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4章(1) 現在地が分からない1

「…………これは」

 ニクスが、悔しそうに口を開く。

「店にいる間に、罠をかけられてたな。転移……いや、空間繋ぎか? くそ、冷凍庫より寒いな」

 雪が陽光を反射し、真っ白に輝いている。雪山に耐えられるような装備をしていれば、この絶景を楽しめたのだろう。だが、そんな余裕を持つには、あまりに軽装であった。

「な、なんか、冷凍庫に、入ったことある、みたいな、言い方だな」

 鋭斗は震えながら言った。歯の根が合わずガチガチと鳴っている。空気は身を切るように冷たく、息をするのが億劫だ。

「ああ、ちょっとヘマして冷凍庫に閉じ込められたことがあるんだ」

 何年か前のことである。反社会組織の幹部を尾行していたら、食品倉庫の冷凍室に閉じ込められてしまったのだ。後で様子を見に来た組織の下っ端たちをぶん殴って脱出したが。

「エイト、歩けるか」

「まあ、うん。……転移、魔術は?」

「現在地が分からなきゃ使えねぇんだ」

 ここはどうやら、山の頂上のようだ。かなり高いようで、空気が薄い。C国には、こんな雪山は無いはずだ。どこなのか、全く見当がつかない。

「暖を取れる場所を探すしかねぇ」

 そう言った時、雪が降ってきた。みるみるうちに激しさを増し、吹雪となる。ニクスは鋭斗の手を取って、山を下り始めた。

 2人は、この雪山に飛ばされた直後から、考えていた。占われた未来は、まだ変わっていない、と。本当に凍死しかねない場所に放り込まれてしまった、と。

 魔法で暖を取ることは出来ないが、中級回復魔法「体力回復」を使うことで、低体温症になることを防げる。ただ、連続して使用すると、だんだん効果が弱まる。体力回復が効くうちに、小屋などの建物にたどり着けることが理想だ。

 雪に足を取られながら、なんとか進んでいく。手を繋いでいると歩きにくいが、離せばはぐれる危険がある。ロープ等があれば良かったのだが、無いものは仕方がない。

「っ!」

 鋭斗の足元が、突然崩れた。滑落。2人は同時に防御魔法を展開し、落下の衝撃を弱める。止まった地点で回復魔法をかけ、一息ついた。

「……滑落で死ぬって可能性もあるか」

 先ほどまでいた場所を見上げて、鋭斗は呟いた。寒さはあまり感じなくなっている。

「俺がいる以上、それは無ぇ」

 ニクスはこともなげに言った。

 その後も、時々滑落しながら、2人は歩いた。

 どれくらい経っただろうか。吹雪はおさまらず、体力は削られる一方。体力回復も効かなくなってきた。

 鋭斗は膝をついた。体を動かせない。何だか頭が働かない。

「……? 歩けなくなったか?」

 ニクスの問いに頷いて、鋭斗は言う。どこかで見たか聞いたかした、この場面にぴったりと思われる言葉を。

「俺は置いていけ。このままだと、共倒れになる」

「そんなセリフを吐くな。そういう話の登場人物より、俺はずっと頑丈だ」

 そう言って、ニクスは鋭斗を肩に担いだ。そして、また歩き出す。

 ニクスはずっと、魔物の気配を探りながら歩いていた。暖を取れるような場所、つまり小屋などの周りには、魔物が集まりやすい。雪山の特徴のひとつである。その特徴を利用して、暖を取れる場所を探しているのだ。

「エイト、大丈夫か」

「平気。ニクスこそ」

「舐めるな、余裕だぜ」

 軽い調子で答えたニクスだが、内心、酷く焦っていた。未だに魔物の気配を捉えられずにいる。

 ニクスは歩きながら、何度も鋭斗に「大丈夫か」と声をかけた。

 鋭斗は、「ああ」「うん」「大丈夫」などと返事をしていたが、だんだん朦朧としてきた。何度目かの確認の際、返事の代わりに小さく身じろぎした。

「おい、エイト?」

「……ん……」

 ろくに反応が返ってこない。ニクスは焦りと共に言い募る。

「エイト! しっかりしろ!」

「…………」

 鋭斗は返事をしたつもりだったが、声になっていなかった。まどろみの中に、意識が沈んでいく。


 ニクスは、鋭斗が反応してくれないので、頭を切り替えた。こうなる前に暖を取るべきだったのだが、まだ手はある。

(とにかく小屋か何か見つけて、入って、魔術を使う)

 魔術なら、体を内側から温めることが出来る。体温を上げることが出来る。ただ、その魔術の使い方を、魔術書の内容を、なかなか思い出せない。

 この辺りにも、魔物の気配は無い。吹雪は弱まってきて、積もった雪がなめらかな斜面を作っている。

(急がねぇと)

