ハーフエルフ
おひさしぶりです。
&メリークリスマス
「……さっきのあれは一体」
穏やかな昼下がりには似合わない表情をしながら、アキレスは小屋へと静かに戻っていた。“さっきのあれ”と言うのはニーナがとてつもない勢いで怒られていたことだ。
「でも人間を嫌う種族ならハーフエルフなら、ニーナを嫌うのは普通のことなのか?そもそも本当にニーナはハーフエルフなのか?」
拙い想像力でアキレスは「ハーフエルフ」と結論付けていたが、本当にニーナがハーフエルフである証明がない。
「後でセリアに聞いてみるか」
教えてくれないかもしれない、という想像をしながらもそれが一番の近道だと考えたアキレス。小屋にたどり着き、目を覚ましていたレムリアの姿を見て微笑む。
「おはようございますアキレス様」
「おはようレムリア。怪我の具合はどうだ?」
「大分良くなったと思います。痛みも引いてきましたし」
「そうか……」
余計な心配をかけたくないのか、レムリアは自分の元気をアピールするように拳を胸につける。しかし、アキレスはそれが強がりであることは誰よりも分かっていた。
セリアの回復魔法で応急処置をしたからといって、あれほどの重症が一日で良くなるわけがない。もちろん昨日より良くなっていることは嘘ではないのだろう。それでも、気休め程度にしか良くなっていないはずだ。
「そう言えばアキレス様はどこに行かれていたのですか?」
「ちょっと剣を振りにな。セリアから特別に許可をもらったから」
「こんなところでも剣を振るなんて、アキレス様は日々の鍛錬を怠らないんですね」
「まあな……。それに」
夢の中のことを続けて言おうとしたアキレスだったが、何故かそこで言葉を止める。その意味はアキレス自身でも理解が出来ていないようだった。
頭で理解する前に、体が話すのを拒んだということだ。
「アキレス様?」
言葉を失ったように黙ってしまったアキレスを心配したレムリアが、覗きこむようにして問いかける。
「いや……何でもない。それよりあんまり体を動かさない方がいいだろう」
適当に誤魔化して詮索させないようにする。追及されれば強く否定することができなかったのだろう。なぜなら頭では理解していないのだから。
「分かりました。ありがとうございます」
そしてレムリアもそれ以上何かを聞くようなことはせずに、アキレスの言うことに従った。そしてセリアの帰りを待つことに。
◆◆◆
――待つこと数時間。
空は青空ではなく、夕焼けに染まっている時間となっていた。
食事は予めセリアが用意していたものを二人でとり、適度に会話をしながら時が経つのを待っていた。
「そういえば今日はニーナちゃんの姿を見ていませんね」
「そ、そうだな……」
レムリアから切り出された話に、アキレスは直ぐに言葉を返すことが出来ずこもったような返事になってしまっていた。しかし、そうなるのも無理はなかった。
この小屋に戻ってくる前、アキレスは見てしまったからだ。ニーナが他のエルフに理不尽な理由で叱られていたところを。
「……なあレムリアは“ハーフエルフ”って知ってるか?」
覚悟を決めたように唾を飲み、苦しそうな声色で問いかける。
「ハーフエルフですか?そもそも私は“エルフ”という種族すらも詳しくは知らないので、分からないです」
「それもそうか。俺も本で読んだ程度の知識しかないからな」
「ハーフエルフがどうかしたんですか?」
「いや、何でも無いんだ。忘れてくれ」
深く追求されることを拒んだアキレスが適当に誤魔化す。そして、そんな会話をしている内にセリアが帰宅した。
「すまない遅くなってしまったな。いつもより見張りの仕事が長引いてしまった」
「おかえりセリア。今朝はありがとう、俺の我が儘を聞いてもらって」
「ああ、別に構わない。……それに、お前なら私たちに危害を加えないというのは分かっていたからな」
一目見たときのクールな印象とは裏腹に、心が温かくなるような優しい瞳でセリアは言う。
「セリア様、今日はニーナちゃんは来られないんですか?」
