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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第六章 亡者と人形

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不壊の人形

 日が落ちようとしていた。


 街路を照らしていた光がゆっくりと色を変えていく。

 宿の部屋の中、ローザは窓辺に座り、通りを見下ろしていた。

 行き交う人々の影が長く伸び、石畳の上で揺れている。

 通りを歩く人の数は減りつつあるが、酒場などこれから賑わい始める場所もあるだろう。


 ここ数日の日課となっている夜の見回りに出るため、そろそろ準備を始めようかと思い、ローザは腰を上げた。


 そのとき、魔力探針が強い魔力を感知した。

 墓地とノルトフェストゥングの屋敷のある辺り……その二ヶ所からだ。

 屋敷の方からは、一つか二つ。

 墓地には多数の反応がある。


 屋敷のほうが数は少ないが、魔力の反応は非常に強い。

 身を潜めていた何者かが、表に出てきたのだろうか?

 その何者かと戦いになるかもしれない。

 ここ数日の出来事を見る限り、その可能性は十分にある。


 ローザは戦う為の準備を整えようと、背負い袋の口を開ける。

 収納の魔術が付与された背負い袋は、その見た目以上に多くのものを収納できる。

 その中から、金色の籠手と脚絆を取り出し、身に着けた。

 それらは帝国を守護する黄金竜が、自らの身を傷付け与えてくれた、皮と鱗から作られた物だ。


 それは身を守る防具であり、敵を打ちのめす武器でもある。

 さらにそれは、魔術師の杖の代わりにもなっていた。

 竜神の加護を受けたそれらの装備は、発動した魔術の威力を増幅させる事も出来た。

 魔術師であり、格闘家でもあるローザにとって、それはこれ以上無いほどに有用な装備であった。

 さらにそれらは武具でありながら、身を飾る装飾品であるかのような優美さも感じられた。


 ただ一つ欠点があるとするならば、目立ち過ぎる事だろう。

 それ故に普段はあまり身に付けることはない。

 今回これらの装備が必要となるかはわからなかったが、用心するに越したことは無い。


 準備を終え、宿から出ようとしたところで、突然街の中心部にある鐘楼の鐘の音が響き始めた。

 夕方に鳴る定時の鐘は、既に鳴らされている。

 やはり何事かが起こっているのだ。

 これはそれを知らせるための鐘なのだろう。


 宿から出たところで、ローザは念話でクラウスに呼びかけた。


『クラウス、聞こえる?』


 その問い掛けにはすぐに反応があった。


『ローザ? どうした?』

『どれくらいでこっちに着きそう?』

『ああ、もう一時間もかからないと思うぜ』


 ローザの質問に答えたのはクドゥリサルだった。


『何かあったのか?』

『ええ、ちょっとね。あなたの力が必要かどうかはまだわからないのだけど、出来るだけ早く来てもらいたいの』

『わかった。急いで行くよ』

『ありがとう。助かるわ』


 念話での会話を終えたローザは安堵していた。

 何が起こったとしても、クラウスがいさえすればどうとでもなる。

 もしローザの手に負えないような相手だったとしても、クラウスが来るまで持ちこたえることさえできれば良い。

 そう考えるだけで、気が楽になる。


 そうして屋敷に向かおうとしたところで、武装した衛兵や冒険者たちの姿が見えた。

 その中に見知った顔を見つけたローザは、声を上げてその相手を呼び止める。


「ランベルト!」


 幾人もの部下を引き連れて歩いていたランベルトが、その呼びかけで立ち止まった。

 彼は部下たちに何事かを告げたのちに、こちらに近づいてくる。


「やあ、ローザ。これは……良い物を見れたな」


 そう言ってランベルトはローザの顔と手足に視線を向ける。


 普段外を歩くときは魔術によって髪と目の色を変えていたが、今はその魔術は使用していなかった。

 これから向かう場所には、相応の力を持った者が待っている可能性が高い。

 そのような状況で、余計な事に力を使いたくなかったのだ。


 ランベルトは、そのローザの髪と目、そして黄金の籠手と脚絆に目を向け、興味深げな笑みを浮かべている。

