あの人の元に
「ーーはあぁぁぁ!!」
力強く床を踏み込み、今まで一番の威力を誇る一撃をエレンに放つ。
しかし、そんな一撃をアレンはあくびをするようにして受け止めていた。力が拮抗しているわけでもなく、全ての衝撃を完全に受け止めてしまう。
「だから、そんなことをしても無駄だって言っているだろうが!!」
腕により一層の力を込めて、乱暴に剣を弾くと再び懐から数十本のナイフを取り出す。
「そらっ!!」
それらのナイフを投げると、一つ一つが別々の意思を持っているように軌跡を描いてレムリアに襲いかかる。
「……」
それでも、そうだとしてもレムリアは一歩たりとも動こうとはしなかった。レムリアは、さっきエレンに言われた言葉を覚えていたのだ。
ーーこの攻撃はフェイク。きっと、私を翻弄するために放っているだけ。
そう考えたレムリアは襲い掛かるナイフを気に留めることなく、不気味な笑みを浮かべるエレンのことを見ていた。そしてナイフは、その予想通りレムリアに触れることなく床や壁に突き刺さる。
数本だけ肌を撫でるようにして掠ったが、レムリアのことを攻撃するために投擲されたものではないというのは明らかだった。
「よく避けなかったな」
「ついさっき体験したことですからね。何度も同じ攻撃が通用するとは思わないでください」
もう惑わされない、と言い切るような物言いで話すレムリア。すると、エレンは後ろで手を組みながらゆっくりとレムリアに近づく。
「……同じことね。確かに、さっきのナイフ投擲は二回目だからそう認識しても仕方がないだろう」
カツっ、カツっと、足音と少し低いトーンで話すエレンの声だけが響く。
「けど、本当に全てが同じだと思ったか?」
「どういう意味ですか?」
「さあ?」
含んだ物言いに、エレンへの警戒度をさらに強める。そして、不意に視線を天井に向けるエレンにつられて同じようにレムリアも上を向く。
「えっ?」
見上げたレムリアが見たのは、天井に吊らされていた巨大なシャンデリアが自分自身に振り落ちているところだった。
影はどんどん大きくなり、やがてレムリアを中心とした数メートルの範囲をシャンデリアの影が伸びる。
「別に俺が直接攻撃するとは言ってないからな。お前の敗因は、この部屋、この王宮にある物全てが凶器になることを知らなかったことだ」
そう。シャンデリアは落ちたのは偶然ではなかった。あの時、エレンが投げたナイフ多くはレムリアをギリギリで逸れるようにして投げられたが、ほんの数本はシャンデリアの鎖部分を斬るために投げられていたのだ。
――ガッシャ―ン!と強烈な音を響かせながら、シャンデリアのガラスが割れて飛び散る。その隙間から、逃げることができなかったレムリアの手が見える。
重さ80キロはくだらない鉄の塊が落ちてきたのだから、即死だとしても不思議ではない。
「もしかして死んだ?ねえ死んだ?ねえねえねえ?」
シャンデリアの下敷きになって指一本動かさないレムリアの姿を見て、一気に口調を変えたエレンがスキップをしながら近づく。
煽るように言葉を並べるが、レムリアは指一つ動かさない、動かせないでいた。
「……本当に死んでるなら煽っても面白くないな」
不貞腐れながら言い、溜息を吐きながらシャンデリアを持ち上げて乱暴にレムリアのことを引きずり出す。
頭を鷲掴みながらレムリアを持ち上げるが、それでも指一つ動くことはなかった。
「あーあ。死んじゃったよ。もう少し耐えてくれるかと思ったんだけどな~」
買ってもらった玩具を誤って壊してしまったような物言いで話し、そのまま床に捨てようとした瞬間、今まで指一つ動かせなかったレムリアが自分の頭を鷲掴むエレンの腕を力強く掴む。
「……させない。絶対にあの人を一人にさせない」
殆ど虫の息だったはずのレムリアが、最後の力を振り絞るように抵抗をみせる。
「ハハハ!!やっぱりお前は最高だ」
エレンは心底嬉しそうに高笑いをする。それは決して穏やかなものではなかった。エレンがここまで喜んでいるのは、まだレムリアのことを叩き潰すことができるからである。
「それにしても随分と剣聖の好いているみたいだな。そこまで寄り添う必要がお前にあるのか?」
「あっ……!!がっ……!!」
段々とレムリアのことを鷲掴む腕に力を入れ、頭蓋骨を粉砕しようとする。ミシミシと鈍い音が直接頭に響き、尋常ではない痛みで質問に答える暇がなかった。
「おっと、これは失礼。嬉してつい力が入ってしまった」
「うっ。はあ……はあ……」
ハッと気が付いたエレンが手を放すと、重力に従ってレムリアが床に落ちる。そして、無理矢理顔を上げさせて先ほどの質問に答えさせる。
「それで?どうしてお前はそこまでして剣聖に寄り添おうとする?」
「ど、どうしてそんなことあなたが聞くんですか?」
「単純に疑問なんだよ。さっきは“独りにさせない”なんて言ってたが、どうしてあいつを独りにさせたくないんだ?」
「それは……」
エレンの問いかけに、思わず言葉を失うレムリア。数十秒間の沈黙が包み込む中、突然二人に戦慄が走る。それは数十分前にアレンが向かって行った先から感じる、何とも言えない不気味な雰囲気であった。
「何……何ですかこの感じ。すごく、気味が悪い」
「全く、さっそく使ったのか。あんまり数は無いから止めてほしんだけどな」
「使う?」
何かを知っている言い方に思わず視線を向けるレムリアであったが、目が合った瞬間にエレンは視線をわざとそらした。
「アレン様!!」
“直観の恐怖”と言うべきなのか、そんな感情がレムリアの心を染めてアレンの元に向かおうとする。
「ちょっと待て。俺のことを忘れていないか」
しかし、ここで簡単に通してくれるエレンではなかった。
「さっきの質問には答えていないだろう?さっさと答えてもらおうか」
腕を強く引っ張り、部屋から出ていこうとするレムリアを止める。
「……アレン様は独りぼっちだったんです」
そして、背中を向けながらゆっくりと小さな声で語りだす。
「無実の罪を着せられ、多くの人から疎まれ、恨まれる……。それがどんなに怖くて、寂しいことかあなたに分かりますか?」
「……」
レムリアの話を、エレンはあえて何も言わずに聞いていた。
「私はまだ一回しか経験していません。でも、それでもとても怖かったです。誰も味方がいない世界で生きることなんて、そんなことを出来る人なんていません」
話しているうちに体が熱くなっていったのか、どんどん言葉も力強くなっていく。
「人の心はとても弱くて、誰かが一緒に居ないと生きていけないんです。だから私はアレン様の傍にいるんんです!!」
そう強く言い切り、強引にエレンの腕を振り払うと部屋から出て行って一心不乱にアレンの元へと駆けていく。
「……なるほどね。だから“独りにさせない”って言っていたのか」
部屋に取り残されたエレンは、レムリアのことを追いかけようとはせずに不気味に笑いながら部屋を後にする。
「ふふふ。アハハハハ!!これは中々すごいことになりそうだ!!」
そうして、レムリアが向かった方向とは逆に進んで姿を消した。
「――追いかけてこない?」
全力で廊下を走るレムリアは、追いかけてくる姿も気配すらもないことに疑問を覚えていた。しかし、段々とアレンの元に近づくにつれて、そんな心配も心の奥底に消えて行ってしまう。
そして――
「――アレン様!!!」
もう二度と独りにさせないために、レムリアはアレンの元に寄り添う。




