺れながら舞い、地に落ちる。

 地面には舞い落ちた花びらが降り積もり、まばらな薄桃色の模様を描いている。


 湖面が空の青を映していた。

 春らしい、穏やかさを感じさせる青だ。

 その中を白い薄雲がゆっくりと流れていく。

 水面に落ちた花びらが、波の上で春の日差しに照らされ、ゆらゆらと揺れていた。


 あいつは今、どのあたりを歩いているのだろうか?

 目の前に広がる美しい景色を眺めながら、友人と共に過ごした日々の思い出に浸る。


 どれほどの時間そうしていただろうか。

 アディメイムは一人の子供が近づいて来ている事に気づいた。


 その子供もアディメイムに気付き、足を止めた。

 子供の顔には驚きの表情が浮かんでいる。

 だがその顔は、すぐに泣き出しそうなものに変わった。


「やあ。こんにちは」


 アディメイムは子供に声を掛けてみたが、子供からの返事は無かった。

 子供は顔の筋肉に一生懸命力を入れているようで、ひどいしかめっ面になっていた。

 その目には涙が溜まっている。

 おそらく、必死で泣くのを堪えているのだろう。


 アディメイムは笑みを浮かべ、子供から目を逸らす。

 そうして、子供の方に目を向けないまま、待ってみる。

 しばらくすると、子供が再び近付いて来た。


 ある程度近付いてきたところで、再び視線を向ける。

 子供はまだ泣き出しそうな表情のままだったが、先程よりは落ち着いているように見えた。


 アディメイムは、この子供の存在を以前から知っていた。

 クラウスがこの子供と遊んでいるのを、遠くから見たことがある。

 邪魔をしては悪いだろうと思い、彼らに近付いていった事は無かったが。


「こんにちは」


 子供に向けて、再び声をかけてみた。

 子供は少ししゃくりあげるような声で返事をする。


「こんにちは」


 挨拶に応えた子供は、じっとアディメイムの顔を見つめていた。


「かみさまなの?」


 子供が何事かを問いかけてきたが、その問いの意味がわからず、アディメイムは問い返す。


「かみさま?」

「かみさまなんでしょ?」

「かみさま……神様か? もしかして私のことを言っているのか?」

「あのね、ここにかみさまがいたの」

「ああ、それは……クラウスのことか?」


 要領を得ない子供の言葉を理解しようと努めながら、問い返す。

 そのアディメイムの言葉を聞いた子供は、再びしかめっ面になる。

 クラウスの名前を聞いて、また泣きそうになってしまっているのだろう。


 どうやら、この子はさまよい人の事を神様と呼んでいるようだ。

 おそらく、この子の周りにいる大人たちが、アディメイムとクラウスのことをそのように呼んでいるのだろう。


「くらうすのかみさまをしってるの?」

「ああ、知っているとも。友達だからな」

「ぼくもともだちだよ」

「そうか、じゃあ一緒だな」


 子供はその言葉にコクリと頭を動かして頷く。

 それからアディメイムのすぐ横まで近付いてきて、その場所に座った。


「かみさま、もういなくなっちゃった」

「ああ、そうだな」


 この子はずっと悲しげな表情を浮かべている。

 この年齢だ。

 おそらくクラウスとの別れが、彼にとっての初めての別れだったのだろう。


「良かったら、私とも友達になって貰えないか?」


 その言葉を聞いた子供は、アディメイムの顔をしばらくじっと見つめた後に、コクリとうなずいた。


「うん、いいよ」

「私はアディメイムだ。よろしくな」

「あでぃめいむのかみさま?」

「そう、アディメイムの神様だ」

「ぼくはね、ティルヤ」

「ティルヤ?」

「そうだよ」

「ああ、それは……良い名だ」

「むかしいた、すごいつよいせんしと、おなじなまえなんだよ」

「ああ、そうだな。知っているとも」


 頷き、笑みを浮かべる。

 クラウスと共に育てた、最初の弟子。

 その名は今もなお、亜人たちの中で語り継がれている。

 彼のように強く育つようにと、自身の子にその名を付ける者も少なくないと聞いている。


「くらうすのかみさまは、とおくにいっちゃったんでしょ?」

「ああ、そうだ」

「かみさま、ほしいものがあるっていってたんだ」

「そうだな。知ってるよ」

「ほしいものってなんだったの?」


 問い掛けられたアディメイムは、友の姿を思い浮かべる。


「人生……かな?」

「じんせいってなに?」


 その問いにアディメイムは苦笑を浮かべる。


「それはまた、難しい質問だな」

「むずかしいの? かみさまでもわからないの?」

「そうだな。一人一人違うものだから」

「おとなになったらわかるのかな?」


 ティルヤが再びアディメイムの顔をじっと見つめる。

 アディメイムは笑みを浮かべ、その問いに答える。


「ああ。きっとわかるさ」


 それを聞いたティルヤは、何事かを考えるように地面を見つめ始めた。

 しばらくしてからティルヤは顔を上げ、口を開く。


「ほかにもかみさまはいるの?」

「私一人だよ。今はね」


 子供の問いに応え、笑みを浮かべる。


「クラウスとは、いつも何をしていたんだ?」

「あのね、いっしょにあそんでた」

「どんな遊びをしてたんだ?」

「たたかいごっこ」

「そうか。大きくなったら戦士になるのか?」

「うん」


 頷き、ティルヤは黙り込む。

 しばらくしてから顔を上げ、再び口を開いた。


「あのね、かみさま」

「なんだ?」

「ぼくとあそんでくれる?」


 ティルヤはまた泣きそうな表情になっていた。

 またクラウスのことを思い出したのかもしれない。


 アディメイムは静かに頷きを返す。

 今にも泣きだしそうな顔で尋ねてくる子供の頼みを、断ることなど出来るはずが無い。


「ああ、いいとも。何をして遊ぶんだ?」

「たたかいごっこやりたい」

「そうか。じゃあ、やろうか」


 二人は木の枝を手にして、遊び始めた。

 遊んでいる最中、ティルヤはたまに動きを止め、顔をしかめて地面を睨みつけていた。

 クラウスと共に遊んでいた時の事を思い出して、泣くのを堪えているのだろう。


 そうして、しばらくティルヤの相手をして過ごした。

 昼の少し前くらいになって、ティルヤがもう家に帰らなければならないと言い、それで二人の時間は終わりとなる。


 別れ際、ティルヤはアディメイムの顔を真っ直ぐ見ながら問いかけてきた。


「かみさま、またあしたもくる?」

「ああ、来るよ」


 それを聞いたティルヤは、その日初めての笑顔を見せた。

 友人を失った悲しみが、すぐに消えることは無いのだろう。

 その悲しみを、少しでも和らげてやることが出来ただろうか?


「じゃあ、またあしたね」

「ああ、また明日」


 別れの言葉と共に、ティルヤは手を振り走っていく。

 アディメイムはその走り去る姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。


六章はここまでで終わりとなります。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

よろしければ感想、評価等頂けたら嬉しいです。


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