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3章(5) 悪夢へ繋がる過去

「下がれフィノーラ!」

 己の直感に従い、スパイルは叫んだ。直後、溶け消えた魔物が、再び姿を現す。

 より大きく、凶悪な見た目となって。数は減ったように見えるが、未だ数えきれないほど多い。

「……っ」

 フィノーラは、言葉に反応して跳び退った。体すれすれの位置を、魔物の爪が駆け抜けていく。魔物に近付かれたのが、全く見えなかった。速すぎる。

 魔物たちは、スパイルを完全に無視することに決めた。数体はフィノーラを狙い、残りは一斉に灰緑色の光へ跳ぶ。そこにいる、人々のもとへ。

「させるかぁ!」

 スパイルはフィノーラと人々の周囲に防御魔法を展開。ここでは使えないはずの上級魔法である。

 魔物たちは、防御魔法にぶち当たり、それを削ろうと攻撃を加える。

 その間に、スパイルは呪文を唱えた。


「砕けろ毀れろ塵となれ、岸壁の……中略! 弾け飛べ!」


 フィノーラは、スパイルのしていることの意味が分からなかった。

 何故、上級魔法が使えるのか。何故、最上級魔法を使おうとしているのか。

(中略……⁉)

 呪文の途中を省略しては、必要な量の魔力を込められない。そもそも、こんなに魔力が薄いのに、最上級魔法を使える訳が無い。

 それなのに、呪文が結ばれた途端、魔物たちが次から次へと消えていく。内側から弾けるように。紫色の煙を出しながら。


「ふぅ、これでしばらくは安全だな」

 何事も無かったかのように言うスパイル。フィノーラは無言でスパイルを見つめた。疑問が多すぎて言葉にならない。

「あー、これはまぁ……ここの魔力なら省略してもいけそうだと思ってな。ちょっと変な感じになったけど、倒せたから良し!」

 スパイルは言い切った。尚も怪訝そうな顔をしているフィノーラを見て、ニヤリと笑う。

「言ったろ? オレの前では誰も死なせねぇって。そのためなら、何だって出来るぜ」

 フィノーラは呆気にとられた。理屈が無茶苦茶だ。

「それはそうと、ここはどこだ? 何か知ってるか?」

 スパイルは強引に話を変えた。フィノーラは首を横に振る。

「そうか。……何か、冥府の景色に似てるな」

「……?」

 フィノーラは、冥府という言葉を聞いたことが無かった。

「A国の宗教では、死者の魂は冥府にいくとされてるんだ。その冥府の絵に似てるなって……いや、オレら死んでねぇからな? 宗教上そういうことになってるってだけで、デタラメだから」

「根拠は? ……私は、E国出身だから、死後の世界を信じて育った。ここがそうだと言われたら納得できる。私たちが死んでいないという根拠は、ある?」

「ある。けど言えねぇ」

 根拠は、ニクスに聞いた話だ。この世界の人の魂は、死ねば消えるという、事実。

 状況はさっぱり分からないが、異質な魔力があることから、異世界絡みの何かだろう。それなら、ニクスと鋭斗がどうにかするはずだ。

「とにかくオレは、魔物が出たら倒す」

「……ニクスから、スパイルは病み上がりだからあまり無理させられないと聞いた。私にも手伝わせて」

「あいつ余計なことを……。……それじゃあ、雑魚は任せた」

「了解」




 エフェルリシアは店の奥から出て、鋭斗とニクスの前に立った。

「これを、こうして……」

 呟きながら、紐をかけていく。

 不思議な結び方で繋げられ長くなっている紐だ。黒と白の2色の紐が交互に結ばれている。それを、鋭斗の肩にかけ、腕と腰を巻き、ニクスにも同様にした後、床に円を描くように置いた。

