1章(3) それどころじゃない
1月17日、早朝。
ニクス、フィノーラ、美恵莉の3人はいつものように公園に集まっていた。
そろそろ帰ろうという頃になって、美恵莉がニクスに尋ねる。
「兄さんは見つかった?」
「まだだが、目途は立った。今日中には会えそうだぜ」
その会話を聞いて、フィノーラは不思議そうな顔をした。だが、ニクスはフィノーラの疑問に答えない。答えようが無い。
昨日、ニクスはゲーセンに行った。そして、鋭斗が電車でどこかに行ったと分かった。どこに行ったかの詳しい情報は、情報屋から今日貰えるはずだ。
美恵莉は心配そうな顔で言う。
「もし、本当にもしもなんだけど、兄さんが裏切ってたとしても、絶対に連れ戻してね」
「ああ、もちろん」
「それでね、……っ……」
突然、美恵莉が言葉に詰まった。苦し気な表情で。
「……? ミエリ、どうした」
ニクスが尋ねるも、美恵莉は答えずそのまま倒れ込む。
「おい、ミエリ⁉」
狼狽しながら美恵莉を支え、ニクスは「落ち着け」と自分に言い聞かせた。
美恵莉の顔からは血の気が引いていて、気を失っている。
「フィノーラ、何か聞いてねぇか? 持病とか」
「何も」
「そうか……とりあえずミエリを部屋に運ぶから、東の寮についてきてくれ。俺1人だと、道行く人に変な誤解をされそうだからな」
「……了解」
そうしてニクスとフィノーラは、美恵莉の部屋に入った。鍵は開きっぱなしだった。
ニクスは美恵莉をベッドに横たえ、フィノーラと一緒に部屋を出る。
フィノーラは不安そうに呟いた。
「何かの病気?」
「分からねぇ。……占ってもらうか」
「?」
「ミエリの友達に占い師がいるんだ。何か見えるかもしれねぇ」
そんな話をしながら、2人は西の寮に帰った。
「皆おおげさだよー」
ベッドに寝ころんだまま、美恵莉は笑って言った。部屋には、ニクス、メルシャ、エフェルリシアが集まっている。フィノーラには後でニクスが結果を伝えることになっていた。
あっけらかんとしている美恵莉とは対照的に、メルシャは心配で仕方ない様子だ。
「おおげさなら良いんだけれど……持病とかは無いの?」
「無いよ」
「じゃあ、何か今までに体調がおかしかったこととか……」
「何も無いってば。ね、ニクスさん、私が嘘言ってないって分かるよね?」
「ああ、そうだな」
苦笑しながら答えたニクスを、メルシャは睨む。
「ニクスお兄ちゃんは心配じゃないの?」
「心配だからエフェルリシアを呼んだんだろ。何でそう喧嘩腰なんだ」
「ニクスお兄ちゃんが冷静すぎるんだよ」
そんな会話を遮るように、エフェルリシアは
「とりあえず、占うから! そういう話は結果が出た後にして」
と言って、美恵莉をじっと見た。
占い終えると、気まずそうな顔で口を開く。
「ミエリには聞かせられない……」
「えぇ? 何それ、聞かせてよ」
不満げに言う美恵莉を無視し、エフェルリシアはニクスとメルシャに部屋から出るよう促した。
3人はそのまま防音の個室へ向かう。
「原因は分からなかったわ」
防音の個室に入るなり、エフェルリシアは話し始めた。
「ただ……だんだん弱っていって30日後に死ぬって未来が見えたの」
「そんな……」
メルシャは泣きそうな顔で呟いた。
回復魔法は占いの前に試してある。それでも効果が無かったということは、この未来は変えようが無い。メルシャにはそう思えた。
しかし、ニクスは首を振る。
「まだ、手はある」
「嘘。B国も島国も、他国民に受けさせる医療は無いって宣言しているし……仮にB国民になるとしても、手続きが間に合わないよ」
メルシャは俯いて言ったが、ニクスの考えは全く違った。
「そういうのじゃねぇよ。D国に、体のどんな不調も治す秘薬があるらしいんだ。それを探しに行く」
「そんなの…………あるの?」
「ああ、何しろD国は神秘の国だ。それに……秘薬のことが書かれてた本を見た時、実在するって直感したんだ」
「そっか……ニクスお兄ちゃんがそう思ったなら、きっとあるよね」
会話がひと段落したところで、エフェルリシアが尋ねる。
