5章(3) 勝つために
「スパティウムンドゥス・アルマリウム!」
同時に唱えた2人。異空間から飛び出た剣が、鉤爪に弾かれる。
「平民にそぐわぬ良い剣だな?」
フォスティーエルは、片手に装着した鉤爪を閃かせて言った。ニクスの手に収まった剣は、この特別な鉤爪を当てても傷一つ付かない。
ニクスは黙って剣を構える。警戒しているのだ。きっとフォスティーエルは、まだ呪具を隠し持っている。
沈黙。両者とも動かず、数秒後。フォスティーエルの姿が消える。
ぼたり。
ニクスの体から血がこぼれ落ちた。
「くっ……」
後ろから鉤爪で貫かれていた。後ろは壁にも関わらず、だ。前へ跳び、回復魔法を使いながら身を翻す。
フォスティーエルの姿は無い。呪具で姿を消している。
厄介だ、とニクスは思った。見えない速度で動かれて、姿も消され、壁も透過できるらしい。
「一体、いくつ呪具を持ってるんだ?」
「10くらいだ」
「多いな⁉」
驚きの声を上げたニクスの正面に、フォスティーエルが姿を現す。そして、
「そうだろう!」
見事なドヤ顔をキメた。
ニクスは嫌そうな顔をする。
「そうやって、少しずつ手の内を明かしていって、強さを見せつけるつもりか?」
「その通り。何個目の呪具で折れてくれるか楽しみだ」
フォスティーエルは残忍な笑みで言った。それに対し、ニクスも笑みを浮かべる。喰いちぎってやるとばかりに、獰猛な、笑みを。
「なら、じっくり見せてもらうぜ」
鋭い瞳がフォスティーエルを射抜いた。
魔物の数が減らない。鋭斗は溜息を吐いた。
本当は減っているはずだ。間違いなく、何十体も倒しているのだから。
だが、まるで減った気がしない。それほどまでに、多い。むしろ、最初に見た時よりも増えている気がする。
(……待てよ?)
背の高い魔物に乗って他の魔物の攻撃から避難した状態で、鋭斗は考える。
本当に、増えているのではないか。そんな考えがよぎった。
(増えてたとしても……全部、倒すだけだ)
もともと数えられないほど多い。だが、大して強くはない。戦ってみた感じでは、どの魔物もボーナス1万数千から2万の範囲内だ。
(……本当に、この数を倒せるのか……?)
頭がもつだろうか。集中力がもつだろうか。
不安に駆られる鋭斗の上から、熱線が放射される。空飛ぶ魔物が吐いてきたのだ。
不意打ち同然の攻撃に、鋭斗は腕を焼き焦がされた。即座に魔法で回復。追撃から逃れるべく飛び降り、着地。地上の魔物が一斉に迫り来る。
魔物と魔物の隙間に滑り込み、魔物を蹴って跳び上がった。一斉に攻撃されてはたまらない。とにかく魔物の上に位置取り続けなければ、瞬く間に魔物の餌食になる。
ラトゥール杭を地に突き立てて、その上から氷塊を落とした。どちらも魔物には当たっていない。
氷を突き破るように竜巻が発生。うなりを上げて周囲の魔物を呑み込んでいく。その中心から炎が燃え上がった。渦を巻いて風を赤く染め、猛烈な火柱となる。
その場の魔物がことごとく消滅した。5体以上は倒したはずだ。
先ほどから、これと同じことを繰り返している。それなのに、魔物が減らない。
鋭斗はまた溜息を吐いた。
使っているのは初級魔法だが、4連発の相乗効果を使うと中級魔法以上に疲れる。単に初級魔法を撃ち続けるのとは訳が違うのだ。
乗っていた魔物が激しく揺れ動き、鋭斗は地面に投げ出された。転がって立ち上がったところで蛇のような魔物に噛みつかれ、意識が遠のきそうになる。毒でもあったのかもしれない。短剣を突き刺し中級の雷弾を撃って魔物を消し飛ばし、回復魔法。
「はぁ、はぁ、はぁ」
少し動きが止まっていた隙に、魔物が群がって来ていた。上に乗れそうな魔物がいない。
(……詰んだ?)
魔物たちが跳びかかる。鋭斗はとにかく避けようとした。だが、あまりに魔物が密集している。避けられるスペースが少ない。
「うっ……」
大腿を貫かれ、腕を踏み砕かれ、地にうつ伏せに縫い付けられた。
(……そうだ、防御を……)
上級防御魔法を展開。魔物たちが攻撃を加えてきたが、そうすぐには破られない。
回復魔法を使って立ち上がろうとするが、力が入らなかった。
頭痛と疲労に、気力が奪われていく。
もういいや。どうにでもなれ。そんな投げやりな思考が頭を覆う。
もう無理だ、諦めてしまえ、充分頑張った。そんな心に支配され、体が、動くのを拒む。
(このクソ雑魚メンタルめ……!)
