聞きたいことはたった一つ
――メルド王国・王宮内。
兵士・騎士専用の部屋から出たアレンは、玉座の間を目指して廊下を駆け巡っていた。途中で遭遇する兵士や騎士はアレンの剣気に当てられ、槍を向けることすらも出来きずに、気絶してしまったかのように呆然と立ち尽くすだけであった。
しかし、そんな剣気をもろともせずアレンに立ちふさがろうとする存在が一人だけいた。
「そこで止まっていただきます」
丁寧な口調とともに、玉座の間に続く曲がり角から顔を出した年期を感じさせるオーラを放つ男の騎士。
髪はすっかり白に染まり、顔にもしわが目立つが、鎧によって隠れているその鍛え抜かれた体はまだ劣っては居ない。
影が見えたところで腰に下げている剣に手を伸ばしていたアレンだったが、出てきた騎士の顔を見た瞬間、その手を止めて目を大きく開きながら声を出す。
「ゼ、ゼーロスさん……
?」
震えた声でつぶやいた騎士の名前。そしてゼーロスと言われた男――メルド王国の騎士団長は、どこか嬉しそうな表情を見せ、直ぐにまた表情を変える。
「お久しぶりでございますアレン坊ちゃん。私のことを覚えていて下さっていることに、心より御礼を申し上げます」
深々と頭を下げながら重ねる言葉には、歓喜、優しさ、愛情と言った感情が込められていて敵意や殺気を全く感じさせなかった。
「……本来なら10年前、まだ王宮にいた時の話でもしたいのですが。坊ちゃんは玉座の間に向かわれるのですね?」
「……」
全てを見透かしているような物言いに、アレンは沈黙をもってその答えを返す。
「ゼーロスさんには悪いけど、俺にはやるべきことがあるんだ」
「そうですか。しかし、私にも私のやるべきことがあるのです……!!」
我が子を見つめるように温かく、優しい瞳は一瞬にして鋭い眼光へと変わり、敵意を露にした。
アレンは生唾を飲み込みながらゆっくりと剣を抜き、丁寧に構える。しかし、アレンが放つ剣気をもろともしないゼーロスはただ、黙って剣を引き抜いた。
「……」
「……」
これ以上ないほどの緊張感が二人を包み込み、互いに間合いをはかる。お互いがお互いの強さを知らないからこそ、警戒を怠らず無闇に突っ込んだりはしなかった。
―――そして、沈黙と緊張感の中動いたのはアレンの方だった。
剣を高い位置で構え、特殊な移動方で一気に距離を詰める。力強く踏み込み、全力で剣を振り落とす。
「はあぁぁぁぁ!!」
耳をつんざく金属音と衝撃波が生じ、交じりあった瞬間には火花が散った。その光景からもアレンが放った威力が伺えるようだが、ゼーロスはため息をつくようにしてその一撃を受け止める。
「……」
二つの剣が暴れるように震えだした時、ゼーロスが少しだけ力を加えるとアレンは体勢を崩されながら後ろへと押される。
「10年前に比べ、随分とご成長しましたね。しかし――」
一度言葉を切り、今度はゼーロスが剣を全力で振りかぶった。
「それで私に勝つのは不可能です」
振り落とされた思い一撃を何とか受けとめてみせたアレンだったが、その顔には苦しさや辛さが滲み出ている。
剣聖としてまだまだ不完全であるアレンは、目の前にいるゼーロスという高い壁を越えることができないでいた。
それでも、何度でも何度でも立ち向かっていくアレン。壁に吹っ飛ばされても、床に強く打ち付けられても、勝てないことが分かってたとしても、アレンは立ち上がり続けた。
「ま……まだだ」
「坊っちゃん、これ以上は」
形振り構わずゼーロスに向かっていくが、それを圧倒的な実力を見せつけられるように返されてしまう。
降参するように促すゼーロスの言葉も届かず、理性を失った獣のように立ち向かっていく。
「うおぉぉぉぉ!!」
「お願いです……坊っちゃん。もう止めてください」
声を剣に乗せながら一撃一撃を放ち、それを心底寂しそうな表情をしながら受けとめる。そのアレンを見つめる瞳の奥にある感情が届くことはなく、ゼーロスは殺さず、倒されずを保ったまま戦っている。
「これ以上続けたら―――」
―――私が坊っちゃんを殺さないといけません。
ゼーロスがそう言おうとした瞬間、ずっと閉ざされていた玉座の間に続く扉が勢いよく開かれる。
「いつまでやっているのだ?ゼーロスよ」
数人の騎士に囲まれながらゆっくりと二人に近づくのは、アレンの父と母を殺した張本人―――ツラナークだった。
不気味に嗤いながら近づくツラナークは二人の戦いを見ていたように話すと、殺さず倒されずといった戦い方をしていたゼーロスに視線を送る。
「メルド王国騎士団長であるお前が、私の命令よりも自分の感情を優先するというのか?」
「……っ!!」
全てを見透かしているように物言いに、ゼーロスは背中が凍り付くような感覚に襲われる。
一部からは狂乱の王と呼ばれているツラナークの命令に背いた者。その者が受けてきた報いを知っているからこそ、ゼーロスは尋常ではないほどの恐怖を覚えた。
それでも、例えそうだとしても、自分の手でアレンのことを殺すことができなかったのだ。
「さて……久しいな剣聖の子供よ。アレンと呼んだ方がいいか?」
「てめえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
改めてツラナークが声をかけた瞬間、アレンは大声で叫びながら剣を振りかざす。怒り、憎しみ、恨みといったどす黒い感情が込められた剣は、その無防備な首筋を斬りつける―――
「……」
と思われていたが、ツラナークが右手で指をならした瞬間、周りにいる騎士の一人が壁になるようにして前に出た。
「なっ――」
もう、この一撃を反らすことはできない。ツラナークに向けて振るったはずの剣であったが、その一撃はただ無言で立ち尽くす騎士に放たれたのだった。
重たい鎧を着こなし、日々の訓練によって鍛えぬかれた強靭な肉体。それでも、そうだったとしても、アレンが振るった剣は容易く騎士の首を飛ばした。
居場所をなくした頭が血を垂れ流しながら宙を舞い、やがて赤い絨毯が敷かれた床に転がる。
「いきなり斬りかかってくることはないだろ。お陰で私の楯が一つ無くなってしまったではないか」
床に転がる頭を見ながら、目の前の首なしの騎士が倒れるのを薄く嗤うように見ながらツラナークは言った。
「楯だと……!」
「何しに来たのかは知らんが、ここは遊びで来ていい場所ではないんだよ」
ツラナークの言葉に、アレンは剣先を床に突き刺してから口を開く。
「俺がここに来た理由は、たった一つのことを聞くことだ」
一度言葉を切り、量の手を強く握りながら睨み付けるようにしてツラナークを見る。
「―――何故、父さんと母さんを殺した?」
少しばかり声のトーンを落とし、小さな声で発せられた言葉。だが、自然とこの廊下中に響き渡る。
―――10年前起きたとされる、剣聖の悲劇の全貌が明かされようとしていた。