「そういえば、エイトさんは?」
美恵莉のことで集まっているのに、兄である鋭斗がこの場にいないのは不自然だと思ったのだ。
「どっか行ってる。状況が状況だ、すぐに連れ戻してくるぜ。……メルシャは、ミエリが安静にしてるよう見張っててくれ」
ニクスは苦笑して言い、立ち上がった。
午前10時を少し回った頃、ニクスは大都市に着いた。買った情報を頼りに歩き、鋭斗が泊まっているらしいホテルの近くへ来る。
(この辺りのはずだ)
車の行き交う大通りを見渡すと、遠くのコンビニのそばに鋭斗の姿が見えた。紙コップで何か……おそらくコーヒーを飲みながら、ぼんやりと立っている。
気付かれないよう慎重に距離を詰め、声の届く位置まで来た。
「エイト」
呼びかけると、鋭斗はビクリと振り返り、慌てて走り出した。紙コップは既に空だったらしく、握りつぶして逃げていく。
(あの表情……やっぱり、脅されて……)
追いかけながら考えていると、鋭斗が車道に飛び出した。
「っ⁉ おい⁉」
クラクションと急ブレーキの音、そして衝突音が響く。鋭斗は軽々跳んで車を躱し、車道を渡ってしまった。
「危ないだろうが!」
「おい、急停止するな! ガードレールにぶつかっただろ! 弁償しろ!」
「車間開けてないのが悪いんだろ⁉ 弁償してほしいなら、あの飛び出てきた奴に言え!」
「カマ掘りやがって! むち打ちになったらどうしてくれる!」
急停止した車の運転手たちが窓やドアを開けて怒鳴っている。ニクスはこれ幸いに、止まっている車の間を走り抜けた。
鋭斗は路地で立ち止まり、空を見上げて何かを言っている。耳を澄ますと、聞こえてきた。
「……結果的に悪いことしたぞ! これで延ばしてくれるか⁉」
(誰に言ってるんだ? 教主か?)
ビルの陰に隠れながら様子をうかがう。鋭斗は何かを聞いているようだ。
気配を消して鋭斗に近付いた。ぽんと肩に手を置いて、
「エイト」
再び呼びかける。
「……!」
鋭斗はまた走り出そうとした。それを制するように、言葉を投げる。
「ミエリが倒れた」
「……⁉ どういうことだ⁉」
驚き方が尋常ではない。怪訝に思っていると、鋭斗は妙なことを口にした。
「さっき、3年に延ばすって言ってたのに! 何で倒れるんだ!」
「待て、何の話だ」
「教主が、美恵莉に呪いをかけたって! ニクスを裏切れば解呪してくれるって……あ」
思わず口を滑らせたらしい。鋭斗は「しまった」という表情で固まっている。
ニクスは苦笑した。
「ミエリには呪いなんてかかってねぇ。俺が保証する」
「……じゃあ、教主の言ってたことは」
「嘘だな」
「嘘……」
鋭斗はその場にへたり込んだ。その流れで土下座のような体勢をとり、口を開く。
「何か、本当ごめん」
「あんな手紙、信じる訳ねぇだろ? 信じたフリは上手くいったようだけどな」
「そっか、そういう……流石だなぁ……」
「それよりエイト、立て。一旦首都に戻って、すぐ出発だぜ」
「……? どこに?」
どうやら鋭斗は、「ミエリが倒れた」という言葉を、引き止めて事情を話させるための嘘だと解釈したようだ。
ニクスは溜息を吐き、口を開く。
「落ち着いて聞けよ。このままだとミエリの寿命はあと30日だ。それを何とかするために、秘薬を求めてD国に行く」
鋭斗は唖然とした。
何が何だかさっぱり分からない。いや、分かるのだが、分からない。口をパクパクさせていると、ニクスは肩をすくめた。
「俺にも分からねぇよ。病気なのか何なのか……」
レスカーダ化の影響という可能性には、敢えて言及を避けている。
「けどな、本当に秘薬が存在するなら、それで治せる。だから、探しに行こうぜ」
その言葉を聞いて、鋭斗はゆっくり頷き、立ち上がった。
「……事故った人、大丈夫かな」
「大丈夫そうだったけど、念のため回復魔法かけといたぜ」
「そっか、ありがとう。…………教主が俺に、ニクスに知られないようにするよう言ってたのは、呪いが嘘ってバレないようにするためだったのか……まんまと引っかかった……」
「仕方ねぇって」
ニクスは鋭斗の背中を軽く叩き、歩き出した。




