森の民
ーー植物のツルが作る幻想的なトンネルを、前を歩くエルフの背中を見ながら進むアレンとレムリア。
時々立ち止まって壁に触れてみると、植物のツル特有の弾力を感じさせながら鉄以上の強度を感じさせる。
「……これは何の植物だ?」
不思議そうに、それでいてとても興味深そうにツルのトンネルを抜けていき、やがて出口に出た。
ーー太陽の優しい日差しが当たる小さな集落、少し高い位置から見下ろしており、その集落の様子を伺えた。
数人で遊ぶ子供たち、魔法を使って畑に水をやるエルフもいる。ここには人間と遜色ない暮らし方をしているエルフの集落があった。
「早くしろ。本来なら、お前たちのような人間を集落に入れるのは厳禁なんだ。だから暫く私の家に隠れていろ」
「お、おう……。色々してくれてありがとう、いや、ありがとうございます」
ぎこちない口調で頭を下げながら、案内された小さい小屋の中に入る。部屋の中は、最小限な家具だけが置かれた一室のみでベッドはもちろん1つしかない。
「このベッドを使ってもいいのか?」
「いいから早く寝かせろ。その子の容態はお前が想像している以上に危険だ。もたもたしてたら、死なせてしまうぞ」
エルフの言葉を聞いて慌てるアレン。しかし、それでも優しい手つきでレムリアのことをベッドに寝かせる。
生傷がなければ、ただ心地良さそうに寝息をたてているだけに見えるが、エルフの話だと見た目以上に危険な状態にあるらしい。
「少し下がっていろ」
「お、おう……」
心配そうに、それでいて悔しそうに後ろに下がったアレンはレムリアの傷口に手を翳すエルフのことを見ていた。小さな声で何かを唱える素振りをとると、エルフの手から淡い水色のような光を放つ。
その光を傷口に照らすと、みるみる内に傷口がふさがっていく。その行動を繰り返すこと一時間。茶色と赤が混じりあったような傷口はいつもの綺麗な白い肌になり、レムリアがたてる寝息もいくらか苦しさが無くなっていた。
「終わったぞ。傷口は全部塞いだが、私がやったことはあくまでも傷口を塞いだだけだ。折れた骨や臓器を治せるほど魔法は万能じゃない。安静にする期間があることは変わらない」
「それでも、治療をしてくれたのは感謝してる。本当にありがとう」
素直に頭を下げるアレン。その言葉に嘘が宿っていないことは、他でもないエルフが一番理解できたことだった。
「……お前は変わっているな」
「えっーー」
想像もしていなかった言葉が返ってきたことに、若干の戸惑いをみせるもエルフのその微笑む表情を見て言葉を失う。
言葉とは裏腹に、心の底から溢れるような優しい表情。その表情の意味は、アレンには理解することはできないでいた。
「まだ自己紹介をしていなかったな。私の名前はセレナだ」
「俺の名前はーー」
ーー“アレン・オスディル”と続けようとしたところで、自分が置かれている状況を思い出す。
ここがどの国に位置して、どのようなところなのかはまだ知らない。それでもアレンはメルド地方全土で指名手配という扱いを受けている。
それも、ほとぼりが冷めたところで再び姿を現せては、余計に注目を浴びる。そもそも10年前に起こった事件がメルド以外の国にも伝わっているのかすら、アレンには知る術がなかった。
「……アキレス。俺はアキレスだ」
ーーそんなアレンがとった行動は、偽名を使うことだった。
レムリアの恩人に嘘をつくのは罪悪感を覚えるが、それでもアレンは自ら首を絞めることを恐怖した。
その結果、たどり着いた答えは偽名を使うことだったのだ。
「アキレスか。歓迎する……と言いたいところだが、私以外のエルフはそう思わないだろう。だからお前たちはあまり外に出ない方がいい」
「ああ……」
セレナが差し出す右手に、自分の右手を重ねるアキレス。心が痛むほどの罪悪感を覚えているため、セレナの言葉の半分はアキレスに届いていなかった。
「一先ず私は見張りに戻る。お前は少しでもその子の傍にいてやれ」
最後にそう言い、セレナは部屋から出ていった。“見張り”というのは、さっきの巨大な木のことだろう。
あれがエルフにとってどんな存在であり、どれだけ大切なものなのかはもちろんアキレスには分からない。しかし、自分が想像しているもの以上であることは確信していた。
「……レムリアが起きたら色々説明してやらねえとな」
ここまで来るまでずっと眠り続けていたレムリアは、ここがエルフの集落であることは知らない。アレンが偽名を使い、アキレスを名乗っていることも知らない。
だからアキレスにとって、セレナが部屋を出てくれたのは好都合でもあった。
「それにしてもエルフか。小さい頃に本で一回見たことがある気がするけど、種族の数は少ないんだよな」
幼い頃の記憶を掘り起こし、ぶつぶつと独り言を呟く。
「何だったっけ?確か……何百年か前にーー」
頭の片隅に置いてある記憶に手をかけようとしたその時、閉じられた部屋のドアが勢いよく開かれる。
「ーーお兄さんだれ?」
「こ、子供……?」
そうして入ってきたのは小さなエルフの子供だった。人間で例えると、4才か5才くらいの女の子。
黄緑色の髪と瞳、そしてエルフ特有の長い耳……はそれほど長くはなく、人間に比べたら長いがエルフとして考えると短かった。
