水浴びは命がけ
デボラ山を越えたアレンとレムリア。二人はメルド王国を目指し、今度は渓谷を越えることとなる。
いつも通りの日々、いつも通り太陽が登って空は青く澄みわたっている。
―――そう願っていたが、現実は全くの逆で大雨が降り注いでいる。
天が地上に怒りをぶつけるように雨が降り注ぎ、いつもなら緩やかであるはずの川の流れも、まるで一種の化け物ように荒れている。
「……これは凄いな」
思わず息を飲み込みながら段々と後ろに下がるアレンが見つめる景色は、土や小枝が混じって茶色に染まる荒れる川で、進もうとする足を止めていた。
100人の兵士や強い魔物よりもずっと脅威である「自然」。
それが今になって牙を向き、アレンとレムリアのことを追い込もうとしていた。
「凄まじいですね……。どうしますか?流れが引くまでどこかで待ってますか?」
豪雨と合わせて川の氾濫。そんな中進むのは自分から死にに行くようなものである。それを分かっていたレムリアは、極限まで遠慮をするような物言いで口を開くと、唸りながら悩む素振りをを見せる。
「うーん……。この雨と氾濫を待ってたらいつになるか分からないからな。出来れば先に進みたいけど、このまま進むのはさすがに………」
頭を悩ませるが、そうしてる間にも雨が二人の体を打ち付け、段々とその体温を奪っていた。
デボラ山を越えたばかりで疲れが残る身体に打ち付ける豪雨。それは誰が見ても明らかなほど、身体に優しくなかった。
二人の体温は低下していき、それを何とかしようと体力を使って身体を暖めようとする。
「とりあえず雨が降ってる間は動かない方が良さそうだな。少し岩場の方へ行ってみよう」
「そうですね……。このままでは風邪を引いてしまいますし」
心底安心するように息を吐き出すと、下流の方にある岩場に向かったアレンの背中を追いかける。想像よりもデボラ山を越えた疲れが残っているらしく、レムリアの身体は悲鳴をあげていた。
このまま先に進んでいたら、この大自然の餌食となっていたことだろう。
――岩場の方に進んだ後、運良く見つけられることが出来た洞窟で雨を凌ぐことにした。
しかし、洞窟には焚き火に使えるような枝も落ちていなければ、リュックに積めておいた薪も雨に濡れて使い物にならなかった。
直接雨が当たるよりは幾らかましになった程度で、雨を吸い込んで重くなった服がまたも体温を奪っていた。
「火も起こせないか……何とか暖をとらないと危険だってのに」
「わ、私は大丈夫ですので……御気遣いなく」
誤魔化すように笑顔を見せるレムリアであったが、よく見ると少しだけ体を震わせていて顔がいつもより青くなっている。
半年間の一人旅の中でも、ここまで体を追い込んだことはないのだろう。レムリアはアレンが想像しているよりも遥かに辛そうで、何とかしようと頭を回転させる。
「……待てよ」
何かが閃いたかのように目を輝かせたアレンが、徐にリュックの荷物を取り出す。
そして、最近倒した魔物の肉を巨大な葉で包んだものを取り出す。
その後、自分手作りの火起こし機を取り出して火起こしを始める。
「アレン様?」
「薪がなくても火が燃え続ける方法がある……爺さんから教わったことだけど、油が火を起こすには最適らしい。
でも油は高価でそう簡単に手に入るものじゃない。そんな時は魔物の肉に含まれる脂で代用できるらしい」
数年前の記憶を思い出し、その言葉通り、起こした火を肉に当てると洞窟の天井に当たるほど炎が舞い上がる。
どうやら残しておいた部分が丁度脂の多いところだったらしく、調節しようと燃え上がる肉を切り離す。
「ふう。このくらいで丁度良いか?」
いつも囲む焚き火程度の火の強さになり、冷えた体を暖めるようにして近づく。外と違い、密閉空間である洞窟は暖かさが全体を包み込んでいた。
「暖かいですね……」
ようやく本当の笑顔を見せたレムリアに、アレンが一緒に焼いていた肉を差し出す。それを嬉しそうに受け取ると、美味しそうに肉を頬張った。
こうして何とか暖をとることが出来た二人は、燃え上がる火に目を落としながら雨の音を耳に響かせていた。
「ここまで強く雨が降ることもあるんですね……」
「山の天気は特に変わりやすい傾向にある。むしろ、今まで晴れ続けていたことが運良すぎたんだ」
「この渓谷を越えたらいよいよメルド王国ですね」
「ああ……」
煮えきらないような物言いで答えを返すアレンの声はどこか弱々しく、まるで何かに怯えているようだった。
「時々不安になるんだよ。王国に着いて、王宮に乗り込んだとしても10年前の悲劇が起きた原因が掴めるかどうか。
子供の時、何回か面会したことがあるけど………お世辞にも良い奴とは言えないような国王だぞ」
「この国の………国王」
その言葉を聞いたレムリアが体を震わせる。
500年の歴史を持つメルド王国であるが、それを建国したのが初代国王―――シェイクルッツ・メルド。
現在、ツラナーク・メルドが10年目国王を勤めている。
10年前の悲劇起こした張本人であり、二人の剣聖に罪を被せた人物である。
その狙いは一体なんだったのであろうか。
◆◆◆
―――メルド王国。
王宮にある、兵士と騎士だけが入ることが出来る部屋にて。
「リーセントに剣聖が現れただと!?」
「……」
大声で机を叩きながら立ち上がる男はメルド王国の兵士長―――エレンだった。その隣に座っている騎士団長――ゼーロス・ネクロンは眉一つ動かさない。
剣聖のことを伝えた兵士が慌てるような口調で、さらに言葉を続ける。
「じ、事実であります!リーセントで協力をあおいだ冒険者が言っておりました」
「くそっ……!まだ生きていたのか!」
「……」
悔しそうに何度も何度も机を叩くエレンを横目に、ゼーロスは席をたって部屋を出ようとする。
「どこに行くゼーロス」
「見回りですよ」
そう言って部屋を出ていったゼーロスだが、うっすらと聞こえる雨の音にかき消されてしまいそうなほど小さな声で呟く。
「アレン坊っちゃん。あなたはこれ以上、無実を被ってはいけません」




