あの日、あの時、あの場所で
――10年前。
まだ5歳だったアレンは、父と母と同じように馬車に揺られていた。
メルド国王――ツラナークの命令は、“村に現れた竜を倒せ”というものだった。
「ねえ母さん、その村まではあとどのくらいなの?」
退屈を見せるアレンがあどけない顔をしながら母――イルシア・オスディルの腕を掴む。声をかけられたイルシアは、アレンの小さな頭を撫でながら優しく微笑む。
「もうちょっとだから我慢してね」
太陽の光によって透き通る銀色の髪を風になびかせながら、カナリアのような声でアレンのことをたしなめる。しかし、まだ子供であるアレンは何時間も馬車でおとなしく待つということはできず、ぶつぶつと文句を良いながら馬を操る父――ウェルオン・オスディルの元へ走る。
「父さん!!」
「うおお!?」
ウェルオンの背中に飛びついた瞬間に、馬に繋がる手綱に力が入ってしまい馬が少しだけ暴れる。それによって馬車が大きく揺れ動くが、遊び盛りのアレンにとっては楽しいアトラクションのように感じていた。
「おいアレン!運転中は邪魔をするんじゃないと言っているだろ!」
馬車を横転させないように何とか手綱を取り戻した後、背中に飛びついてきたアレンのことを叱る。しかし、そんな言葉を素直に受け取るアレンではなかった。その後も馬車の荷台と運転席をチョロチョロと動き回り、大きな事故はなくとも、極々小さな事故を起こしては進行を遅らせていった。
「アレン、いい加減にしなさい」
しびれを切らしたウェルオンが少し強い口調でアレンのことを叱る。すると、さすがのアレンも反省したようにおとなしく馬車の隅に座る。
落ち込むような表情をするアレンを見ていたイルシアは、ソッと近づいて自分の膝の上にのせて優しく頭を撫でる。
この光景だけを見たら、銀色の髪と水色の瞳が特徴であるだけの優しい母親だが、一度剣を持てば縦横無尽に戦場を駆け巡る。
銀色の髪は返り血で赤く染まり、宝石のように輝く水色の瞳には確かな覚悟と殺気がこもり、閃光のような速さで敵を葬る。
「それにしてもウェルオン。今回の任務、少しおかしいと思わない?」
突然イルシアが馬を操るウェルオンに話を切り出す。少々の緊張感が馬車を包み込み、アレンもそれを感じ取ったようにイルシアの膝の上で静かに座っている。
「……どこがおかしいんだ?」
「村にでた竜って話だけど、そんな簡単に竜が現れるかしら?今までだって、竜と戦ったのは一度だけよ」
生きている数が少ない竜は、そもそも人の前に姿を現すことさえ極希のことである。戦ったのが一度だけと言ったイルシアの話も真実であり、竜が村を滅ぼすことも前例があったことはなかった。
「たまたま降り立った場所に村があったってところだろうな。それでも、メルド地方で竜が確認されたのは俺が知る限りでも初めてだ」
ウェルオンもイルシアと同じように、この任務に対して若干の違和感を覚えたような声色で話す。
「「――!!?」」
その刹那、イルシアとウェルオンの二人に戦慄が走る。目的の村まではまだ20キロほど離れているが、それでも二人は村を滅びしている竜の殺気を感じ取っていた。
「アレン、伏せるんだ!!」
ウェルオンが強く叫ぶが、咄嗟のことに状況が理解できていないアレン。その瞬間、馬車が大きく揺れながら進行方向を変える。
そして、今までアレン達が通っていた道には赤いレーザー光線が全てを灰燼に帰すようにして放たれた。その衝撃波で馬車は横転してしまい、アレンの体は一瞬宙へと浮かぶ。
「ウェルオン急いで!」
「おう!!」
馬車を起こし、手綱を強く引いて馬を刺激すると、馬車は一気加速を始めて目的地まで急ぐ。ウェルオンとイルシアの二人には先ほどのような余裕の表情は全く無く、焦りと憤りといった感情が顔から漏れていた。
――それから数十分とたった頃、ようやく三人は目的の村にたどり着くことが出来たのだった。
「……っ!!」
「遅かったか……!!」
急いで馬車を降りて村に駆け寄るが、竜の姿はどこにもなく、あるのは村があったと思わせる残骸と村人の死体だけだった。
大人も、男も、女も、子供も関係なく燃え尽き、性別が判断できない状態なものも転がっていた。まだ幼い子供を守るようにして抱える姿もあれば、必死で逃げるような姿もあった。二人は、まだ生き残りがいるかもしれないと残骸の中心の方へと向かう。
「……ん?おい、何だよこれ」
「どうしたの?」
大きな残骸の後ろに隠れていたものを目の当たりにしたウェルオンは、両方の手を強く握りしめながら言葉を震わせる。それに対して小首を傾げながら覗くイルシアだが、ウェルオンと同じ光景を見た瞬間、絶句する。
「――!!」
思わず言葉を失ったイルシア。
二人が見た光景は、竜から逃げ切ったと思われる村人たちが複数の槍で串刺しにされている光景だった。