 ローザはそれに対して、苦笑を浮かべながら問いかける。


「何が起きたのか、情報はある?」

「墓地の方に魔物が現れたって話でね。仲間が既に対処していて、私たちも応援に行くところだ」

「墓地に?」

「ああ、あなたも協力してくれるならありがたいんだが」


 ローザは小さく首を振って、それに応える。


「私はノルトフェストゥングの屋敷に行くつもりよ。あそこから強い魔力を感じるの。行って確認してみて何も無かったら、私も墓地の方に行くわ」

「そうか。わかった。気を付けてくれ」

「ええ、あなたもね」


 ランベルトに別れを告げ、ローザは屋敷へ向かって走り出した。







 屋敷にたどり着いたローザは、周囲の様子を窺った。

 屋敷には明かり一つ点いておらず、人の気配もまるで感じられない。


 まだ日が落ちたばかりだ。

 屋敷の人間全員が、こんな時間に就寝しているなどという事も無いだろう。

 やはり何かが起きているようだ。

 ローザは屋敷の塀を飛び越え、庭へと入り込んだ。


 そうして生命感知の魔術を行使する。

 屋敷内に生物の反応は無かった。


 続いて、魔力感知の術を使用してみる。

 屋敷の中に二つの人の形をした反応があった。

 生命感知に反応しない……つまりそれは、人の形をしているが人では無いということだ。


 そのすぐ後に、その反応の一つが屋敷の中から出て来る。

 その姿には見覚えがあった。

 この街に来てすぐに、強烈な印象を与えてくれた顔だ。

 ローザがその手で顎を砕いた相手……貴族の子息でどうしようも無い穀潰しと評判のモーリッツが、屋敷の扉の前に立っていた。

 どうやらローザが砕いた顎はもう治っているようだ。


 見た目は以前に会った時と、変わっていない。

 だがあれはもう人では無い。

 おそらく、昨日の夜に会った男と同じように亡者アンデッドになってしまっているのではないか。


「こんばんは。怪我はもう治ったみたいね?」


 そのローザの呼びかけに、モーリッツが驚いたようにこちらを見た。

 どうやらローザの存在に気付いていなかったようだ。

 その顔に浮かんでいた驚きの表情は、すぐに怒りへと変わる。


「お前……お前は! あの時の女か! あの時はよくもやってくれたな!」


 聞き覚えのある耳障りな金切り声で、モーリッツは叫び声を上げる。

 あの男の声は、何故これほど不快に響くのか。

 ローザは大きく溜息をついた。


「怪我は治ったみたいだけど、頭の程度は変わってなさそうね? もしかして、そっちは前より悪くなってる?」


 小馬鹿にするように発したその言葉を聞いたモーリッツの表情が、さらなる怒りで歪む。

 そうして、再び耳障りな金切り声で何事かを叫び始める。

 興奮してさらに高くなったその声は、まるで甲高い笛の音のようで、人の声というよりは鳥の鳴き声のように聞こえた。

 何かを喋っているようなのだが、何を言ってるのかは全くわからない。


 ひとしきり叫んで疲れたのか、モーリッツの鳴き声が止んだところで、ローザは呼びかける


「話をする気はあるかしら? 何が起こっているのかを聞きたいのだけど」

「話だと? この俺にあんな真似をしておいて、どの面下げて言ってやがる! 俺と話がしたいなら、身の程をわきまえて、相応の態度を見せてみろ!」

「ああ、そう。じゃあいいわ」


 そう言って、ローザはあっさりと交渉を打ち切る。

 元々期待はしていない。

 冷静に話し合いの出来るような人間では無い事はわかっている。

 一応、聞くだけ聞いてみただけのことだ。


 そのあっさりとした態度に、モーリッツの気分は逆撫でされたようで、再び怒りの形相で喚き声を上げ始める。


「どこまでも舐めやがって! お前は俺を馬鹿にしたことを必ず後悔するだろう! この街はじきに俺の物になるんだからな!」

「街があなたの物に? どうやって?」

「俺は力を手に入れた! 手始めに俺を蔑ろにする、この屋敷の連中を皆殺しにしてやった! 俺を馬鹿にしたこの街の連中にもすぐに思い知らせてやる!」

「……最初に会った時に手加減をするべきでは無かったわね」


 ノルトフェストゥング子爵がこのような人物を追放するだけで済ませたのは、親としての情けだったのだろうか?

