1章(4) 余裕が必要
首都に戻った鋭斗とニクスは、旅の用意を整え、寮の廊下を歩いていた。
ニクスがD国へ行く方法を話そうとした時、フィノーラが通りかかって怪訝そうな目を向けてきた。
何か聞かれるまでもなく、ニクスは答える。
「ちょっと2人でD国に行って秘薬を探してくる」
占いの結果は大都市へ行く前に話してあった。だが、秘薬のことは言っていなかった。
フィノーラは即座に言葉を返す。
「私も行く」
「……そうだな。来てくれると助かる」
少し考えてから発されたニクスの言葉に、フィノーラは頷いて自分の部屋に行った。
鋭斗とニクスは雑談しながら待つ。
「D国にも、魔導師的な仕事があるのか?」
「ああ。符術師っていう、符術を使って魔物と戦う仕事があるらしい」
「符術?」
「魔符っていう、通信機くらいの大きさの紙を使うんだ。魔符には何か色々、魔法陣みてぇなのとか、文字とかが書かれてて、それを使うと魔法みてぇなのが発動するらしい。魔法よりも使用者の資質が重要だから、使い手が少なくて大変なんだと」
「へぇ……」
しばらくして、支度を終えたフィノーラが来た。3人でエレベーターに乗り、1階へ。外に出て、駅に向かう。
「それで、どうやってD国に行くんだ?」
鋭斗が尋ねると、ニクスは
「自家用ジェットを借りる」
と答えた。
鋭斗とフィノーラは呆気にとられた。
「……って訳だ。自家用ジェットを貸してくれ」
「お前なぁ……」
スパイルは呆れたような顔をした。
「オレが自家用ジェット持ってることは秘密だって言ったろ?」
「話聞いてなかったのか? それどころじゃねぇんだ」
少し苛立ったようにニクスが言う。
スパイルの家に着いた3人は、リビングでスパイルが帰って来るのを待っていたのだ。そして、帰って来るや否や、ニクスが事情を話したのである。
スパイルは玄関に立ったまま嘆息した。
「分かった分かった。一緒に空港まで行ってやる」
「よし、すぐ出発……」
言いながら立ち上がろうとしたニクスに、スパイルはずかずかと近付き……頭を押さえて座らせた。
「何を……」
ニクスは抗議の声を上げようとしたが、
「コーヒー淹れるから飲んでけよ」
というスパイルの言葉に遮られた。
ニクスは渋面を浮かべる。
「どうせインスタントだろ?」
「昨日コーヒーメーカー買ったんだ。まだ開けてねぇけど」
「おい」
「こっち来て手伝え」
「そんな余裕ねぇってのに」
「だから、だ」
「……? あっ……」
「やっと気付いたか?」
「…………」
ニクスは無言で段ボールを開け、中身を取り出していく。説明書を見ながら取り付け、淡々と作業をこなした後。
「って、全部俺がやってるじゃねぇか」
苦笑して言った。
スパイルはその言葉を気に留めず、笑みを浮かべて尋ねる。
「余裕は出来たか?」
「……ちょっとはな」
「なら良かった。……お、良い匂いだ」
そんな2人の様子を、鋭斗とフィノーラは無言で眺めていた。
手伝おうとはせず、淹れられたコーヒーが運ばれてくるのを待っているだけである。
(余裕、か……)
鋭斗は思った。余裕なんて持てるはずも無い、と。
しかし、スパイルの口ぶりやニクスの態度から察するに、無理にでも余裕を持った方が良いのかもしれない。
(楽観思考、楽観思考……)
念じる。
秘薬は必ずあるし、見つかる。ちゃんと間に合う。そんな未来が確実に来る、ということにしよう。
(大丈夫。俺は運が良いんだ。なんやかんやで上手くいくに決まってる)
コーヒーの香りが漂ってくる。
「買ったって嘘だろ」
「やっとか。すぐにツッコんでほしかったぜ」
「何かの景品か?」
「ショッピングセンターのガラポンで1等」
「ああ、あれか……」
話しながら、ニクスとスパイルは両手にカップを持ちテーブルに運んできた。
ニクスは鋭斗とフィノーラの前にそれぞれカップを置く。スパイルはカップを持ったまま椅子に座り、席に着いたニクスに1つ渡した。
「……これはこれで良いけど、やっぱ喫茶店の方が美味いな」
1口飲んだニクスが呟き、鋭斗は頷く。フィノーラは
「そう?」
と首を傾げた。
4人はコーヒーを飲み終え、電車で空港に向かう。
「えっと、自家用ジェットって……」
電車に揺られながら、鋭斗は改めて尋ねようとした。何故スパイルがそんな大層な物を持っているのか、と。
その質問を遮るように、ニクスが答える。
「スパイルはちょっと金持ちってフリしてるけど、実は大金持ちなんだ」
「何でバラすんだよ……」
スパイルが抗議するが、ニクスは面白そうに笑う。
「自家用ジェット持ってるのを知られた時点でバレたも同然だろ?」
「だからそれも秘密って言った! 拗ねるぞ」
「拗ねるな、いい歳したオッサンが。……しょうがねぇだろ、他に良い方法が思い付かなかったんだから」
C国からD国へは、旅客機が飛んでいない。歩いて行くには主要な街への距離が遠すぎるし、船で行くにも同じく時間がかかりすぎる。
ふと、フィノーラが口を開いた。
「どうやって稼いだ? ボーナスには上限があるはず」
「……カジノで」
渋々、といった風にスパイルは話す。
「島国とかB国とかに旅行した時に、めっちゃ当たったんだ。で、その国の貨幣はニールに変換せずそのまま預けてあって……だからまあ、C国内じゃ使えねぇんだが、カネはたっぷりあるんだ」
「……それって、法的には……」
やや呆れたような風情でフィノーラが呟いた。それを聞いたニクスが
「そう、そうなんだ」
と笑いを噛み殺しながら言い、スパイルは苦い顔をする。
「ああ、限りなくアウトに近いグレーだ。だから隠してんのに……」
「スパイルは若い頃に色々やらかしてるらしいぜ」
「だから言うなって! ……若気の至りだ、詳しくは聞くな。ニクスも言うなよ、これ以上言ったらお前のも言うからな」
スパイルはそう言ってから、ふんっ、と拗ねたように鼻を鳴らした。もちろん演技である。ニクスはそれに乗っかって、
「え~。機嫌直してくれよ~スパイル~」
とふざけて言った。
その様子を笑いながら見ていた鋭斗は、ふと首を傾げる。
「そういえば、D国ではお金……」
「現地の通貨は金塊売って手に入れる」
ニクスは即答した。
「って訳で、スパイル」
「分かってるって。空港の金庫にあるから、着いたら渡す」
その言葉を聞いて、鋭斗とフィノーラは唖然としたのだった。
空港に着き、諸々済ませ、出発の時が来た。
自家用ジェットの中には専属パイロットと、鋭斗、ニクス、フィノーラが乗っている。まだ扉は開いており、外のスパイルと話が出来る状態だ。
スパイルは、明るく言う。
「探し物に焦りは禁物だ。のんびり観光するつもりで行ってこい」
「了解!」
3人の声が揃った。
扉が閉まり、離陸準備に入る。
こうして3人はD国へ発ったのだった。




