5章(4) 魔術師としては三流同士
響いていたフォスティーエルの声が止み、しん、と場が静まり返る。
「……教主から逃げようとしたのは、どう足掻いても倒せねぇ相手だったからだ」
ニクスが言った。真っ直ぐ、フォスティーエルを睨みつけて。
フォスティーエルは眉をひそめる。
「それだと、俺様を倒すことは出来ると言っているように聞こえるが?」
「ああ、そう言ってる」
「何⁉ ……馬鹿なやつだ。俺様の力を見誤るとはな!」
「見誤ってるつもりは無ぇ。勝てるかどうか分からねぇ相手だ、てめぇは」
少なくとも、命を惜しんでいては勝てない。
「は……⁉」
フォスティーエルは、ニクスの言葉が全く理解できなかった。
「分からないだと! 分からないのに逃げる気が無いのか!」
フォスティーエルは気付かぬうちに、ニクスのペースに乗せられていた。知らず知らずのうちに、気迫に呑まれていた。
ニクスはゆっくりと言う。
「分からねぇってことは、勝てる可能性もあるってことだ」
「はあぁ⁉ そんな僅かな可能性にすがるつもりか! 百歩譲っても、相討ちだ! 貴様は……」
「相討ちだろうと何だろうと、てめぇを殺せば俺の勝ちだ!」
「……⁉」
再び場を沈黙が包む。
フォスティーエルは諦めたように笑った。
「あーあ……貴様は……黄昏に赤く燃える、沈みかけの太陽だな」
「何を訳分かんねぇこと言ってるんだ……?」
今度はニクスが困惑する番だった。フォスティーエルは答える。
「貴様の心を折るのは諦めた、ということだ、トゥルタニクス。よって、今から貴様を殺す」
鉤爪の先端をニクスに向け、宣言した。その瞬間にはニクスの心臓を貫こうと背後に回っている。
ギィンッ
黒い刃が、鉤爪を弾いた。
「何っ……反応できるはずが……」
驚きの声を上げたフォスティーエルの下に、電雷が広がる。バチバチと音を立て、フォスティーエルの姿を浮かび上がらせる。
魔法による雷撃。その音に紛れるように、ニクスは小声で呪文を唱えた。
次の瞬間には、フォスティーエルは攻撃を繰り出している。足元から伝う雷電など、ものともせずに。
突き、掬い上げ、振り下ろし、縦横無尽に鉤爪が走る。
重なり連なる金属音が、洞窟内に響き渡った。
フォスティーエルからしてみれば、鳴るはずの無い音だ。呪具を使って繰り出した、不可視の高速攻撃を、剣で弾かれた音。
「何をした……⁉」
思わず手を止め尋ねたフォスティーエルに、ニクスは簡潔に答える。
「魔術だ」
「魔術……⁉ 馬鹿な!」
フォスティーエルは怒鳴る。
「ほとんど使ってなかっただろ⁉ 貴様の、戦場での戦いの様子は、部下に監視させてたんだ! いつもいつも、魔術を使うのはレーリャで、貴様は剣ばかり使っていたと報告を……」
「それは、その通りだけどな。……教団の存在を知ってから、改めて練習し始めたんだ」
異世界人と戦うなら、必要になることもあるだろう。そう思い、記憶の中から魔術書の内容を引っ張り出して、少しずつ。先ほどの魔術は、その成果だ。
「……ふんっ、それで俺様に勝つつもりだったのか? ちょっと動きについて来られるようになったからって、無駄だぞ」
フォスティーエルは、すぐに余裕を取り戻した。自分が圧倒的に有利なのは変わらない。先ほどの攻撃も、全てを防がれた訳では無い。
「一瞬で殺してやる!」
言葉と共に、フォスティーエルが鉤爪を繰り出した。
ニクスは剣で受け続ける。想定通りだった。狙ってくる場所が絞られれば、防ぎやすい。
だが、このままでは防戦一方だ。
魔法は回復のために使い過ぎた。既にリミッターは外している。あと使えるのは、中級1回と上級1回、といったところか。
金属音が反響し続ける。その音で声を隠し、ニクスは呪文を唱えた。
