4章(2) 現在地が分からない2
鋭斗は言われた通り、手がかりを探すことにした。
とはいえ、鋭斗はこの世界についての知識に乏しい。見つけられるか、見落とさないか、不安だった。
小屋には個室が2つあり、それぞれの部屋に1つずつベッドが置いてある。
暖炉のある大部屋には、調理場があった。水道は通っていない。トイレも無い。「ここで用を足せ」とばかりに、仕切り付きの小さな土間がある。ランプは魔道具のようだ。暖炉の明かりだけでは見えづらいので、ランプをつけた。棚には非常食のようなものが置いてある。
もう一度、個室を見る。ベッドの下に収納スペースを見つけた。そこには地図があった。これは手がかりになりそうだ。鋭斗は地図を持って大部屋に戻った。
ニクスはまだ眠っている。鋭斗は隣に座って、地図を広げた。知らない地名だらけだ。山の名前も書いてあるが、現在地を示す表示は無い。
分からないな、と思いながら、鋭斗は地図を眺め続けた。
「……それ、A国の地図だな」
「うわっ、びっくりした」
いつの間にかニクスが起きて、地図を覗き込んでいた。
「ここがA国なら、この山は、これか、これだ」
ニクスは標高が高い山を指さした。その2つは距離が離れている。
「山の地図は、さすがに無かったか」
確認され、鋭斗は頷いた。
「とりあえず、下りなきゃならねぇな。結構下りたから、もうすぐだとは思うんだが」
ニクスは呟きながら窓を見た。日はどっぷり沈み、外の様子が見えない。今日はここで泊まることになる。
「なるべく早く、C国に戻った方が良いだろうな。明日は頑張って現在地把握しようぜ」
「あ、そうか。この罠は、何か良からぬことをするのを俺たちに邪魔されないようにするため?」
「そう考えてる。そうじゃなければ、ただの嫌がらせだ」
罠を張ったのはエフェルリシアではない。エフェルリシアを脅した者か、その協力者と考えるのが妥当だろう。
「やっぱり、エフェルリシアの言ってた神の使い様って、教主で確定か」
「そうとしか思えねぇ。……F国にも、オスク洞窟みてぇな場所があるってことか」
「そういうことだよな……」
2人で溜息を吐く。
「腹減ったな」
「あっちに非常食が」
鋭斗はすかさず言った。
2人で非常食が置かれている棚を見に行く。賞味期限などは書かれていない。鋭斗はその非常食を食べる気にはなれなかった。お腹は空いていたが、それ以上に喉が渇いている。ニクスは非常食の封を開け、齧ってみた。
「これは、あれだな……エイトは食べない方がいいやつだ」
「何それ」
「一言で言うと、吐きそうなほど不味い」
A国で普及している非常食の中でも、とびきり不味いものだ。栄養、腹持ち、保存期間を優先しすぎた結果、味が最低になったらしい。
顔をしかめながらも、ニクスは開封した分の非常食を食べ切った。
「ちょっと外出てくる」
「え、今から?」
鋭斗は困惑した。外は真っ暗で、魔物もいるのだ。
「エイトも腹減ってるだろ? 何か狩ってくるぜ」
「いやいやお気遣いなく」
「俺も口直しがしたいんだ」
そう言って笑いながら、ニクスは小屋から出ていく。鋭斗は呆気に取られて見送った。
しばらくして帰ってきたニクスは、手ぶらだった。すたすたと調理場へ行き呪文を唱えると、調理台の上に一口大の肉が積み上がる。外でさばいた肉を異空間に収納していたのだ。肉の隣には塩の入った瓶もある。
「塩ふって焼こうぜ」
「何で塩があるんだ」
「塩は常に持っておくものだろ」
ニクスはしれっと言って、調理場のコンロのような魔道具に火を点けた。
鋭斗は言われた通り、肉に塩をふり、調理場に置いてあるトングで挟んで焼いた。食べてみると、それなりに美味しい。何の肉かは分からないし、硬いが、味は良い。「水が飲みたいなぁ」と思いながらも、夢中で食べた。
ニクスは肉を何切れか食べた後、調理場の収納スペースをごそごそあさって、外に出て行った。少しして戻り、鋭斗の前にトンとコップを置く。中には水が入っていた。
「え、どこで…………まさか、雪⁉」
「その通り」
「ありがとう! 何から何まで本当助かる!」
鋭斗は水をごくごく飲んで、また肉を食べた。
翌日、日がすっかり昇ってから、鋭斗とニクスは小屋を出ることにした。
「魔物に囲まれてるな」
そう呟いて、ニクスは立ち上がった。鋭斗も立ち、2人は小屋のドアに近付く。
「俺は右から片付ける。エイトは」
「左からだな。了解」
ドアを開けて、同時に飛び出す。魔物が待ってましたとばかりに迫った。
風刃が、雷弾が、氷槍が、魔物たちへと殺到する。たちまちその場の魔物が消滅、静寂が戻った。
びゅう、と風が吹き抜けて、鋭斗は寒さに身をすくませる。だが、この山に飛ばされた時ほどではない。C国よりちょっと寒いくらいだろうか。本当に、随分と下りてきているようだ。
ニクスは山道を探し始めた。山小屋の近くには山道があるものだ。小屋に来た時はそれどころではなかったので、山道など確認していなかった。
「……お、あった。行こうぜ」
「おー」
雪に埋もれた山道を、2人は横並びで下った。
その頃、C国。
「おはよー、メルシャ」
「おはよう」
美恵莉とメルシャは寮の廊下で挨拶を交わし、共に図書館へ向かう。
「今日は公園にフィノーラさん来たんだけどね、今度はニクスさんが来なかったんだよ。どう思う?」
「えっと……ニクスお兄ちゃんの場合は、また危ないことをしているのかも」
「そっかー。エフェルに占ってもらいに行く?」
「缶詰めを回避できたからって、遊んでばかりなのは良くないと思うな。魔法の勉強もしないと」
「やってるよ? メルシャが研究室行ってた時に」
「……あ、そういえば。それで思い出したんだけれど、お母さんに買い物を頼まれていたの。ちょっとショッピングモールに行ってくるね」
「じゃあ私も」
「ミエリは勉強」
「もー、分かったよ」
美恵莉は不満そうに言いながら、1人で図書館に行った。
メルシャはショッピングモールへと歩く。人通りはほとんど無く、聞こえるのは鳥のさえずりと自分の足音だけ。穏やかな日差しを浴びながら、のんびりとした空気を楽しんでいた。
ふと、他の足音が混ざって聞こえた。前から人が歩いてくるような足音。しかし、前に、人はいない。周りを見ても、誰もいない。
不審に思っていると、足音がすぐそばまで近付いた。そして、耳元で声がした。
その声が聞こえた瞬間、景色が変わった。
黒い土の地面。灰色の石壁に囲まれているが、端から端まで走って20秒はかかりそうなほど広い。
目の前には、魔物が複数。至近距離だというのに大人しく、じっとしている。まるで、誰かの命令を待っているかのように。
メルシャは魔物たちに慄きつつも、冷静であった。
ここがどこかは分からない。しかし、何をされたかは分かる。
「つまらん。魔物が目の前に現れたら、もっと驚くものじゃないか?」
声が響いた。先ほど耳元で聞こえた声と同じだ。
メルシャは、強い口調で言ってみた。
「姿を見せろ、異世界人!」




