1章(2) 茶番2
大都市のホテルの一室で、鋭斗は溜息を吐いた。
(あー……)
完全な決別の言葉をしたためた手紙を思い返し、憂鬱な気分になる。
暗号文にして助けを求めようかとも思ったが、言語が違うのでうまくいかない可能性を考え、やめたのだった。
(美恵莉じゃ解読できないだろうし。出来ても声に出したら教主にまでバレるし)
問題は、ニクスがあの手紙を信じてくれるかどうかだ。ニクスのことだから、手紙ですら嘘を見破るかもしれない。
そんな風に悩んでいたところに、
「なかなか良い反応だったので、2年に延ばしてあげまショウ」
という教主の声が響いた。
室内に教主の姿は無い。声だけ届けているようだ。
良い反応だったということは、手紙を信じてくれたのだろう。ほっとしたような嫌なような複雑な気持ちになった。
「……どうすれば解呪してもらえるんだ……」
不満をたっぷり込めて言うと、教主は嗤う。
「殺人にでも手を染めてみれば良いんじゃないですカネ?」
その他人事のような言葉を最後に、教主の声は聞こえなくなった。
(早くなんとかしないと。宿泊代が足りなくなる)
首都には戻れない。絶対に、ニクスに会う訳にはいかないのだ。
だが、いくら考えても、次の一手が思い浮かばなかった。
翌日も、朝から何十分も考え続けた。だが、何一つとして妙案が浮かばない。
(うー……)
もう何も考えたくない。とりあえず散歩でもして気分を変えようと思い、鋭斗はホテルから出た。
ちらちらと雪が舞っている。太陽を照り返すアスファルトはしっとり濡れており、それなりに長い間降っているのだろうと察せられた。
(首都では雪降ったの見たことなかったな)
そんなことを思いながら適当に歩き、たどり着いたのは。
(漫画喫茶?)
看板に、そう書かれている。
鋭斗は不思議に思った。書店で漫画を見た覚えは無い。
興味が湧いて、中に入った。
漫画喫茶に置かれていた漫画は、ほとんどが島国で出版されたものだった。
漫画と言っても、日本のものとは違う。いくつか読んだ鋭斗の感想は、「高校の英語の教科書に載ってた海外の漫画っぽい」というものだった。
結局、鋭斗は1日を漫画喫茶で潰した。
日が暮れてからホテルに戻り、ベッドにダイブ。
「あー、駄目だ! マジで無理!」
毛布に顔をうずめて叫んだ。
「そんなに嫌でスカ?」
教主の声が耳に届く。また声だけ飛ばしてきているのだ。鋭斗は苛立った。
「嫌に決まってるだろ! そもそも、何でこんなこと!」
「遊びだと言ったでショウ」
「……裏切れって言ったのは、教主の過去と関係が?」
「まあ、そうでスネ。トゥルタテイスが裏切ったせいで、ワタシは恋人を亡くしまシタ」
「でもそれって、ニクスには関係無いし、俺にはもっと関係無いし、美恵莉は全く関係無いよな。美恵莉を巻き込まないでほしいんだけど」
「冷たい人ですネエ。同情してくれてもいいところでショウ?」
「……冷たい、か。親によく言われた。薄情だ、とかも。けど、敵に対してはそれで良いんじゃないか? 何で敵から、冷たいって言われないといけないんだ」
足をパタパタ動かしながら、不満を口にする。それからふと、聞きそびれていたことを思い出した。
「そういえば、盆地洞窟から……何で俺の部屋に転移したんだ?」
「邪魔だったからでスガ?」
「いや、別に俺の部屋じゃなくても良かったはずだろ?」
例えば、鉱山跡のある山のふもとなんかに転移されていれば、詰んでいた。魔物に喰われて終わりだった。そういう状況こそ、教主の望みであるはずなのに。
そんな鋭斗の考えに反し、教主は
「実の所……ちょっとした礼でスヨ」
と苦笑混じりに話す。
「フォスティーエルのことは気に入らなかったのデス。だからまあ、盆地洞窟での一戦は痛快でシタ」
「……何で気に入らなかったんだ?」
「ネザリスはワタシの故郷でもあるのデス。それを滅ぼした国の王子ともなれば、いくら教団員といえども……ネ」
「何か意外」
「ワタシも意外でしたよ、憎きトゥルタテイスの孫が勝って喜ぶなんテネ。……そういう訳で、ワタシは親切にもアナタたちを寮へ送り届けてあげたのでスヨ。アナタの部屋にしたのは、トゥルタテイスの孫の部屋に入るのは何となく嫌だったからデス」
「なるほど……」
と納得した鋭斗だが、こんなことを聞いても現状は何も変わらない。
(こんな生活、メンタルがもたない……)
そう思いながらベッドを転がる。
教主の声は、もうしない。
(……どうしろと)
猶予が2年に延びたとはいえ、ずっとこの都市にいる訳にはいかない。仕事のことも考えて、3週間が限度だろう。
打開策を考えようとしても、全く頭が働かなかった。
(……何か俺、ニクスがどうにかしてくれるんじゃないかって期待してるな? だから、こう、美恵莉の命がかかってるのに呑気にしてるんだ)
そうやって自分を分析してみたところで、やはり現状は変わらないのだった。




