墓地の痕跡
親子と別れたローザは、ブラーゼンの街の冒険者組合にやってきた。
受付に自身の冒険者証を差し出すと、受付の娘は驚き、興奮した様子で声を上げる。
「ようこそ、ブラーゼンの街へ! お会いできて光栄です!」
「ええ、ありがとう」
数えるほどしかいない白金の位階の冒険者であり皇女でもあるローザは、このような反応にももう慣れていた。
ローザは娘の言葉に笑顔で頷き、言葉を続ける。
「別行動してる仲間がいるの。その仲間が合流するまではこの街に滞在しようと思ってるわ」
「そうなんですね。お困りのことがあれば何でも言ってください」
「ありがとう。特に困ってはいないのだけど、何かおかしな事とかは起こったりしていないかしら? 噂とかでもかまわないわ。何か知ってることは無い?」
「おかしなことですか?」
「ええ、特にノルトフェストゥング家に関わるような事で、何か変わった事とかは無かった?」
「うーん……特に無いと思います。あそこの四男がこの街にいるんですが、どうしようもない人物で、皆関わり合いにならないように気を付けているって事くらいですかね?」
「ああ、それは知ってるわ。さっき会って来たから」
それを聞いた娘が不安げな表情を浮かべた。
「えっ? 大丈夫でしたか?」
「ええ、私は大丈夫よ。向こうは大丈夫では無いでしょうけど」
その言葉を聞いた娘は数秒程考えたのちに、ローザの言葉の意味を理解したようだ。
その顔に満面の笑みを浮かべる。
「そうですか。それは良いことをなさいましたね」
「そう? あの男、本当に嫌われてるのね」
そう言ってローザは娘と笑い合う。
「あの家以外では何か変わったことはある?」
ローザの問いに、娘は少し考えるような素振りを見せてから応える。
「最近、街の北にある墓地で行方不明になった人がいまして……」
「ああ、さっき衛兵がそんな話をしていたわね。調査はしているけどまだ何もわかってないって聞いたわ。冒険者に対する調査依頼は出ていないの?」
「はい。出ていませんね」
「行方不明になった人物の特徴とかはわかるかしら?」
「最初に墓の管理をしている墓守が突然いなくなったんです。そのあとにその墓守の息子もいなくなって……それで誰も墓には近寄らないようにってお触れが出たんです」
「行方不明になったのはその二人だけ?」
「はい、そうです」
その行方不明者は、モーリッツの行動が変わった事とはあまり関係が無さそうに思える。
だが街の安全にかかわる問題だ。
他に何も無いなら調査してみてもいいだろう。
「その墓地の場所を教えて貰える? ちょっと調べてみるわ」
「これは依頼としては出ていないので報酬も出ませんが、よろしいのですか?」
「ええ、大丈夫よ。仲間を待つ間のちょっとした暇潰しみたいなものだから」
「それは……ありがとうございます」
冒険者組合を出たローザは、街の北西にあるノルトフェストゥングの屋敷へと向かった。
その道中で、伝声と呼ばれる魔術を行使する。
それは特定の対象に言葉を届ける魔術だ。
念話とは違い、同時に双方向で会話が出来るわけでは無い。
一定の長さの言葉を、特定の相手に送ることが出来るというものだ。
その魔術を使用して、帝都にいる自身の侍従の筆頭に言葉を送り、とある指示を出す。
その指示の内容は、モーリッツを調査するための審問官をこの街に送るようにというものだ。
数分後に侍従から返事が返ってきた 。
ローザの指示を了解し、すぐに実行するという内容だ。
さらに歩き、そろそろ屋敷が見えて来るというところで、ローザは魔術で黒色に変えていたその髪と目の色を、元の色に戻す。
屋敷の前には門衛が一人立っていた。
その門衛は、ローザを見て驚いたような表情を浮かべている。
銀色の髪と金色の瞳を持つ者を、ローザは自分以外に知らない。
あの門衛に自身が何者であるのか、わかりやすくなるように髪と目の色を元に戻したのだが、その効果はあっただろうか?
