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5章(1) 行くしかない

 情報収集の成果は無く、6日が経とうとしていた。

 いくら魔物が少ない時期とはいえ、個人用討伐依頼は少しずつ追加されている。全く消化しない訳にはいかないので、鋭斗もニクスも、3日前からは魔物討伐にも行っていた。

 そんな12月18日の早朝。いつも通り公園に行こうとしていたニクスを、メルシャの声が呼び止めた。

「ニクスお兄ちゃん……」

「! 良かった、気が付いたんだな」

 メルシャの熱は既に下がっていたが、なかなか意識が戻らなかったのだ。

「……ごめんなさい。メルシャは、また連れ去られて、迷惑かけて……何回目なのかな。いつもいつも……」

 5回目だ、という言葉を飲み込んで、ニクスは苦笑する。

「今回は偶然だ。何があったか話せるか?」

「うん。えっとね……」

 メルシャは経緯を話す。歩いていた時の状況から、魔物と戦ったことまで、全て。

「……それでね、魔物を全部倒せたの。覚えているのはそこまでだよ」

「なるほど、よくやった」

 ニクスはニヤリと笑って褒めた。メルシャはきょとんとする。そんなメルシャの頭をなでて、ニクスは話す。

「メルシャの後には、誰も同じ被害に遭ってねぇ。メルシャが魔物を倒してくれたおかげだ。流石、スパイルの娘だな」

「……! うんっ!」

 メルシャは嬉しそうに頷いた。その花の咲くような笑顔を、ニクスは眩しそうに見つめた。



 少し遅れて公園に行ったニクスは、美恵莉に尋ねた。

「ミエリも会ったんだよな? 赤い髪の男。エフェルリシアの店の前で」

「えっ、うん」

「そいつ、危ねぇ奴だから気をつけろよ。それで、もし見かけたら俺かエイトにすぐ伝えてくれ」

 真剣な表情で言うニクスに困惑しながら、美恵莉は頷く。その様子を見ていたフィノーラは、首を傾げた。

「それって……私も、その人に会ったことがあるかもしれない」

「そうなのか?」

「目立つ鮮やかな赤い髪の男が、その人だけなら、絡まれたことがある。確かに、危ない人」

 フィノーラは不快そうに言った。美恵莉が

「変なこと言われたの?」

 と尋ねると、フィノーラは頷く。

「……それだけじゃない。止めに入ってくれたエイトを、殴ろうとした」

「あっ! 兄さんが占いで言われてた、赤毛の男に殴られるって、それかー!」

 美恵莉は納得の声を上げた。

「それでそれで? どうだったの兄さんは? 殴られた? 回避できた?」

「魔法で防御していた。あの危ない人の拳は、すごく速くて威力もすさまじかった。エイトはよく反応できたと思う」

「おおー。きっと占いのおかげだね!」

「あの人、昨日も私の前に現れた。来ないでって言ってるのに、すごく迷惑」

「エフェルもその人のこと、迷惑野郎って言ってたよ。女の敵だね」

 盛り上がる2人の会話を聞きながら、ニクスは考える。4日前、情報収集の一環でエフェルリシアにも話を聞きに行ったのだが、何も知らない様子だった。尋ね方が悪かったのだろう。だが、この話を踏まえて尋ねれば、情報が得られるかもしれない。