「ニーナか……。悪いが、今日はこっちに来られないんだ。でも明日ならきっとこれる」
言葉に迷うような口調で話したセリア。そして、その言い方で『話しにくいこと』だと悟ったレムリアもそれ以上は何も聞かないようにした。
その後はこれといったことはなく、適度な会話をしながら食事をとって寝る前にセリアがレムリアに治療魔法をかけて一日が終わろうとしていた。
「よし、回復は順調だからあと三日もすれば完治すると思うぞ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「今はとにかくゆっくり休むことだ。この村を出て行ったら旅が続くんだろ?」
誘導するようにセリアはレムリアを寝かしつける。全く気づかないレムリアはそれを単純な優しさと受け取り、何の疑いもせず眠りについた。
そして、レムリアが眠った後でセリアが背中越しでアキレスに問いかける。
「私に何か話しがあるんだろ?ここに戻ってきてから、妙にお前の視線が気になっていた」
「まあ、俺もなんとなく気づかれていたような気はしていたけど」
「話はなんだ?彼女に聞かれるとまずい話なのか?」
椅子に腰掛け、机を挟んで前の椅子に腰掛けているアキレスに視線を向ける。
「聞かれたらまずい……なんてことはないかもしれないけど、あんまり耳に入れて欲しくない話であるのは確かだ」
「それを聞かれたらまずいって言うんだ。それで?一体何の話なんだ?」
セリアの問いかけに一度顔を俯かせ、改めて話を切り出す。
「単刀直入に聞くぞ。ニーナは……“ハーフエルフ”なのか?」
「……」
アキレスの問いかけにセリアは答えようとしない。しかし動揺は隠せないもので、手がわなわなと震え表情も硬くなっていた。一瞬で重さを感じさせる空気。閑散とした小屋の中では睨み合うようにしてセリアとアキレスが机を挟んで腰掛けている。
「……答える前に一つ聞きたい。その質問はどうやって導き出した?」
「さっきあのトンネルを抜けた先でニーナに会った。水くみの仕事とか言ってたけど、そもそもそこで引っかかっていた。家庭環境がそれぞれ違うのは分かっているが、丘の麓で暮らしている子供たちは水くみなんて仕事をしていなかった」
「それで?」
「もう一つ気がついたのが耳の長さだ。昨日、セリアと一緒に居る時はそこまで気にならなかったけどな」
あのときは単純に大人と子供で耳の長さに違いがあるものだと、アキレスはそう結論づけてしまっていたからだ。
「極めつけはその後に別のエルフから必要以上の叱責を受けていたことだ」
――“お前はこの村には不用な存在”という言葉は想像よりも破壊力のあるもので、幼い子供が耐えられるほど優しいものではない。それを痛いほど理解しているアキレスだった。
だからこそ干渉しようとしているのだ。
「普通のエルフの半分程度の耳の長さ、さらに人間が嫌いなエルフから忌み嫌われる。その情報から導き出した答えが“ハーフエルフ”ってわけだ」
「……」
アキレスが一通り説明したところで、再びセリアが無言になる。一度台所にいき、コップ一杯の水を喉に通してため息をついた。
「もう……50年ほど前になる」
「えっ?」
「ニーナ……あの子が生まれるきっかけから、もう50年経つんだ」
遠い目をしながら、どこか儚げにセリアは語る。
「お前の言ったとおりニーナはハーフエルフだ。それも、私の姉と人間との間に出来た子供でな」
「そうか……やっぱりハーフエルフだったんだな」
「ああ。正直この短期間で気づかれるとは思わなかったが、その洞察力なら遅かれ早かれ気づかれていたかもしれないな」
まるで吹っ切れたかのような表情をしたまま、同じようにアキレスの前に座って話しを続ける。
「……この際だ。全てを話しておこう。あの事件のことを」
――そして語られる。
ニーナという“ハーフエルフ”が誕生したその謎を。
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