5章(6) 決着
そう、フォスティーエルは、ニクスを即死させるつもりで攻撃していた。
だから、攻撃する場所が限られていた。
だから、ニクスは剣で防げた。
だから、隙が無かった。2人とも。
フォスティーエルは、狙いを変える。
鉤爪が、ニクスの腹を貫いた。中身を抉るように容赦無く。
「っ……がはっ」
ずるりと引き抜かれていく。
「ぐあああっ⁉」
声を上げたのは、フォスティーエルだ。
フォスティーエルの腕は、鉤爪ごと、ぼとりと地面に落ちた。肩に走った痛みが、灼熱となって身を苛んでいる。
2人の血が、石の上を川のように流れていく。
「……斬りやがったな……⁉」
苦悶の表情を浮かべながら、フォスティーエルはニクスを睨みつけた。
ニクスは睨み返しながらも、膝をついた。体に力が入らず、動けない。荒い呼吸を繰り返し、どうにか意識を繋ぎとめる。
フォスティーエルは、考えた。何故、斬られたのか。
鉤爪を刺して、引き抜くまでの間が、隙となったからだ。その隙を、狙われていたからだ。
隙など作っていないつもりだった。他の部分を攻撃されていれば、或いは他のタイミングで攻撃されていれば、斬られはしなかった。
だが、先ほどの攻撃は、おかしい。理に適っていない。そういう心づもりをしていないと繰り出せない類のものだが……こんな攻撃では殺せないし、刺されるリスクが大きすぎる。鉤爪を体から離すことだけを目的としている……そうでなければ有り得ない攻撃。
「……まさか! まさか、鉤爪の力に気付いて⁉」
「ああ。簡単に、分かった、ぜ」
ニクスは口に溜まった血を吐き捨てて答えた。その時には、準備を終えていた。フォスティーエルを殺すための、準備を。
魔力を練り上げ、呪文を唱え始める。
途切れ途切れに紡がれる、その呪文を聞いて、フォスティーエルは余裕の笑みを浮かべた。
「その魔術の威力なら、呪具で無効化できる! 貴様の負けだ、トゥルタニクス!」
雷撃がフォスティーエルに降り注ぐ。魔術によるそれは、フォスティーエルに触れる直前に四散。届くことは無い。
雷は落ち続けている。その下から、炎が吹き上がった。『炎属性』の上級攻撃魔法。『風属性』の魔術との相乗効果で、無効化可能な威力を超える。
フォスティーエルが驚愕の表情を浮かべた。もう遅い。
荒れ狂う炎は一瞬でフォスティーエルを呑み込み、喰らい尽くした。
遠のく意識の中、ニクスは仇敵の死を確認し、笑みを浮かべる。
勝ったのだ。
鋭斗はふらつく足取りで、魔物を横なぎに斬った。それが最後の1体だった。
魔法付与を消し、岩まで歩き、置いていた鞄を持つ。
1歩ごとに頭に響き、痛みが増した。このまま倒れ込んでしまいたかった。
だが、それよりも、ニクスの安否が気になった。
走ろうとすると、足がもつれた。だから、歩く。
そうして洞窟に入った鋭斗は、ラストスパートとばかりに駆けた。
パシャン
洞窟最奥は、血の海だった。
パシャ、パシャ、パシャ
歩くたびに、嫌な音がする。踏んでいるのが、水たまりなら良かったのに。
地面に高低差があり、血だまりになっているのだ。
自分が出している以外の音が聞こえないのは、きっと、上がった息がうるさいせいだ。
頭が痛い。目を開けているのがつらい。
とにかく、回復魔法をかけなければ、と思った。洞窟の最も奥の壁際に倒れている、ニクスへ。
上級回復魔法を使った。意識が飛びそうだった。こらえる。
「ニクス、状況は?」
「……勝ったぜ」
薄く目を開け答えたニクス。その声は、ささやくように小さかった。
鋭斗は無言でニクスを見る。聞きたいことは分かっているだろう、と言わんばかりに。
上級回復魔法で傷は治せても、失った血までは戻らない。
ニクスは苦笑した。
「魔力切れだ。助からねぇ」
「……っ」
鋭斗は歯を食いしばって、鞄からボトルを取り出す。
酒。
「飲め」
無茶なことを言っているのは自覚している。それでも鋭斗は、言葉を続けた。
「それで、なるべく長い間意識保ってれば、ギリギリ魔力足りるようになるんじゃないか」
何しろ、酒を1ボトル飲み干せば、魔力の回復速度が倍になるのだ。
普通の人間なら、この状況で酒を飲むなど論外である。だが、ニクスなら。飲んだからといって、意識を保てる時間は減らない。
残り少ない時間で、魔力を必要量まで回復できれば、生き延びられるはずだ。
ニクスはぼんやりと呟く。
「そんな無茶な」
「無茶でもやるのがニクスだろ!」
鋭斗は叫んだ。あまりの頭痛に吐き気までしてきた。視界が滲むのは、きっとそのせいだ。
