抱く疑問
「ふう……。ちょっと休憩するか」
素振りを始めること数時間。太陽が一番高く昇るのと同時に、アキレスは腰を落とす。
数時間にも渡る素振りを繰り返していたというのに、アキレスは息一つ切らしていない。体力、そして筋持久力は人並みを優に超えていた。
「レムリアのために剣を振るうか」
地面に腰かけるアキレスが、小屋でセリアに言った自分の言葉を思い出すように呟く。
「自分じゃなくて誰かのために剣を振る。けど、それで父さんと母さんは殺された」
まるで呪いような言葉を言い出したアキレス。しかし、だからと言って自分のために剣を振ることはできなかった。
それでは強くなれないと、頑張ることができないと分かっていたからだ。
人は自分のためではなく誰かのために頑張れる生き物なのだと、アキレスは考えている。だからアキレスはレムリアを守るために剣を振るう。
「それにしても本当にでっかい木だよな」
近づくのはセリアに怒られるため、アキレスはその場で巨木を見上げるだけだった。
どこか惹き付けられるような魅力を感じされる巨木。それはアキレスでも例外ではなく、セリアの忠告が無ければ巨木に触れていたことだろう。
「……セリア。後ろに居るんだろ?俺はそろそろ戻るからな」
「よく気がついたな。これでも隠密には自信があったんだが」
確かにアキレスの後ろにはセリアが立っていた。だが、それがいつからのことかは分からない。
いつの間にかという言葉を使うのが正しいのか、とにかく気づいた時には後ろに立っていた。
「いつからそこに居たかは分からないけど、俺があの巨木のことを呟いた瞬間、殺気を感じたからな。1秒にも満たない時間だったけど、そのお陰だ」
「殺気が漏れてしまったか。私もまだまだだな」
「そこまであの巨木に執着する理由は何なんだ?特別な理由があるんだろ?」
セリアに問いかける。そんな疑問を抱くのは当然と言って良いだろう。
「……」
しかし、セリアはその問いかけに答えてくれることはなかった。どこか寂しそうな表情を浮かべながら、ただなにも答えなかった。
爽やかな風が吹いていたはずのこの場所も、いつしか張り付くような空気になり、アキレスはただ軽はずみ質問した自分を恨んでいた。人の地雷はどこにあるか分からない。そう、気づかされたのだった。
「悪い……そんな風に困らせるつもりはなかったんだ。言いたくないことの一つや二つ、誰にだってあって当然だ。俺は先に小屋に戻ってる」
沈黙に耐えきれなくなったアキレスは、逃げるようにしてその場を離れる。そして、一人だけになったセリアは何かを思い出すように巨木を見つめる。
「もう50年も前か……」
そしてセリアは意味深にそう呟いた。
「……」
一人で小屋に戻るアキレス。昼間でも薄暗く少し肌寒いツルのトンネルの中も一人で進んでいた。極限まで気配も音も消し、誰にも気づかれないように進む。
そしてトンネルを抜けると、エルフの村全体を見渡せるほどの高さの丘に出る。小さくて、家の数も少ない村。でもメルド王国より笑顔が眩しかった。
「こんな風に皆が笑える国のために、父さんと母さんは必死になって戦ってたっけ……。日々、誰かを……メルド王国の民を守るために戦うって」
遠くから羨ましそうに村を見渡す。隣の芝生は青いという言葉があるが、アキレスは何かを羨む癖があった。
「あれ?お兄さん、こんなところで何してるの?」
「!!?」
突然後ろから声をかけられ、急いで後ろを振り向くアキレス。そこには不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げるニーナの姿があった。
「な、なんだ……ニーナか。驚かすなよ」
その姿を見たアキレスは心底安心するように息をこぼす。声のトーンから子供であることは予測していたが、それがニーナということまでは分からなかった。
もし全く知らないエルフの子供に見つかった場合、騒ぎになる可能性があるとアキレスは考えていた。