 寮の喫茶店、防音の個室にて。

「……って訳だ。今日はエフェルリシアにもう一回話を聞きに行くぞ」

「うわーまじかー……」

 ニクスの話を聞いた鋭斗は、頭を抱えた。まさか、既に犯人と接触していたとは。

「……そういえば、障壁にヒビ入れられて……」

「フィノーラが褒めてたぜ。よく反応できたって」

「その時に異世界人かもって思ってれば、もっと早く……」

 顔をしかめて呟いている鋭斗に、ニクスは苦笑して言う。

「そんなことねぇって。どの道、メルシャの話を聞かなかったら、その赤毛の男と犯人は結びついてなかったからな」

「……そっか」

 鋭斗は気が楽になった。カップに残ったコーヒーを一気に飲み、立ち上がる。

「じゃあ行こう」



 占い屋の前に着いた鋭斗とニクスは、シャッターが開くのを待っていた。

「そういやエイト、あんまり寒がらなくなったな。慣れたのか?」

「まあ、ちょっとは慣れたっていうのもあるけど……どんな寒さも、あの雪山よりはマシって思うと我慢できるっていうか……」

「ああ……そういや、あの罠仕掛けたのも、例の赤毛の男かもな。会ったら問いたださねぇと」

「他の教団員かもしれないんだろ?」

「そうだが、ここに来る教団員がそう何人もいるかって話だ」

 ニクスはエフェルリシアの店のシャッターを指さして言った。丁度その時、シャッターが開き始める。

 店の中から2人の姿を認めたエフェルリシアは、シャッターが開き切る前にドアの鍵を開けた。外に出て、首を傾げる。

「何かあったんですか?」

「赤毛の男について聞きたい」

 ニクスは早速本題に入った。

「時々ここに来るんだろ? そいつが、俺たちの捜してる犯人だと分かった」

「……! あの迷惑野郎、そんな酷いことを⁉ 本当に、とんでもない下衆!」

 エフェルリシアは怒りをあらわにしながら話す。

「神の使い様の協力者、ということしか知らないんです。名前すら知らなくて。有益な情報を持っていなくて申し訳ないですが……多分、今日か明日あたりにまた来るので、待ち伏せしますか?」

「じゃあ……」

 そうさせてもらう、とニクスが言いかけた時だった。

 まだ人気のない商店街を、男が南から歩いてくる。スーツを着た、鮮烈な赤い髪の男が。その足取りは堂々として、気品すら感じさせる。目立つことこの上無い。

 ニクスは息を呑んだ。

「……っ! てめぇは!」

「あーあ、見つかってしまった。もうちょっと遊んでから会いに行くつもりだったのに」

 赤毛の男は残念そうな声音で言った。そして、顔に愉しそうな笑みを張り付け、カツカツと歩み寄る。

「まあ良い。遊び用として新たに用意した魔物でも使って、貴様を潰してやろう。明日、午前9時、……で待つ」

 ニクスの耳元で場所をささやき、赤毛の男は北へと歩き去った。

「どこって?」

 鋭斗は尋ねた。ニクスは少し考え、口を開く。

「……大都市の南の方に、小さい盆地があってな。そこの、洞窟だ。盆地洞窟って呼ばれてる」

「行かない方が良いと思います」

 エフェルリシアが口を挟んだ。

「2人が魔物に囲まれ、その上から赤毛の男に襲撃される未来が見えました。その、見えた未来の映像の感じだと、赤毛の男、とんでもなく強いです」

「知ってる」

 ニクスは言う。平然と。

「あいつとは知り合いだからな」

「強いと知っているなら、どうして……」

「……ちょっとは私怨も混じってるかもな。今回の件とは関係無ぇ、元いた世界での」

「え……?」

 予想していなかった言葉に、エフェルリシアは困惑の声を漏らした。ニクスの瞳には、烈しい怒りが灯っている。しかし、声は平静そのものだ。

「まあ、それを抜きにしても……戦わねぇと、俺の気が済まねぇんだ。あいつは、魔術を使って子供をさらい、魔物をけしかけ殺させた。ただ、嗤って愉しむために」

 殺しに行くと決めた。これ以上、赤毛の男による被害を出さないために。

「だからって、危険すぎます」

「誘いに乗らなかったら、腹いせに被害を拡大させるだろうぜ。そっちの方が危険だ。あいつは、何しでかすか分からねぇ奴だしな」

「そんな……でも……」

 エフェルリシアの声は、怯えたように震えていた。見えた未来の映像は、悲惨な末路を辿る2人と、勝ち誇ったように笑う赤毛の男。2人を行かせてはならないと思った。

「……エイトさん、お願い。私の占いを信じて、行かないで。ニクスさんを止めて」

「ごめん無理」

 鋭斗は苦笑して言う。

「だって、俺も腹立つし」

 赤毛の男のしたことが、やり方が、許せない。我慢ならない。

 同じ「異世界人」として、非常に気に食わない。

「何でエイトさんまで? それって、そこまで命を懸けること?」

「そう言われてもな……今更というか……」

 上手く言葉にできず、鋭斗は困ったように笑った。

 行くと決めたら、行くのだ。無茶だろうと、無謀だろうと。たとえ占われた未来が、死を示していたとしても。それがニクスの道であり、鋭斗はその道を征きたいと望んだ。

 エフェルリシアは呆れたように溜息を吐いた後、嘆くように呟く。

「ミエリとメルシャに何て言えば良いの……」

 鋭斗とニクスは顔を見合わせた。そして、同時に言う。

「別に何も」

「……?」

 エフェルリシアは、理解できないという顔をする。それに対し、ニクスは笑って言った。

「死ぬと決まった訳でもねぇのに、何言ってんだ。普通に生きて帰って来れば、この件がバレることも無ぇ。……バラすなよ?」

「いやあの、もしもの場合をですね?」

「俺が止めても聞かねぇ奴だって、メルシャは知ってる。もしもの場合でも、エフェルリシアが責められることは無ぇから、心配無用だ」

「美恵莉も分かってるから大丈夫」

 ニクスと鋭斗の言い分を聞き、エフェルリシアは盛大に嘆息したのであった。






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