今にも沈み消えそうな意識を、ニクスは気合で保った。
「……そう、だな」
体に全く力が入らない。
ほんの僅かに残っている体内の魔力を操って、強引に腕を動かした。
緩慢に身を起こし、酒を受け取る。手の感覚は無い。
頭は霞がかったように、ろくに考えることが出来なかった。自分が何をしているかも認識しづらい状態だ。
だが、構わない。やるべきことは、鋭斗が提示してくれた。
一気に飲む。
ボトルから何も出てこなくなったところで、手からボトルが滑り落ちた。ころころと転がっていく。
あとは、意識を保っていれば良いのだ。
「やってみせるぜ……。ありがとな、エイト」
その言葉を聞いた瞬間、鋭斗の意識はふつりと途切れた。
数時間後。
気を失っている鋭斗とニクスのもとに、1人の男が現れた。
教主である。
「こんな所で倒れられてたら邪魔なんですケド。ここを新たな拠点にするつもりなんですカラ」
心底迷惑そうに呟いて、教主は転移魔術を使った。
場所は、鋭斗の部屋である。
「フォスティーエルは独断専行が過ぎたといウカ……少し扱いにくい駒だったんですよネェ」
そんな教主のひとり言を、鋭斗は聞いていた。「ここを新たな拠点に」の辺りから、意識が戻っていたのだ。
鋭斗はしばらく気を失っているふりをしていたが、いつの間にか教主は去っていた。
のそりと身を起こし、鋭斗はニクスの状態を確認した。呼吸も脈もある。
本当に、生き延びたのだ。
ただただ無理を強いただけの鋭斗の言葉を、実行してのけたのだ。
鋭斗はしばらくぼーっとしていた。床に正座した状態で。
足がしびれて我に返る。時計を見ると、もう夕方だった。
(……えーっと……何をどうしよう……)
頭痛は治まっているが、疲れのせいか頭が働かない。
(とりあえず、ニクスを……)
床に放っておくのは気が引ける。だが、ニクスの体は血と泥にまみれている。
(ソファーに……いやでも、ソファーが汚れる…………あ、何か敷けば良いんだ)
ゆっくりとバスタオルを数枚取って来て、ソファーに敷く。その上にニクスを引きずり上げた。
ニクスの剣が床のど真ん中に落ちている。退かそうとしたが、触れられない。磁石の同極を近づけたように反発するのだ。
(持ち主しか触れないパターンか……)
諦めて放置。
(……エフェルリシアに生存報告しに行った方が良いよな)
今の格好は、人前に出られるようなものではない。服を脱ぎ、ごみ箱に捨てた。シャワーを浴び、新しい服を着る。
そうして鋭斗は、重い足取りでエフェルリシアの店に向かった。
ぼーっとしながら歩いていると、いつの間にか着いている。
店の前に立つと、透明なドアから中の様子が——沈痛な表情のエフェルリシアと、その前に座る美恵莉とメルシャの後ろ姿が見えた。
ドアを開けて、入る。
「バラしてないだろうな、エフェルリシア」
そう言った声は、疲れで暗い。女子3人は弾かれたように鋭斗を見た。
「兄さんの*****!」
美恵莉に開口一番に罵られ、鋭斗は困惑の表情を浮かべる。知らない言葉だったので聞き取れなかったが、誹謗中傷の言葉ということだけは分かった。
「ごめん、バラしちゃった……」
エフェルリシアが申し訳なさそうに言った。
メルシャは、ニクスがこの場にいないことで不安を募らせる。
「ねえ、ニクスお兄ちゃんは? ニクスお兄ちゃんは無事なの⁉」
そんなメルシャに顔を向け、鋭斗は頷いた。
「とりあえず、生きてる」
あまり無事とは言えないので、そんな答え方になった。メルシャは
「良かったぁ……」
と安堵の声を漏らす。
鋭斗は椅子に腰掛け、溜息を吐いた。
「バラすなって言ったのに……」
「言ったのはニクスさんよ?」
「そうだっけ」
確かにそんな気もする。
「ところで美恵莉、さっき何て言ったんだ?」
「う……何でもない」
美恵莉は顔を背けた。
「……何語?」
改めて尋ねた鋭斗に、美恵莉は渋々答えた。
「高校の時に友達と考えた造語。罵る時に使うやつ」
「あー……そういうのか……」
納得した鋭斗は、美恵莉に言うべきことを思い出す。
「ニクスは多分、しばらく公園行けないから。フィノーラにも伝えといて」
「りょーかーい。あ、ちょっと待って」
立ち上がって帰ろうとする鋭斗を、美恵莉は引き止める。
「今から3人でご飯行くつもりだったんだけど、兄さんも一緒に……」
「そんな気分じゃない」
「……うん、分かった」
美恵莉は大人しく引き下がった。鋭斗はそのまま店を出て帰った。