いつもそうだ。ちょっと頑張ればすぐ燃え尽きる。ちょっと躓けばすぐ諦める。
変えたかった。変わりたかった。少しは変われたつもりでいた。
だが、今。この状況に、絶望している。まだ戦えるはずなのに、萎えてしまっている。
(はぁ……そもそも何で、倒しきるなんて出来もしないことを……)
何故、そんなことを言ってしまったのか。その時の思考を辿り、ハッとする。
赤毛の男が魔物を呼び寄せるかもしれない。そうなれば、ニクスが危ない。だから、阻止しなければならない。
(そうだ、そうするしか無いんだ)
諦める訳にはいかないのだ。懸かっているのは、自分の命だけではないのだから。
「舐めるなよ、魔物ども……」
どうせ誰も見ていない。どうせ誰も聞いていない。なら、傲慢なことを言って調子に乗ってやろう。心を奮い立たせるために。
このままでは、勝てる気がしないから。折れてしまうから。諦めてしまうから。
「俺は天才だぞ。何でも出来る、天才だ」
そんな訳あるか、というツッコミが内側から湧き上がるのを無視して。
「だから……この程度の魔物!」
魔法を使いながら立ち上がる。
「俺なら倒せる! どんなに後から湧き出てこようと、全部!」
とにかく攻撃するのだ。魔法と、短剣で。
勝ち筋が見えなかろうと、関係無い。とにかく戦い続けなければ。
思い出せ。13歳前後のことを。何をやっても天才と言われ、クラスメイトから「神さま仏さま鋭斗さま」と崇め奉られ、先生からも一目置かれていた、あの頃の万能感を。
所詮は井の中の蛙だが、そんなことを考えもせず、自分は天才なのだと思っていたあの頃の感覚を。
後先のことは考えず、思い込め。言い聞かせろ。恥を捨てろ。
「やってやらあああ!」
叫びながら短剣を振るう。魔法付与を使うつもりだ。何度か見たのだから、出来ても良いじゃないか。魔法と同じで、大気中の魔力を使っているだけなのだから。
硬い魔物とぶつかった。短剣が通らない。
「出来るんだ……出来る、はずなんだ!」
魔力制御は出来るようになった。だから、短剣の周りに魔力を集めることも出来る。あとは、燃やすだけ。
すっ、と。短剣が、ぶつかっていた魔物を通り抜けた。
魔物が消滅。握りしめた短剣からは炎が明るく伸び、長剣を形作っている。
これで攻撃手段が増えた。近くの魔物は炎の剣で、遠くの魔物は魔法で、やれば良い。
ニクスはゆっくりと、ぬかるんだ泥の中で身を起こした。口の端から溢れた血を拭い、笑みを浮かべて言う。
「それで全部か?」
「何……⁉」
フォスティーエルはただただ困惑した。
「何故、まだ笑っている⁉ 全く避けられずに攻撃全部食らってただろ⁉」
「わざとだ」
咄嗟に吐いた無意味な嘘。呪具を使った攻撃は、どれもこれも避けられなかった。使われる呪具の数が増えるほど、厄介さが増していった。
その上、身を守る呪具も完備しているときた。なるほど、「俺様を殺すことなんて絶対に不可能だ」と言うだけのことはある。
それでもニクスは笑みを浮かべた。
対処のしようは、ある。感覚も掴めてきた。だから……フォスティーエルを殺すのは、不可能ではない。
もしこれが、純粋な殺し合いであったなら、ニクスは全く別の動きをした。なるべく呪具を使わせないよう、とにかく攻撃しただろう。だが、フォスティーエルは、まずは殺さず心を折ろうとしている。それ故、致命的な攻撃はしてこないと読み……手の内を知ることに徹した。勝ち目の薄いこの戦いに、勝つために。
フォスティーエルは困惑した顔のまま尋ねた。
「逃げようとしないのか?」
「逃げたらてめぇを殺せねぇだろうが」
「教主からは逃げようとしたんだろ?」
おかしい。
「何故、俺様からは逃げようとしない?」
おかしい。おかしい。
「何故だ! トゥルタニクス!」
これだけ呪具を見せれば、分かるはずだ。勝てないと。
これほど呪具があれば、逃げるべきだと思うはずだ。教主を相手取った時と同様に。そして——
教主に借りた、転移封じの呪具を使い、嘲り笑うつもりだった。
同じ手にかかったな、と。
そうして心を折った後、殺すつもりだった。
「答えろ!」
反響した自分の声が、酷く滑稽に思えた。