 倫理観を持たない者がなんらかの強い力を手に入れた。

 その結果、この屋敷の人々が犠牲となってしまったのだ。


 そのモーリッツの言葉が終わる頃、開け放たれたままの屋敷の入口から人影が現れた。

 魔力探知に反応があった、もう一つの存在。

 その存在は、モーリッツとは比較にならない程の強い魔力を帯びていた。


 その姿は人間の女のように見える。

 だがそれが人では無いことはすぐに分かった。

 その体表は月明かりを反射して輝いている。

 それは金属製の人形だった。

 おそらく魔術によって制御されたゴーレムなのだろう。


「あなたが手に入れた力というのは、その人形のこと? 誰から貰った物か知らないけれど、あなたには過ぎたおもちゃのように見えるわね」


 言いながら、ローザは魔術を行使した。

 ローザの前に五つの光が浮かび上がり、モーリッツ目掛けて飛んでいく。

 それは魔導弾と呼ばれる魔術だった。

 放たれた魔力の矢は標的を追尾するため、それを躱すのは至難の技だ。


 自身に迫りくる魔術を見たモーリッツは、驚愕の表情を浮かべて硬直している。

 まともな戦闘経験など無いのだろう。

 とっさの回避行動すらできないようだ。

 だが、魔術は彼には届かなかった。


 彼の前に立ちふさがった人形が、全ての魔導弾をその腕で打ち払ったのだ。

 恐怖と驚愕の表情を浮かべていたモーリッツが、それを見た途端に得意げな表情になる。


「無駄だ! 魔鋼製のゴーレムを相手にそんな物が通用すると思っているのか!」


 ありがたい事に相手の方から情報を教えてくれた。

 この男はどこまで愚かなのだろうか。


 魔鋼は魔力を帯びた強靭な金属である。

 魔術はほぼ効果が無く、通常の武器で傷を付けるのも難しい。

 そんなもので作られたゴーレムを破壊するのは至難の業だろう。


 見たところ、モーリッツのほうは以前と変わらず、特に何も出来無さそうだ。

 彼は一旦放っておいてもいいだろう。

 まず、この人形を何とかしなければならない。


 ローザは人形の動きを注視する。

 その人形の体がわずかに沈み込み、次の瞬間には大きく跳躍していた。


 人形はこちらへと向かって跳躍し、宙に浮いたまま回し蹴りを放ってきた。

 両腕でそれを受け止めて防御したローザは、その蹴りの勢いに逆らわず、衝撃を逃がす様に跳躍する。

 さらに着地時には地面を転がって、受け身を取りながら立ち上がった。

 完全に受け流せると思っていたが、人形の蹴りは強力で予想以上に吹き飛ばされ、地面を転がって受け身を取ることでようやく勢いを殺しきる。


 通常のゴーレムの動きは鈍重だが、その人形は非常に俊敏だった。

 魔鋼製であるなら相当な重量があるはずだ。

 人形が着地した時の音からも、それがわかる。

 その重量で、これほど素早く動くことが出来るのだ。

 その膂力りょりょくも相当なものなのだろう。


 人形の主であろうモーリッツを攻撃しようとしてみたが、人形はその動きをすぐに察知し、間に割り込んで邪魔をしてくる。

 やはり先にこの人形を倒すしかないらしい。


 この人形には魔術も物理的な攻撃もほとんど効果が無いだろう。

 手強いが、それでも十分に勝てる相手だとローザは見ていた。


 あるいは倒す必要すら無いのかもしれない。

 クラウスがやってくるまでの間、時間を稼いでもいい。

 彼であれば、おそらくこの人形も容易く倒してしまうのだろうから。


 ローザは改めて人形を見た。

 ゴーレムには必ず何処かに核が存在する。

 人の心臓と同じように、それを破壊すればゴーレムは動きを止める。


 魔力感知の反応から、この人形の核は胸の下、鳩尾みぞおちの上あたりにある事が分かった。

 魔鋼製の体内に埋め込まれたそれを、通常の攻撃で破壊するのは難しいだろう。

 だがローザには、それをやってのける自信があった。


 防御に専念しながら、攻撃の機会を伺う。

 ゴーレムは疲れることが無く、休みなく攻撃を繰り出してくる。

 その一撃一撃が強く、重い。

 その俊敏さに於いてもローザを上回っている。


 だが、それだけだ。

 人形の攻撃は、何の工夫もなく単調で読みやすい。

 熟練の戦士のそれに比べたら、まるでつたないその攻撃を捌くのは、そう難しい事ではなかった。

 最初こそ少し振り回されはしたが、既にその動きにも慣れていた。


 人形がローザの顔目掛けて真っ直ぐに手刀を繰り出してくるのを、上体を傾けて回避する。

 その手刀に髪が数条切り落とされるが、気にも留めずローザは前に出る。

 そうして人形の懐に潜り込み、その鳩尾のあたりに拳を打ち込んだ。

 金属を弾いた甲高い音が響き渡る。


 一撃を入れた後は、すぐに後方へと跳び退り、相手の攻撃に備える。

 手応えはあった。

 だが流石に一撃入れただけでは効果は無いようだ。

 人形には何の影響も見られず、即座にローザに対する攻撃を再開していた。


「……まだまだ未熟ね」


 人形の攻撃を躱しながら、ローザは呟く。

 彼女の武術の師であれば、今の一撃で倒してしまっていただろう。

 ローザはまだ、師の領域には遠く及ばない。


 まだ倒すには足りないが、それでも技は届いている。

 あとは倒れるまで、何度でもこれを繰り返すだけだ。


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