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5章(2) 過去語りの心理戦

 12月19日。鋭斗とニクスは朝早くから電車で大都市に行き、そこから南に歩く。遠くに見える山の向こう側が目的地である。

 前に測定不能の魔物と戦った場所を通り過ぎ、更に歩いた。山との距離が縮まったようには見えない。それほど遠い、誰も行かない場所なのだ。あの鉱山跡周辺と同様に。

「この辺で良いな」

 ニクスは呟き、呪文を唱える。一瞬で山の向こう、盆地に着いた。洞窟からは最も離れた位置だ。

 少し遠くで数多の魔物が待機しているのが見えた。洞窟の入り口を塞ぐように。

 鋭斗はその場の岩陰に鞄を置き、中から短剣を取り出した。

 占われた未来を考えれば、2人で魔物と戦うのは悪手。それなら、手分けすべきだ。戦力を分散してでも。

「魔物は俺が引き付ける……いや、倒しきる」

 そう言って、鋭斗は洞窟へ向かって歩く。気付いた魔物がゆっくりと、鋭斗を囲むように動いた。洞窟の入り口があらわになる。

 ニクスは洞窟へ歩いた。鋭斗とすれ違いざま、短く言葉を交わす。

「……死ぬなよ」

「ニクスこそ」


 盆地洞窟は小さい。細い1本道を駆け抜ければ、すぐに最奥に着く。最奥は大きく広がっており、決闘の場に適していた。所々むき出しの土が、水を多く含んでぬかるんでいる。

 湿った石を踏みしめて、ニクスは言う。

「来てやったぜ、フォスティーエル」

「随分早いな、トゥルタニクス。まだ8時半だぞ」

 石に腰掛け優雅にお茶を飲みながら、赤毛の男——フォスティーエルは応じた。そして、残念そうに溜息を吐く。

「魔物と戦わせて消耗させたところで、貴様の目の前で相棒を殺し、心を折るつもりだったのに。さては、エフェルリシアに何か聞いたな?」

「相変わらず悪趣味なことを考えるな。さぞかし教主と気が合っただろう」

 顔をしかめて言ったニクスを一瞥し、フォスティーエルはにんまりと笑う。

「それはもう。……教主と出会ったのは、ほんの1か月ほど前。俺様がこの世界に来てすぐだ。教団員の証としてレスカーダにしてもらった後、俺様の趣味を話したら、この世界の魔物を使役する魔術を教えてくれたんだ」

「……その魔術で使役した魔物に、さらった子供を襲わせたんだな」

 ニクスの声に怒気が混ざる。それを愉快そうに受け止めたフォスティーエルは、手に持つカップを揺らしながら、わざわざ説明し始めた。

「呪具で姿を消して、転移魔術でさらって、魔物に襲わせた。ただし、とてつもなく手加減して。何故だか分かるか? 必死に抵抗しても報われず、あえなく死ぬのが面白いからだ。10歳から13歳くらいを標的にしたのは、その年ごろなら抵抗を見せる者が多いと思ったから……これは教主の考えだけどな。教主はF国内の異世界人探しに忙しいから、俺様が巧くやって、教主は後から過去視で良い場面だけ見ることになってた。順調だったんだけどなー。まさか魔物を全滅させられるとはなー」

 それを聞いて、ニクスは笑った。

「ざまあみろ。子供だからって舐めてかかるからだ」

「ふん。邪魔されないように、貴様たちを呪具で雪山に飛ばしたのに、甲斐が無かったな。使い切りの地雷型転移呪具だったんだぞ。……エフェルリシアの所に行ったら、何故かシャッターが閉まってたから中を透視して……貴様がいて驚いて、急いで使ったんだ。とりあえず、邪魔されないようにな。……貴様は無理でも相棒くらいは死んでくれるかと思ったのに、どっちも生きてるし思ったより早く帰って来るしで、ああムカつく気に入らない!」

 フォスティーエルはお茶を飲み干し、カップを地に叩きつけた。パリンと割れた破片が飛び散り、差し込む陽光を反射する。

「それにしても、トゥルタニクス。貴様が、相棒を捨ててくるとは思わなかった。今頃、俺様の用意した魔物の餌食になっているだろうなぁ」

 うっそり笑って言うフォスティーエル。ニクスは余裕ある笑みを浮かべて見せる。

「揺さぶろうとしてるのが見え見えだぜ」

 判断力を鈍らせようとするこの心理戦で、ニクスは本来不利であった。フォスティーエルの得意分野であり、フォスティーエルはニクスの弱点をよく知っているのだから。だがニクスは、読心術のおかげで余裕が持てる。揺さぶりに対し、動じず対応できる。

「ちっ、前とは違うってか? 変わったよなぁ、トゥルタニクス」

「てめぇは変わってねぇな。どうやってこの世界に来た?」

「そうだなぁ……分かっているとは思うが、ネザリスを滅ぼしたのは俺様の国だ。で、俺様は旧ネザリスの一部を領地としてもらった訳だ。視察してたら急に亀裂が走って落ちたんだよ。酷い話だよな?」