 紐をかけ終えたエフェルリシアは、鋭斗とニクスの後ろに立ち、深呼吸する。

「……目を閉じてください。良いですか?」

「ああ」

「はい」

「では、いきます」

 言葉の後、エフェルリシアは柏手を打った。


 パァンと音が響き、空気が変わる。鋭斗が目を開けると、そこは冥府だった。




 ニクスは夜の戦場を駆けていた。群がってくる魔物を斬り伏せながら、片割れのもとへ急いでいた。

 一緒に戦っていたのに、逆方向に吹き飛ばされて、離れてしまったのだ。

 レーリャの戦う手段は、ニクスと違って魔術だけだ。戦場ではいつも、ニクスが剣を振るい、レーリャが魔術を使って、敵を倒していた。

 魔物を強化する魔術の気配が、むせ返るほど強く、広範囲に渡っている。魔物たちが行く手を阻み、ニクスはなかなか進めなかった。

 焦りの中、ニクスの体を、何かが突き抜けたような痛みが走った。同時に、レーリャが魔物に刺されるイメージが頭をよぎった。それは一瞬で、すぐ消えた。

『レーリャ!』

 ニクスがレーリャのもとにたどり着いた時、レーリャは周りの魔物に魔術で抵抗していた。

 レーリャの周りには、ほとんど魔物が残っていない。それだけ見ると、優勢なようだった。

 ニクスが残りの魔物を斬り倒すと、レーリャは力尽きたようにくずおれた。虚ろな目で、浅い呼吸を繰り返している。

 それを抱きとめたニクスは、レーリャの背に触れ、血濡れた感触に息を呑んだ。その傷は、思っていたよりずっと深いようだった。それでも、寝れば治るはずだ。レーリャはニクスよりも、ずっと魔力量が多い。魔術を使っても、命を繋ぐのに必要な魔力量は保たれているはずだ。ニクスは改めてレーリャを見て、

『嘘、だろ……』

 魔力がほとんど底をついていると分かってしまった。レーリャはもう助からないと、分かってしまった。

 腕の中で、急速に温もりが失われていくのを感じながら、ニクスは混乱しつつある頭を働かせようとした。信じられない、信じたくない現状と、向き合おうとした。

『レーリャ……ごめん、俺が……俺のせいで……!』

『……兄様、違うの……謝るのは、私の……』

 魔力が無いとテレパシーは使えない。レーリャは細い声で、どうにか言葉を紡ごうとする。だが、なかなか声にならなかった。

『魔力……温存…………られ……』

『……? レーリャ……何て、言ったんだ……?』

『…………』

 何とかレーリャの声を聞き取ろうとしていたニクスが、聞き返した時、レーリャはもう息をしていなかった。そのまま訪れる、死。

 ニクスは、氷を飲み込んだように体の芯が冷たくなるのを感じた。

 体を痛みが襲う。内側から引き裂かれるような、強烈な痛みが。

『う……ぅああああああああああああああああ!』

 自分のものとは思えないような絶叫が、喉から迸った。

 ここは戦場。冷静さを欠くべきではない。誰が死のうと、感情を揺さぶられるのは後にしろ。

 そう、自分に言い聞かせようとしても、思考が潰れてぐちゃぐちゃになる。体の中で荒れ狂う、冷たい痛みで。

 痛い。苦しい。

 これが感情のせいなのか、双子ゆえの何かなのか、或いはその両方か。分からない。考えられない。

『あああ……う……げほっ、……はぁ、はぁっ……』

 視界の隅に魔物の姿が過ぎる。反射的に顔を上げると、すぐそばに魔物がいた。いつの間にか寄って来ていたのだ。

 今死ねば、きっと、レーリャと一緒に死後の世界へ行ける。そんな思いが湧き上がった。それで良いような気がした。

 レーリャを抱えてへたり込んだまま、ぼんやりと魔物を見る。動けない。動く気力など、無い。

 魔物の動きが、迫る攻撃が、酷くゆっくりと見えた。そのまま攻撃を食らうはずだった。その、つもりだったのに。

 無意識に、避けていた。

 対立していた思考と感情。その両方が、体に望む。

 魔物と戦え。魔物と戦え。戦え。戦え。戦え!

 それ以外、考えられなくなった。レーリャの存在が、頭から消えた。


 ――消えかけて、消えなかった。


(違う、俺は……そう、違うんだ)

 消してはならないと思った。全く違うどこかから、思考が入り込んだ気がした。

(……俺は、エイトを待たせてる)

 一際冷静な思考が、頭に滑り込んだ。そこから逆流するように、記憶が頭を駆け巡る。

 目の前の光景が、ひび割れ、砕け散った。





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