4章(3) 抵抗
「…………何故、異世界人だと思った?」
声の主は姿を現さぬままに、メルシャに問うた。
「さっきの呪文、メルシャは知っているんだよ。転移魔術だよね」
「何と。知っているとは驚きだ」
そう言って、姿を現したのは、鮮烈な赤い髪の男だった。
「……! あなたは、エフェルリシアに迷惑をかけていた人!」
「心外な」
赤毛の男は軽薄な笑みを浮かべる。
「俺様は、ちょっと遊んでいただけだ」
「ここは、どこなの? メルシャをさらってどうするつもりなの?」
「立場をわきまえろよ、小娘。誰が質問して良いと言った?」
赤毛の男の言葉と共に、伏せていた魔物が立ち上がる。大きな犬のような姿だ。ゆっくりと上げた前足を、メルシャに伸ばす。
「っ!」
ざっと後ろに跳び退り、メルシャは魔物を睨みつけた。
「ふうん、意外と動きが良いな」
赤毛の男が呟いた。その瞬間、魔物の動きが速くなる。
「その調子で、逃げまどって抵抗してみろ」
他の魔物も動き出し、メルシャを壁際へ追い立てた。
(この異世界人、魔物を操っているの……?)
メルシャはギリギリで避け続けていたが、背中に壁が当たって動きが止まった瞬間、脚に噛みつかれた。
声にならない悲鳴を上げながら、うずくまる。魔物は追撃してこない。
中級回復魔法を使いながら、突破口を探した。
無い。
立ちふさがる魔物たちは、追い詰めた獲物を眺めている。
「なるほど、魔導師見習いなのか」
赤毛の男の思案気な声。魔物たちが後退し、メルシャと距離を取る。
メルシャは走った。魔物から逃れようと。壁際から遠ざかろうと。
勘で転がった。先ほどまで腕のあった場所を、魔物の触手が通り過ぎていく。
次が来る。直感に従い立ち上がろうとしたが、一瞬遅かった。
「……っ、あ」
左肩を抉られた。思わず動きが止まる。やられるかと思ったが、魔物は追撃してこなかった。
完全に、遊ばれている。
すぐに中級回復魔法で治したが、視界が霞んだ。頭が割れそうに痛い。座り込んだまま、荒い息を吐く。
「期待外れか。さっさと殺して次だな。……嫌ならもっと抵抗してみせろ。さあ、どうする?」
赤毛の男はそう言って、下卑た笑みを浮かべた。
(……抵抗していれば、殺されないの? ううん。抵抗し続けても、最後には……)
中級魔法はこれ以上使えない。避け続けるのも難しい。魔物も倒せそうにない。
抵抗しようとしまいと、待つのは死のみだ。
ぼんやりと魔物を見上げた。色々な姿の魔物が、襲い掛かる時を待っている。牙の、爪の、触手の、針の、棘の、液体の、餌食にしようと待っている。
ふつふつと、怒りが湧き上がった。
どうしてこんな目に遭わないといけないのか。どうしてこんなやつに、遊び道具にされなければいけないのか。
理不尽だ。
「こんな所で終われない……」
言いながら、ゆらりと立ち上がる。体の奥底が熱い。
「メルシャは、お父さんみたいな魔導師になるんだから!」
こんな奴に、殺されてたまるか。
全力で抗う覚悟を決め、ネックレスの石を握りしめた。
「そうかそうか。じゃあ足掻いて見せな、お嬢ちゃん」
赤毛の男が言った。嘲るような笑みを浮かべて。
「負けない……絶対、負けないッ!」
キッと前を見据える。頭が冴えわたっていく。
世界から、音が消えた。
世界から、色が消えた。
初めての感覚だった。「敵を倒す」、それ以外のことが全て抜け落ちていく。思考も、感情も。
赤毛の男の視界から、メルシャの姿がかき消えた。
動き出す魔物たち。上から雷弾が降り注ぐ。
「上だと⁉」
驚いて見上げた赤毛の男は、メルシャを見て息を呑んだ。
メルシャは、浮いていた。羽でも生えているかのように、空にふわりと浮かんでいる。
補助魔法「浮遊」。まだ研究段階で、魔法書が作られていない魔法だ。
魔物は大きく跳び上がり、あるいは飛んでメルシャを狙う。メルシャはラトゥール剣を出した。
「そんなもので……」
言いかけた赤毛の男が、目を見張る。
ラトゥール剣は、バチバチと音を立てていた。まとわれた雷電によって。
「まさかA国の⁉」
赤毛の男は混乱した。A国の魔法付与。騎士団で何年か修練して身につけるもののはずだ。それを何故、C国の少女が使える?
雷電は盾のように広がり、迫る魔物をことごとく墜としていく。
メルシャは唐突に浮遊を解除した。下にいた魔物が雷電の餌食になる。それには目もくれず、ラトゥール剣を手放して、後ろに跳んだ。
再びラトゥール剣を出し、後ろに振り抜く。こっそり後ろに回り込んでいた魔物が、燃え上がって消滅した。剣など届かない距離だったというのに。
ラトゥール剣から、炎が大きく伸びていた。
「これは……とんでもないのを標的にしてしまったな」
赤毛の男は呆れたように呟いた。メルシャの瞳は異様な輝きを宿している。虚ろなのに力強く、何も映していないようで全てが見えているかのような、超然とした眼光。小さく可愛い少女には不釣り合いな迫力。
魔物が次々消えていく。魔法付与に耐え切れず、ラトゥール剣が砕け散った。その時には既にもう1本出している。
「あーあ。仕方ない、帰ろ」
赤毛の男は、つまらなさそうな、飽きたような声で呟いた。それから呪文を唱え、その場から去った。
残された魔物は好き勝手にメルシャを襲うが、片っ端から消されていく。
そうして全ての魔物を倒したメルシャは、糸が切れたように倒れた。




