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1章(1) 茶番1

 それは、あまりに唐突な出来事だった。

 寮の部屋でソファーに座りくつろいでいた鋭斗の前に、教主が現れたのである。

「…………なんだ夢か」

「違いまスヨ?」

「いや、これは夢だ。悪夢だ」

「現実でスッテ」

 呆れた顔で言う教主。鋭斗は嫌そうに溜息を吐いた。

 今日は1月15日。時計を見ると、午前10時を少し過ぎたくらいだ。

 夢でここまでハッキリと日時を認識できたことは無い。つまり、本当に現実なのだ。そう理解した鋭斗は、心底嫌そうな声を漏らす。

「うっわぁ……」

 それに対し、教主は笑みを浮かべた。

「そんなに嫌がってくれると来た甲斐がありマス」

「……何しに来たんだ」

「アナタの妹に、呪いをかけまシタ。数日後に死ぬ呪いデス」

「⁉ ……は? え?」

 鋭斗は混乱しきってしまった。それを面白そうに眺めながら、教主は言葉を続ける。

「ワタシの言う通りにしてくれたら、期間を延ばしてあげまスヨ。上手くやってくれれば、解除するのもやぶさかではありまセン」

「……! 何を、すれば良いんだ⁉」

「トゥルタテイスの孫を裏切りなサイ」

「……ニクスを? それってどういう……」

「方法は問いまセン。ただ、精神的に追い詰めれば追い詰めるほど、アナタの妹の寿命は延びると思ってくだサイ」

「……でも、そんなこと……できるわけが……」

 鋭斗の声は震えていた。

 何をすれば良いのか、全く分からない。分かったとしても、したくない。したくなくても、しなければ美恵莉は……。そんな思考が頭を駆け抜け、それ以上は考えられなかった。

 教主は譲歩するかのように話す。

「代案を出してあげまショウ。トゥルタテイスの孫を殺しなサイ。そうすれば、呪いは解除してあげマス」

「なっ……」

 どこが代案だ。余計に無理じゃないか。そう言おうとした鋭斗だが、教主に遮られる。

「まあ、どっちでも良いでスヨ。遠隔視で見ていますから、頑張ってくださイネ。今のところ3日しか猶予が無いので、早めの行動をおすすめしマス」

 その言葉を残して、教主は部屋から消えた。


(勝手なことを……!)

 とりあえず、電子辞書で「裏切り」と検索してみた。


 〈裏切り:裏切ること〉


(いやそうじゃなくて! ああもう、何すれば良いんだ!)

 ソファーからずり落ちながら、鋭斗は天井を仰ぎ見た。

(ニクスに暴言でも吐けばいいのか? いや……)

 面と向かって何かを言っても、本気じゃないとバレる。

(何か悪いことするとか……? でもな……)

 ニクスの目の前で悪事を働いても、何かがあったと勘付かれそうだ。教主の言うように「精神的に追い詰める」ことは出来ないだろう。

(何この無理ゲー)

 いっそのこと、ニクスにこのことを話してしまおうか。


「言い忘れてましたケド」

「うわあ!」


 突然の教主の再登場に、鋭斗は思わず声を上げた。

「びっくりした……びっくりしたあ……」

「はいはい、アナタの驚きは充分伝わっていマス。で、言い忘れてたことでスガ。トゥルタテイスの孫にワタシとの会話内容を伝えれば、アナタの妹は即殺しますカラ。バレてもアウトなので、気を付けてくださイネ?」

 それだけ言って、また教主は部屋から消えた。

(あああああ……)

 こうなったら、とにかく考えるしかない。

(やっぱり、犯罪に手を染めれば裏切ったことになりそうなんだけど……嫌だ……犯罪者になりたくない……)

 だが、そうも言っていられない状況だ。

(あ、そうだ。教団側に寝返ったフリしよう)

 メモとペンを用意し、ニクスに宛てて手紙を書き始める。

(読めないだろうけど……多分、俺が書いたって察してくれるはず)

 そうして書き終えた鋭斗は、旅の支度をし、部屋を出た。ニクスの留守を確認してメモをポストに入れ、そのまま寮を出て行く。

 外に出てから一度だけ寮を振り返り、駅へ向かった。行方をくらませるために。


 鋭斗は気付けなかった。教主の言っていることがおかしいと。前に「自分で手を下さない」と言っていたのと矛盾していると。

 美恵莉をダシにされたせいで、正常な判断が出来なくなっていたのだ。

 そう、本当は、教主は美恵莉に呪いなどかけていない。鋭斗を脅して反応を楽しんでいるだけである。実験の息抜きに遊んでいるのだ。

 こうして、教主に仕組まれた茶番が始まった。




 その日の昼、討伐から寮の部屋に帰ってきたニクスは、ポストに入ったメモに気付いた。

(……読めねぇ。エイトからか?)

 どうやら鋭斗は留守らしい。メモに何が書いてあるのか、美恵莉に聞きに行くことにした。



 図書館で合流したニクスと美恵莉は、東の寮の喫茶店の防音の個室に入った。ニクスは早速、美恵莉にメモを見せる。

「何て書いてあるか読めるか?」

「え、うん。兄さんの字? えっと……教主と2人で話す機会があった。じっくり話し合った結果、教主の意志に心打たれたから教団に入ることにした。次会う時は敵同士だな……え、何これ。何かの遊び?」

 美恵莉は怪訝そうな顔だ。書かれている内容もよく分からないが、兄がニクスと敵対しようとするなど到底信じられないのである。

 ニクスはメモを返してもらい、魔法で細かく刻んだ。誰かに見られないようにするためだ。

「……本当に、そう書いてあったんだな?」

 念を押して確認するニクスに、美恵莉は困惑しながら頷いた。

「遊び、なんだよね?」

「いや……こんな遊びはやってねぇよ」

「けど、兄さんがニクスさんと敵対するなんて有り得ないよ」

「……」


 ニクスは黙り込んだ。

(唐突すぎるし、違和感が大きすぎる……)

 教主に脅されているのかもしれない。その結果、そういう手紙を書く羽目になったのなら……。

(教団に入るだけなら俺に手紙を書く必要なんて無ぇ……多分、教主が求めてるのは俺の反応だ。どんな脅し方されてるか分からねぇし、念のため手紙を信じたフリをしておくか)

 大きく溜息を吐き、辛そうな表情をしてみせる。

「……本気だとすると、結構、ショックだな」

「待って待って、兄さんは多分……操られてるとか、正気を失ってるとか、何かそんな感じだよ、絶対そう」

「会って話せば分かるから、それまで保留だ。この分だと、既に寮にはいないだろうが……」

「捜しに行くの?」

「ああ。どこに隠れてようと捜し出す」

 そう言って、ニクスは立ち上がった。情報収集に向かうために。





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