 ふとした思い付きのままに、足元に防御障壁を小さく展開。スノーボードのように滑り出した。重心移動で左右に曲がり、障害物を避けていく。

 前方に魔物の群れを察知。障壁を消し、そこへ向かった。

 思った通り、魔物に囲まれた小屋がある。

 魔物たちは人間が来たのに気付き、一斉に襲い掛かろうとした。

「邪魔だ!」

 紫電が爆ぜて、魔物を穿つ。尚も地を這う雷が、目につく魔物を一掃した。

 ニクスは小屋へと走り、ドアノブを回した。鍵はかかっていない。中は無人だ。

 部屋の隅に暖炉があり、その正面にソファーが置かれている。ニクスはソファーに鋭斗を横たえた。

 暖炉に火を入れながら、目的の魔術を思い出そうとする。

(読んだことは、あるはずだ)

 流し読み程度だったが、記憶に残っているはずだ。

 暖炉で火が燃え盛り、暖かな光が周りを照らす。ニクスはまだ思い出せずにいた。

 鋭斗はまだ生きているが、息をしておらず、脈も無い。このままでは、本当に死んでしまう。

(……余計なこと考えるな。集中しろ!)

 彼方の記憶を手繰り寄せ、何とか少し思い出す。そこからは速かった。目的の魔術書の内容が、頭の中を駆け巡る。絡んだ糸がほどけるように、するする出てくる。

 ニクスは鋭斗の胸に手をのせ、魔力を送り込みながら呪文を唱えた。

「アルトム・コルプス・カリドルーメン」

 ついでに上級回復魔法もかけると、鋭斗の心臓は動き始め、呼吸も戻った。

(これで大丈夫だな)

 安堵して立ち上がると、くらりと視界が揺れた。思ったよりも消耗していたようだ。部屋を見渡すと、床に固定された椅子がある。暖炉から離れた位置だが、そこで休むことにした。



 鋭斗が目を開けると、木製の天井が見えた。日が暮れて薄暗いのに、垂れ下がったランプには明かりが灯っていない。だが、視界の左端だけがやけに明るかった。

 左を見て、その明るさの正体が暖炉の炎だと分かった。道理で暖かい訳だ。

(……この暖炉、何で燃えてるんだ?)

 薪でも石炭でもない。よく分からない物が、妙な燃え方をしている。魔道具だろうか。

 身を起こしてぼんやりと、どうでもいいことを考えながら部屋を眺めていた鋭斗は、ニクスを見てハッとした。

(そうだ俺……ニクスに担いでもらって、それで……)

 その後の記憶が無い。気を失っていたのだろう。死にかけていたのかもしれない。

 助けてもらった礼を言おうと思い、暖炉から離れると、寒かった。暖かいのは暖炉の正面だけだ。それでも外よりはマシである。

 ニクスは椅子で眠っている。そのそばへ行くと、冷気を感じた。それほどまでに、ニクスの体は冷え切っているのだ。


 鋭斗が声をかけようとした時、ニクスはぱちりと目を開け、ばっと窓に目を向けた。

 窓の外には、魔物。この小屋をじっと見つめ、中の人間が出てくるのを待っている。

「2体ほどだな。とりあえず、倒すか」

 ニクスは呟き、立ち上がろうとした。だが、椅子から体を浮かせると、前に倒れそうになった。

「っ⁉」

「ニクス⁉」

 鋭斗は慌てた声をあげる。

 ニクスは呆然としてしまった。自分の身に何が起きているのか分からなかった。

「ニクス、とりあえず暖炉の前に」

「あ、ああ……」

「ごめん、俺が暖炉を占領してたから……」

 鋭斗はニクスに肩を貸し、暖炉の前へ歩く。すっかり元気な鋭斗とは対照的に、ニクスは一歩進むだけで息が上がっている。

「いや、エイトは何も……」

「俺、寝てただけで何もしてないし……めちゃくちゃ足引っ張った!」

「そんなことは……」

「本当にごめん!」

 鋭斗は、礼を言おうとしていたことをすっかり忘れていた。ニクスの状態を見て、言いようのない焦燥感が頭を埋めてしまったのだ。後はもう、ほぼパニックだ。

 こんなに冷えた状態で長時間過ごせば、いくらニクスといえども体調が悪くなるだろう。体のつくりが違うので、具体的なことは分からない。それでも、自力で歩けないほどとは、尋常ではない。

 ニクスは困ったように笑う。

「落ち着けエイト。俺は大丈夫だ」

 暖炉の前に着き、ソファーに座って嘆息する。横に立つ鋭斗を見上げると、申し訳なさそうに見返された。

「お互い様ってことになっただろ? そんなに謝られると、俺の方が謝らなきゃいけなくなるぜ。だから、気にするな」

 鋭斗は不安そうに頷く。それを見たニクスは、

「じゃあ俺、ここで寝るから……何か、現在地の手がかり探しといてくれ」

 と言って、パタンとソファーに倒れ込んだ。



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