「セレナお姉ちゃんは?」
「セレナだったら見張りに戻ったよ。お兄さんたちはお姉ちゃんのお客さんだから」
「お客さん?あ、じゃあおもてなししないと!ちょっと待ってて!」
何かを思い付いたように外へ飛び出し、元気よく叫びながらどこかへ行ってしまう。ドアも開けっ放しで、一言で表すと騒がしかったが、アキレスはとても優しそうに微笑んでいた。
「そう言えば、あの子裸足だったな」
どこか不思議に思うような表情を浮かべる。少し遠くからではあるが、他のエルフの子供を見たアキレス。その時は足元まで見えなかったが、好奇心が旺盛の子供は靴を履いても直ぐに汚す。
そういうことを鑑みて裸足なのかもしれないと、アキレスは大して気にしないようにした。
「う、ううん……」
「ーーレムリア!気がついたのか?」
少女が部屋を出ていって数分後、寝ぼけたような声を出しながらレムリアが目を覚ます。
自分がどこにいるのか、どうしてここにいるのかというのに戸惑いをみせるがアレンーーいや、アキレスの顔を見た途端に落ち着きを取り戻す。
「色々と説明する前に言わなきゃいけないことがある」
「あ、アレン様……」
「本当にすまない!俺は、レムリアの容態にたいして何も知らなかった。いや、見えてる傷だけを知って、知ったふりをしていた」
セレナがレムリアの傷を癒すとき、アキレスの知らない傷を多く見せつけられた。生きていたことすら奇跡といえるほどの傷の多さに心を打ち砕かれ、自分の想像がどれほど小さいものかを思い知らされたのだった。
「1つだけお願いを聞いてくれますか?」
「えっ?お、おう!なんでも聞く!」
「それなら……」
一度言葉を切って、それから再び言葉を続ける。
「私の頭を撫でてほしいです」
心底恥ずかしいそうに、それでいて震えた声でレムリアは言った。
「……」
想像もしていなかった願い事を言われたアキレスは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしながら棒立ちしていた。
そして、体に電気が走ったように動き出し、顔を真っ赤にしながら頭を撫でられるのを待っているレムリアに寄り添う。
そのまま、まるで赤子に触れるような優しい手つきでレムリアの頭をゆっくりと撫でる。透き通るような水色の髪の毛を優しく、とても優しい手つきで撫でていた。
「……」
「……」
その間、二人は会話はしなかった。アキレスが特別な言葉をかけることもなく、レムリアがお礼を言うこともなかった。
言葉以上の感情が、二人のことを包み込んでいたのだった。
◆◆◆
ーーあれからずっと、数十分は同じ状態だった二人。
普通なら少し気まずくなりそうだが、そんなことはなくむしろどこかすっきりしたような表情をしている。
「それでアレン様、一体なにがあったんですか?」
「そうだ。まずはレムリアに今の状況を説明しないとな」
レムリアの問いかけに、本来話すべきことを思い出したアキレスは、レムリアが眠っている間に起きたこと全てを話した。
ここがエルフたちが暮らす集落であること、今はアキレスという名前を名乗っていること、セレナというエルフが治療をしてくれたこと。
ここに至るまでの経緯、その全てをレムリアに打ち明けた。
「エルフ……本当に実在していたんですね」
「俺も会ったときは驚いた。小さい時、本で読んだことがあるくらいだからな」
ーー“森の民”と言われるエルフは、特に争い事を嫌うという。
だから多種族と関わらないというが、それでもセレナという一人のエルフはアキレスたちのことを助けた。
「きちんとお礼をしないといけませんね」
レムリアがそう呟いた時、誰もいなかったドアの方に気配を感じた二人。
「ーー目が覚めたんだな」
アキレスとレムリアが向ける視線の先には、見張りの仕事から帰ってきたセレナが安心しているような表情を浮かべながら立っていた。
「あ、あなたがセレナ様ですか?助けてくれて本当にありがとうございます」
「お礼ならこっちのアキレスにも言うんだな。まだ二人のことを詳しく聞いてないが、この男が君のことを大切にしていることだけは分かった」
最後の一言だけ、アキレスには聞こえないようレムリアの耳元で囁いたセレナ。その言葉を聞いたレムリアは一瞬で顔を真っ赤にして、隠すように布団をかぶった。
「ど、どうしたレムリア?」
「そっとしておいてやれ。デリカシーのない男は嫌われるぞ」
アキレスからしてみれば何の前触れもないまま、勢いよく布団をかぷったレムリアが映っただけだった。
しかし、アキレスは知らない原因を知っているセレナは、レムリアに近づこうとするアキレスのことを引っ張って遠ざけようとする。
「あ、そう言えばセレナ。さっき子供がここを訪ねてきたけど、知り合いか?」
「……なんだと?」
アキレスが聞いたのは、ここを訪れて直ぐに出ていってしまった少女のことだった。
何の変哲もない普通の質問をしたつもりだったが、その一言でセレナの表情は変わってしまった。
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