「……ああ、災難だったな」

 そんなことが起こらなければ、こうして対峙することも無かった。殺し合いなど必要無かった。互いに災難であるとしか言いようが無い。

 フォスティーエルは嗤いながら言う。

「そういえば……あの戦争。わざわざ戦場でレーリャを捜し出したんだぞ。それで、魔物に指示したんだ。レーリャを優先的に襲わせるように」

 その事実を、ニクスは知っていた。とっくに気付いていた。今更そんなことで、思考を乱されたりはしない。

 フォスティーエルは、ゆっくりと、よく響く声で続ける。

「どうにかして貴様の心を折りたくて、な。分かるか? 全部、貴様のせいだ」

「そうか。そりゃ良かったな」

 気の無い返事をし、ニクスはニヤリと笑った。痛みを訴える心を無視して。

「で? 俺の心は折れそうか?」

 煽るような言葉に、フォスティーエルは不機嫌そうな顔をする。

「本っ当、貴様は変わったな。魔術院にいた頃なら、間違いなく今ので理性吹っ飛んでただろ」


 魔術院は、魔術書の図書館のような場所だ。一度は教主によって破壊されたものの、すぐに修復作業が行われ、2年も経たずに元通りになった。失われた魔術書を除いては。

 聖地の中心にあるその魔術院で、ニクスとフォスティーエルはよく喧嘩していた。

 聖地では殺害を禁じられていたため、いつも「呪具無し武器無し魔術無し」でやり合っていた。

 ニクスはいつも負けていた。歳の差による体格差が、超えられない壁となって立ちふさがっていたのだ。

 あの頃は、10以上も歳が離れていた。今は1か2。亀裂に落ちた時期のズレが、世界による時の流れの違いが、歳の差を縮めたのだ。


 フォスティーエルは懐かしむように、過去の出来事を口にしていく。

「何度殴っても、何度痛めつけても、貴様は俺様の遊びを止めに入ってきたよなぁ。いつもいつも。一体何が貴様をそこまで駆り立てたんだ?」

「単に気に食わなかっただけだ」

「それは俺様も同じだ。隣国の王子たる俺様に突っかかってくる無礼者――管理者の孫・トゥルタニクス」

 管理者は、魔術院の中では最高権力者である。魔術書の管理をし、司書のようなこともする。その管理者は、ニクスの祖母であった。

 魔術院の中でのみ、ニクスとフォスティーエルは対等な身分だったのだ。

「実に羨ましい。管理者とその子孫は、魔術院に住むことを許され、いつでも魔術書を読める。他の者は時間内しか魔術院にいられず、近くの宿に泊まるしかないのに」

 嫌みったらしく分かり切ったことを口にするフォスティーエルに、ニクスは嫌みで返す。

「てめぇはたかが第4王子のくせに、随分と偉そうだったな。しかも、隣国の、だ。聖地はネザリスのものだったんだから、ちょっとは遠慮してほしかったぜ」


 魔術院では、身分を隠して対等に接するというルールがあった。それをフォスティーエルは無視し、王子だと誇示して、身分の低い者をいじめ倒していたのだ。だからニクスも身分を——管理者の孫だということを打ち明け、注意した。

 結果、殴り合いの喧嘩になった。

 他国の王族に喧嘩を売るなど、本来は避けるべきことである。それはニクスも理解していた。それでも注意せずにはいられないほど、フォスティーエルの行動は目に余ったのだ。


 フォスティーエルは嗤う。

「貴様が俺様に歯向かうから、ネザリスは滅んだんだぞ」

「違うな。てめぇが魔術院に来る前から、とっくに計画されてたことだ」

 ニクスは鎌をかけた。そして、フォスティーエルの表情から、当たっていると分かった。

 フォスティーエルは尚もニクスに語りかける。絡みつくような声で。

「既に聖地は俺様の国のものだ。俺様は戦勝国の王子で、貴様は敗戦国の平民。貴様が俺様にたてつくのは間違っていると分かるよなぁ? トゥルタニクス」

「くだらねぇ。こっちの世界では関係無ぇことだ」

「そういえば、この国ではスーツ着てればあんまり目立たないって聞いてたのに、よく髪色を指摘されるんだ。随分鮮やかな赤に染めてるなって。ありゃ何の冗談だ」

 唐突な話題転換に虚を突かれつつも、ニクスは答える。

「冗談を言ってる訳じゃねぇ。この世界の人は、皆金髪か銀髪なんだ。他の色なら、間違いなく染めてる」

「俺様以外にも髪の毛赤いやつはいたぞ? 何で俺様だけ指摘されるんだ」

「彩度が違うんだ。他の人はもっと暗い赤だろ。見比べてねぇのか?」

「ふぅん。髪の毛染めれば、もっと女を引っかけやすくなるかな」

 フォスティーエルはそんなことを呟きながら、立ち上がった。その瞬間、ニクスの体に衝撃が走る。

「……っ⁉」

 ニクスは思わず膝をついた。一瞬、呼吸が出来なくなった。蹴られたと理解した時には、背中に片足を置かれている。

「ほらほらどうしたぁ?」

 後ろから、耳元で、愉しげなフォスティーエルの声が響いた。一瞬でニクスの腹を蹴り上げ後ろに回って背中を踏みつけたフォスティーエルの、声が。

「呪具か……っ」

「正解。俺様は王族だからな? 呪具も色々持ってて当然な訳」

 次は殴ろうと力を込めたフォスティーエル。確実にニクスの顔を捉えるはずの拳は、空を切る。

「おっと?」

「魔導師を舐めるな!」

 加速を使って逃れたニクスは、フォスティーエルから大きく距離を取っていた。


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