竜の息吹で灰燼に帰す、ということよりも残酷で、むごい光景だった。焦げ臭い空気の中で、より一層の存在感を示す血のにおい。
これは、この悲惨な光景は、絶対に竜がやったことではないことだけが理解できた。
「これは、メルド王国の槍だ」
ウェルオンが恐る恐る近づくと、罪のない村人の体を貫いている槍にメルド王国を象徴する刻印が刻まれているのを見つける。
「そんな……じゃあこの人たちを殺したのはメルド王国っていうこと?」
「分からない。だが、ひとまず王国に戻って報告をしないと――」
ウェルオンがそう言いながらイルシアの方に視線を向けた瞬間、その背中の影から赤い血が付着した槍が姿を現す。
「――イルシア!!」
「えっ?」
咄嗟に駆け寄ったウェルオンがイルシアのことを突き飛ばし、剣を抜いて槍を受け止める。
「おっと、まさか気づかれるとは思いませんでしたよ。さすがは剣聖とでも言っておきましょうか?」
「お前は、エレン!!なぜここにいる、なぜイルシアのことを殺そうとした!!」
二人の前に姿を現したのは、当時はまだ一般兵だったエレンだった。そして、そんなエレンに向かって強烈な敵意と殺気を示すウェルオン。
「嫌だな。そんなに怖い目で見ないで下さいよ」
「質問に答えろ!」
「村を滅ぼし、村人を殺したあなたたちに答える義務はありません」
不適に笑いながらエレンは言った。そして、その言葉に合わせるように続々とメルド王国の兵士たちが姿を現してウェルオンとイルシアの二人を槍を構えながら囲み出す。
「どういうことだ?」
エレンの言葉に理解が追いつかないウェルオンは、兵士に囲まれたことを気にもとめず質問を繰り返していた。
「言葉通りです。この村を滅ぼしたのは剣聖の二人。あの串刺しもあなた方がやったことになっています」
「ふざけるな!!」
叫ぶように言いながら槍をエレンの手から離させると、胸ぐらを掴んで言葉の撤回を求める。
「そんなことをしても無駄ですよ?仮に私たちを殺したところで、あなたたちがこの村を滅ぼしたということは王国中に広まってますから」
「国王が裏切ったということか!!」
「裏切ったかどうかは知りませんが、国王の中ではあなたたちは不用になった訳ですよ」
「そんな……!!」
二人がこの任務を任された意味を知ったその瞬間、馬車で留守番をしている予定だったアレンが退屈に耐えきれずに外に出てきてしまっていた。
「父さん、母さん何してるの?」
「アレン、ここに来るんじゃ無い!!」
「えっ?」
アレンに叫んだのと、エレンが握り直した槍がウェルオンの体を貫いたのは殆ど同じだった。飛沫した血がアレンの顔を赤く染めたとき、始めて異常な光景であることにアレンは気がついた。
その後もウェルオンは抵抗することなく、兵士たちから槍を突き刺される。胸を、腹を、足を、首を、頭を。
立つことが出来なくなったとしても、原型を止められないほど槍を突き刺さられていた。
「と、父さん・・・・・・?」
震えた声で呼びかけるが、ウェルオンがそれに答えてくれることはなかった。そして、もはやウェルオンの面影すら感じなくなるほどボロボロに、そしてグチャグチャに殺した後、その矛先は震えて一歩も動けないアレンに向けられた。
「すみませんねえアレン様。まだ生まれて5年しか経っていないと思いますが、次は剣聖の家計に生まれてこないことを祈っておいて下さい」
不気味な笑顔を浮かべながらゆっくりとアレンに近づくエレン。握っている槍には先ほど殺したウェルオンの血が付着していて、それを吹きかけるように槍を振るう。
「うちの子に触らないで!!」
「おっと」
その瞬間、血相を変えたイルシアがアレンのことを強く抱きしめる。
「イルシアさん、先ほども申しわげましたが、あなたたちは不用になったんですよ」
「……アレン。逃げなさい」
「母さんは?」
震えた声で問いかけるアレンに対して、静かに首を振るイルシア。その顔にはどこか寂しさが滲み出ている。
「私は一緒に逃げられないわ。でも、アレンは・・・・・・あなただけは逃げてほしい」
「どうして?どうしてなの?どうして父さんは殺されて、どうして母さんと逃げられないの?」
「きっと、いつか、あなたにも分かるときが来るわ・・・・・・」
最後の最後で優しく微笑んだイルシアはアレンの頭を撫でると、その体を無慈悲に槍を貫く。
「――母さん!!」
父、そして母の血が顔を染める。いつでも綺麗で、透き通っていた母の銀髪もどす黒い血で汚れてしまう。
強く叫ぶが、母も父と同様に何度も、何度もその体に槍を突き刺していた。アレンは体を震わせたまま、ただ母が殺される光景を見ていることしかできなかった。
――これが10年前に起こった、剣聖が起こした悲劇である。