「こんにちは。こちら、ノルトフェストゥング家の屋敷で合っているかしら?」
「そうですが、何か御用でしょうか?」
「私はこういう者なのだけど……」
言いながら、ローザは自身の冒険者証を差し出す。
それを見た門衛の表情が強張った。
銀髪金眼で白金の位階の冒険者。
それが何者であるのか、知らない者のほうが少ないほどに、彼女の名は知れ渡っている。
門衛はわずかに逡巡するような様子を見せた。
おそらくローザが本物なのかどうか、疑問を抱いているのだろう。
だが、すぐにその居住まいを正して、応対を続ける。
「失礼いたしました。どのようなご用件でしょうか?」
「伝言をお願い出来るかしら?」
「伝言でありますか?」
「ええ。貴家の四男モーリッツの所業について、帝都に報告を上げたわ。近いうちに帝都から審問官がやって来るでしょう。それまでの間、彼を屋敷から決して出さずに謹慎させておくようにと、この屋敷の管理者にそう伝えておいてもらえる?」
「管理者に、でありますか?」
「まさか、モーリッツがこの家を管理しているわけでは無いのでしょう? たとえ屋敷の一棟程度でも、あれに管理が出来るとは思えないのだけど」
「はい。おっしゃる通り、家令が一切を取り仕切っております」
「そう。じゃあ、その人に伝えておいて貰えるかしら?」
「承知致しました」
門衛は兜の面頬を上げて敬礼し、緊張した面持ちで返事を返す。
「じゃあ、お願いね」
そう言って、ローザはその場を後にする。
審問官は法に則ってモーリッツに処分を下すだろう。
それはノルトフェストゥング子爵の耳にも入るはずだ。
子爵はどう出るだろうか?
おそらく、追い出した者を庇ったりはしないのではないか?
場合によっては彼を始末してしまう可能性もある。
だがそうなったとしても、ローザが気にすることでは無いと思っていた。
どのような結果になったとしても、それは彼自身の行いが招いた結果なのだから。
屋敷を後にしたローザは、冒険者組合で聞いた道を辿り、街の北の外れにある墓地へとやってきた。
墓地の入口で魔力感知の術を使用する。
それから墓地に入り、その中を見回ってみる。
いくつもの古い石の墓標が並んでいた。
墓石には苔が張り付き、そこに刻まれた文字も風雨に削られて、かすれてしまっているものが多い。
ローザはその間をゆっくりと歩いていく。
他に人影は無い。
彼女の耳に届くのは、風に揺れる草木の音と、どこかで鳴いている鳥の声、そして自身の足音だけだ。
墓標の間を歩きながら、周囲を観察していく。
墓地のところどころに魔力の残滓が残っていた。
その様子から見て、おそらくここ数日以内に、なんらかの魔術が行使されたのだろう。
そうして歩いているうちに、墓地の最奥部にたどり着く。
そこに地下への入口があるのを見つけた。
石造りの階段が地中へと続いている。
その階段の向こうから、冷たい空気がゆっくりと這い上がってきているように感じられた。
ローザは地面に落ちていた木の枝を拾い、それに”光源”の魔術をかける。
魔術によって輝きを放ち始めたその木の枝を松明替わりに、ローザは地下へと続く階段を下りていく。
石段を下りるにつれ、空気は重くなっていった。
地上の風はすでに届かず、代わりに冷えた湿り気が肌にまとわりつく。
地下墓所は整然としていた。
壁際には石棺が並び、床には埃が薄く積もっている。
墓所の壁、床、天井……視界に入るあらゆる場所から魔力の反応が感じ取れる。
この場所で何らかの魔術が行使されたか、あるいは強い魔力を持つ何者かが、この場所にいたのだろう。
ローザはさらに奥に向かって歩いていく。
地下墓所は思った以上に広かった。
三分ほど歩いたところで、ようやく最奥にたどり着いた。
そこには半球状の天井に覆われた部屋があった。
室内には、周囲の壁に沿っていくつもの石棺が並べられている。
それらの石棺は台座から蓋に至るまで、継ぎ目が見えないほど精緻に削り出されており、その側面には様々な彫刻が施されていた。
地下墓所に葬られているのは、皆身分の高い者たちなのだろう。
その中でも特に上位の者達が、ここに埋葬されているのではないか。
この部屋からもまた、そこかしこから魔力の反応が出ている。
ここにたどり着くまでの通路も同じだ。
強い魔力を持つ何者かがこの場所に潜み、墓所内をうろついてでもいたのだろうか?
あるいはこの場所で大規模な儀式でも行われていたのか?
