山での稽古
朝日が昇る数時間前。そろそろ月が消えそうな時間に、レムリアは目を覚ました。
その後、熊型の魔物を撃退した二人は道が険しくなる前のところで一夜を過ごすことにした。数時間にわたる山登り、体力に自信のあるアレンもまだ眠っているような時間だが、短剣を片手に場所を変える。
「今の私じゃ……アレン様の力になんてなれない」
ここ数日で強く実感したことだった。確かに今のレムリアは一般人よりもいくらか強い程度であり、メルド王国の最下級の兵士と張り合う程度の力しか持っていなかった。
アレンのためなら何でも差し出せるとしても、それに価値がなければ全く意味をなさない。そんな考えがレムリアの頭に浮かんでいたのだ。
そこでレムリアがとった行動は一つ。
――自分を鍛え直すことだった。
歩いている途中で手ごろな木の棒を拾い、過去に教えられたことを思い出しながらそれを振る。
ぶんっ、ぶんっと風を切りながら素振りを繰り返す。山は山頂に近づくにつれて気温が低くなり、空気が薄くなっていく。そんな状況下での素振りは地上で行うよりも体に大きな負担をかけ、より一層厳しいものとなる。
「はあ……はあ……」
腕が重くなり、息が切れかかってきても素振りをする手を止めたりはしなかった。誰に頼まれたのでもなく、命令されたのでもない。
ただ、自分自身で課させたのだった。アレンの力になるという一つの想いを原動力にし、ここまで自分を追い込んでいた。
素振りであっても、100回、1000回と回数を重ねると獲物も寿命がやってくる。レムリアが手にしていた木の棒も、ついにその時を迎える。
――パキッと乾いた音が響くと、握っていた部分から先が折れて音もなく地面に落ちる。
それを待っていたかのように太陽が顔を出し、優しい日差しがレムリアのことを優しく包み込む。日の光を浴びたレムリアは折れた木の棒を適当に投げ捨て、元いた場所へと戻っていった。
「うう……朝か。おはようレムリア」
「おはようございますアレン様」
戻って小休憩をしていると、目を覚ましたアレンが欠伸をしながら起き上がる。さっきまで素振りをしていたということを言うことはなく、いつも通りの朝を装っていた。
手には痛々しい豆が目立ち、心臓も鼓動もいつもより早くてもそれを伝えることはしなかった。
山を進んでいる期間、この生活がレムリアの習慣となった。
昼間はアレンと共に山を登り、夜が明けるまでの時間まで幾度となく素振りを繰り返して夜が明けたら山を登る。
剣を極める者なら登竜門のようなものであるが、それでも気温が低く空気が薄い中での素振りは身体により大きな負担をかけ、それを繰り返していくことでレムリアの肉体は確実に鍛えられていた。
――山に入って数日経過したあるとき、レムリアはその日もいつも通り素振りをしようと拠点から離れる。
途中で木の棒を拾い、ぶんっ、ぶんっと風を切りながら素振りを数回繰り返していると、後ろから急に声をかけられる。
「こんな時間に何してるんだ?」
それはついさっきおやすみの挨拶をしたはずであるアレンの声だった。
素振りをする手を一度止め、声が聞こえた方に視線を送ると、腕を組ながら木に寄りかかるアレンの姿があった。
「ここ最近、妙に手の豆が増えてると思ってたけど……こういうことだったのか」
「ご心配をおかけしてすみません……。けれど、もっと強くならないと……このままアレン様の足引っ張るのは嫌なんです」
胸に手を当て、真っ直ぐアレンの目を見ながら強くそう言いきる。その瞳の奥にある、炎のように熱い覚悟を見たアレンが黙って剣を抜いて構える。
「それじゃあ、俺が相手になる。いつでもかかってこい」
「良いのですか?」
アレンの提案に若干の戸惑いを見せるが、それよりも喜びの感情が強かったレムリアが握っていた木の棒を捨てて短剣を抜くと
「ご指導よろしくお願いします!」
汗を流しながら笑顔で力強く地面を踏み込み、確かな加速を得ながら向かっていく。
―――強力な横凪ぎの一閃。大きな金属音が空気を揺らし、衝撃でアレンを少し後ろに下がらせる。
一撃だけで、レムリアの攻撃は終わらない。両手剣に比べてリーチが短く、軽い作りとなっている短剣は、その手数の多さで勝負をする。
レムリアもまた、流れるような動作で次々と攻撃を仕掛けていく。
「……」
一撃一撃と重ねる度に剣速は増していくが、アレンはそれを悉く受け流していた。様々な方向、そして角度から襲いかかる剣を全てを正しく受け流すのは至難の技だが、それを難なくこなすアレン。
「はあぁぁぁぁ!!」
少しでも食い下がろうとして、一段と強力な攻撃を繰り出そうとしたその時、
アレンが力強く地面を踏み込む。
「きゃあ!」
その刹那、穴を開けるだけでは余りある衝撃波がレムリアを襲いかかり転がるように吹き飛ばした。
「剣速や威力は申し分ない……けど、一撃一撃が雑になりすぎているな」
手を差し伸べながら言うと、レムリアは恥ずかしそうにその手をつかむ。
「あ、ありがとうございます」
「戻ってちょっと休憩するか。確か近くに水場もあったから、そこで洗った方が良い」
「えっ?」
アレンの言葉に改めて自分の姿を見ると、服や髪に土がこびりついて汚れている。その原因の一つはアレンが地面に吹っ飛ばしたからであるが、
「……そのようですね」
薄い微笑みを見せてから早足で水場へと向かった。