「ニーナこそこんなところで何してるんだ?」
「私はお仕事だよ!泉に行ってお水を運んでくるの」
子供らしい無邪気な笑顔で答えるニーナ。確かに、その返答通りのバケツがニーナの右手に握られている。だが、こんな幼い子供に持たせるには少し大きすぎるのではないかと思わせるところもあった。
「エルフじゃ普通なのか?……あれ、それより他の子供はニーナみたいに仕事してないんじゃないのか?」
疑問を抱いたアキレスは再び村を見下ろし、鋭い目付きで村の子供を探す。
そしてアキレスの予想通り、仕事をしているような子供は一人も居なかった。子供同士、追いかけあっている。
「ま、まあ……家庭の事情とか色々あるか」
しかし、ニーナはセリアのことを「姉」と呼んでいた。仮にセリアがニーナの家族なら、こんな風に大きなバケツで水汲みなど頼まないだろう。
「ん、まてよ……っ!!?。ニーナ!!」
「ん?どうしたの?」
改めて村で遊んでいる子供を見ていたアキレスが何かに気がつき、急いでニーナの方を振り向く。
「に、ニーナ。お前は……」
アキレスが初めてここで見たときは気がつかなかった。元々、本で呼んだ程度の知識しかないアキレスに、エルフの耳の長さなど気にも留めないだろう。
だが、こうして改めて見比べると明らかに違っている。
「お前、その耳の長さは……」
エルフは人間に比べて耳の大きい種族である。それは大人でも子供でも関係なく、産まれた時から決まっている。
犬の嗅覚が優れているように、猫の爪が鋭いように。
ーーだが目の前にいるニーナの耳は、大きくなかった。正確に言えば、普通のエルフよりも大きくなかった。
人間よりも大きく、エルフよりも小さいその狭間に位置するサイズだった。
そして、そこから割り出される答えはただ一つ。
「お前“ハーフエルフ”だったのか?」
「はーふ、エルフ?」
アキレスの言葉にいまいち理解ができていない様子のニーナ。
「お兄さん、はーふエルフってなに?」
「えっと、ハーフエルフって言うのはな……」
ニーナが問いかけようとしたその時、癇癪ある声が穏やかな丘に響く。
「ニーナ!そんなところで何をサボっている!」
「マズイ!ちょっと俺は隠れる。ニーナは俺のことは黙っていてくれ」
アキレスもその声に気がつき、急いで近くの茂みに身を潜めた。そして後からやってきたエルフが、ものすごい形相でニーナに詰め寄っていた。
「なぜサボっていた」
「え、ええっと……その……」
幼い子供に容赦のない冷静な問いかけに、ニーナはいつもの無邪気さを忘れたように動揺していた。
「はっきり答えろ!!」
「ひっ……す、すみません」
ーー否。動揺などではなかった。ニーナがこのエルフに対して抱いている感情、それは『恐怖』だった。
恐怖の感情が心を押し潰し、子供らしい無邪気な素顔を書き消してしまったのだ。
(これはどういうことだ?何でそこまでニーナを叱りつける?)
茂みの隙間から二人のやり取りを見ていたアキレスも、疑問を抱かずにはいられなかった。
「お前はこの村には不必要なんだ。仕事もできないなら、どこへでも行け!」
「きゃあ!」
声を荒げながらニーナの頬を叩く。その衝撃でニーナは吹き飛び、地面に倒れた。
一瞬で赤くなった頬を押さえながら泣きじゃくるニーナ。
「泣いている暇があったらさっさと仕事を再開しろ」
「は、はい……」
ようやくすっきりしたのか、エルフはどこかへ姿を消した。そしてニーナはふらつく足取りで丘を下って村へと向かう。
もはや、アキレスに見せてくれた笑顔すらも今のニーナには微塵も感じられない。
「い、今……一体なにがおきた?」
誰よりも近くで見ていたアキレスは、目の前で起こった状況を理解できなかった。ただ……理不尽な理由でニーナが傷つけられたことだけは分かっていた。
「どうなってるんだこの村は」
滞在してまだ1日だが、この村が抱える闇を見た気がしたアキレスだった。