今のこの場所では、特に何かが起こっているわけでも無い。
魔力感知の魔術を使っていなかったなら、何の異常も無いように見えただろう。
だが、これほど広範囲にわたって魔力の反応が出ているのだ。
これを見て、異常無しなどとは到底言えない。
やはりこの墓所で何かがあったのだろう。
この場所で消息を断った者がいるという話とも、無関係では無いのではないか。
「クラウスが来るまで、のんびり待つつもりでいたのだけれど……」
どうやら、クラウスが来るまでの暇つぶしなどという、軽い気持ちで対応してよい事件では無さそうだ。
この先どのように動くべきか考えながら、ローザは地上へと戻った。
そうして墓所の入口へと向かっていると、三人の衛兵と行き会った。
「あら?」
「やあ、これは。また会ったな」
その衛兵の一人は先程会ったランベルトだった。
「もしかして、ここの調査に来たの?」
「ああ、そうだ。もしかしてあなたも?」
「ええ。ちょっと気になったから、調べてみようと思って」
「既に何度か調査はしているんだがね。特に何も見つからないままだよ」
「そうなのね。魔力感知の術を使ってみたら、結構反応があったわ。特に地下はほぼ全ての場所から反応があった。何も無いという事は無さそうよ」
「本当か? それは……感謝するよ。我々の中には魔術を使える者はいないのでね。その情報はありがたい」
ランベルトはそう口にしながら、悩まし気な表情を浮かべ周囲を見回した。
「二人が行方不明になったと聞いたのだけど、それ以降は何も起こっていないのよね?」
「ああ。二人目がいなくなってからは、街の住人達には、ここには近付かないように言ってあるんだ。しかし、魔力の反応があったということは、誰かがここで魔術を使ったという事なのか?」
「ええ。何らかの魔術が行使されてるのは間違いないと思うわ。特に地下に強い反応が残っていた。そこで大規模な魔術が行使されたのか、あるいは強い魔力を持った何者かが中で徘徊でもしていたのか……」
そのローザの言葉を聞いたランベルトは頭を左右に振りながら溜息をついた。
「その残っていた魔力というのは、そんなに強かったのかい?」
「ええ、かなり強かったわ」
「強力な魔術師か、魔物か何かが隠れているかもしれないって事かな?」
「そうね。なんにしても、あまり軽く考えないほうがいいように思うわ。衛兵の中に魔術師がいないなら、冒険者にでも依頼して、時間を掛けて魔術的な痕跡も詳しく調べたほうがいいんじゃないかしら」
「そうだな。そうするように上に掛け合ってみるよ」
「調査についても気を付けたほうがいいでしょうね。危険な魔術師が突然現れるかもしれない。何があるかわからないから、見回りなんかも、用心して複数人でやった方がいいわ」
「ああ、もちろんそのつもりだ。色々と情報をありがとう。助かったよ」
「ええ、お役に立てたなら嬉しいわ」
ローザはその場でランベルトたちと別れ、宿へと戻った。
そうして部屋で一人、今日の出来事について考える。
墓地で何かがあった、あるいはそこに何かがいた。
どの程度かはわからないが、相応の魔力を持った存在であることは間違いない。
だが墓地で魔術を行使する理由とはなんだろうか?
何者が、あんな場所で魔術を行使しようと思ったのか?
真っ先に思いつくのは、死霊術師か、魔術を操ることのできる程に高位の亡者だ。
それらが墓地の死体を操り、亡者として使役し、何かをしようとしている。
さすがに安直過ぎる考えかもしれないが、可能性としてはそれが一番高いように思えた。
それ以外であれば、どのような理由が考えられるだろうか?
しばらくして、ローザはそれ以上考えるのをやめた。
まだ情報が十分では無い。
もう少し調査を進め、情報を集めてから考えたほうが良いだろう。
ローザは窓の外に広がる夜空を見上げ、溜息をついた。
「本当に……色々と問題が起き過ぎではないかしら」
誰に言うともなく、一人呟く。
クラウスと出会ってからいくつもの事件に巻き込まれていた。
そのせいで、今もクラウスとは別行動をすることになってしまっている。
だが、事件が起きた時にその場にいられるのは、それほど悪く無いとも思っていた。
何らかの被害が出てから駆けつけて対応するよりは、自身がこの街にいる間に騒ぎが起きてくれたほうが、ありがたくはある。
ボルンの村に死の女神の眷属が現れたとき、死者を一人も出さずに対処できたのは、その場にいたからだった。
それを考えたなら、これもまた幸運と呼べるのかもしれない。
だからと言って、それを喜ぶ気にはなれないが。
何も起きず、皆が平和に過ごせるのが一番良いのだから。
街に着いてまだ間もないというのに、既に不穏な空気が漂っている。
望まぬ事態が起きたとしても対処が可能なように、出来る限りの備えをしておかなければならないだろう。