ビキリと、フォスティーエルが氷漬けになる。だがそれも一瞬のこと。氷は消え去り、全くダメージを負っていないフォスティーエルがそこに立っている。
呪具の効果だ。どんな攻撃をしても、意味が無い。この呪具の存在を認識していなければ、負けていた。
フォスティーエルの動きが止まった一瞬で、ニクスは懐に飛び込んでいた。
一閃。
鮮血が飛び散った。
「何……⁉」
驚愕の表情を浮かべるフォスティーエル。すぐに悟る。呪具が、破壊された。腰につけていた、防御用の呪具が。
「貴様、このための時間稼ぎを⁉」
容易に壊せるものではない。だが、防御魔術や結界を破る要領で、時間をかけて見れば……。
「だが無駄だ! 忘れたか、俺様には回復の呪具もあるんだぞ」
そう言いながらも、フォスティーエルは少し後悔していた。呪具の効果と着けている場所を全て喋ってしまったことを。
もといた世界の常識では、「呪具は壊してはいけないもの」だ。だから、呪具が破壊されるなど、思いもよらなかったのだ。
フォスティーエルはずぷりと影に沈む。先ほどまではニクスの言動によって頭に血が上っていた。しかし、ようやく落ち着いてきた。呪具をしっかり活用させ始める。
ニクスの真下から、矢が連射された。呪具によって生成され放出されている。実体は無く不可視なのに、受ければダメージを食らうという代物だ。ただし、使用者の魔力を削り取る。
「くっ……」
想定内ではあったが、避けきれるものではない。脚や腕を貫かれながらも、ニクスは動き回りながら呪文を唱えた。
ズンッ
地響きと共に、地面がせり上がる。フォスティーエルの沈んでいる、地面が。
「ちっ」
舌打ちしながらフォスティーエルが浮かび上がる。地形が変わったことで、自分の位置を見失ったのだ。安全な場所――影の中から攻撃し続けるつもりだったが、破られた。
「てめぇも魔術師なら、ちょっとは魔術を使ったらどうだ」
揶揄するように言うニクス。それに対してフォスティーエルは、平然と答える。
「あいにく、魔物に関する魔術が専門でな」
「三流」
「何?」
ピクリと眉を動かしたフォスティーエルに、ニクスはゆっくりと告げる。
「三流って言ったんだ。武器と呪具に頼り切り、使える魔術はごく少数」
「貴様もだろうが! その剣と、この世界の魔法に頼り切ってる!」
「そうだな。俺たちは、魔術師としては三流同士だ」
「一緒にするな!」
激昂して跳びかかったフォスティーエルの腕に、黒い刃が奔った。浅く斬り裂いただけ。だが、それは。
「また破壊しやがった……⁉」
回復の呪具を壊す一撃だった。先ほどの会話もまた、時間稼ぎだったのだ。
「これで、てめぇが死ぬ可能性が出てきたな?」
ニクスは荒い息を吐きながら、ニヤリと笑った。
その体には、先ほど……回復の呪具を破壊する時に食らった鉤爪による傷が、深々と刻まれている。
それを見たフォスティーエルは、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「その状態では、俺様の動きについて来られないだろう? 貴様の攻撃を食らわなければ良いだけのことだ。言っただろ? 一定以下の威力の魔術や魔法を無効化する呪具もあるんだ」
それに、明かしていない事柄がある。この鉤爪は、魔力を用いた攻撃をかき消すことが出来るのだ。だから、魔術や魔法で攻撃しようとしているなら無駄である。
「これ以上、呪具は破壊させん」
「ああ、もう充分だ。これ以上、破壊するつもりは無ぇ」
ニクスはそう言ってから、使うつもりの無かった回復魔法を使った。本来は上級が必要な傷だが、使ったのは中級だ。動きに支障が出そうだったので、使わざるを得なかったのだ。動きが鈍るのはマズい。今は、まだ。




