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3章(4) 騎士

 ◇


 スパイルが騎士団に入ったのは14歳の時だ。

 騎士団には、14歳以上のA国男子なら誰でも入れた。だが、誰でも魔物と戦いに行ける訳ではない。騎士見習いとしての訓練と教育を経て、試験に合格して初めて正式な騎士となり、魔物を討伐する小隊に所属させてもらえる。小隊1つにつき20人程度の騎士が所属する。

 スパイルにとって、訓練はあまりに退屈だった。剣技も魔法付与も、同期どころか全ての騎士見習いを大きく上回っていたのだ。ただ1人、同期のテッドを除いては。

 テッドは剣技において、スパイルと互角だった。2人は良きライバルで、いつの間にか親友になっていた。



 スパイルもテッドも、16歳で騎士となり、同じ小隊に配属された。

 仕事はつまらなかった。数人ずつ分かれて見回りに出て魔物と遭遇すれば、先輩が先んじて倒す。魔物が現れたと報告が入れば、隊の皆で出動し、先輩たちがあっさり倒す。新米の騎士に出番はなかった。

 この頃から、スパイルは魔導師への憧れを募らせた。自由に討伐したい。自由に力を振るいたい。そんな思いがあった。

 だが、憧れるだけだった。今の生活を捨ててまで、魔導師になろうとは思わなかった。テッドと剣を合わせる日々を、捨てたくなかった。



 スパイルが17歳になって間もないある日、所属する小隊詰所の近くの村で魔物が現れたと報告が入った。

「またか。最近多いな」

 テッドは溜息混じりにそう呟き、気の持ちようが悪いと先輩に注意されていたが、スパイルも同じ気持ちだった。その村では、最近、魔物の発生頻度が上がっていた。

 スパイルもテッドも、「どうせまた先輩が瞬殺するんだろう、つまらないな」と思いながら出動した。

 列車の走っていない場所を移動する際、騎士は馬に乗る。一般人は馬車だ。スパイルは「C国の一部では自動車で移動する」と母親から聞いていたので、馬に乗りながらいつも「自動車を輸入したら良いやんけ。何で未だにこんなん使っとんや」と心の中で毒づいていた。ろくに戦わせてもらえない不満と苛立ちが、A国の色々なことに向いていたのだ。聞きかじったC国の事情とA国の実情を照らし合わせては、「A国は遅れてる。C国を見習え」などと思っていた。

 この時のスパイルは、知らなかった。戦わせてもらえないなどと不満を抱けるうちは、まだ幸せだったのだと。


 隊が村に着いた時、村は酷い有様だった。家屋は全て倒壊し、巨大な魔物が村人を貪り喰っている。魔物は騎士たちに気付いていない。

「何、だ、あれ……」

 声を発したのは隊長だった。他の騎士は皆、絶句していた。

 一見するとタコのような姿の魔物だ。だが、違う。足が20本以上あり、吸盤の代わりに鋭い棘が付いている。頭の位置は2階建ての家の屋根を超えており、足の長さは家10軒にも渡る。こんな大きさの魔物は、隊の誰も見たことが無かった。

 スパイルもテッドも、撤退するのだと思った。村は既に滅びており、村人は誰も生きていないだろう。小隊で戦う理由が無い。一時撤退して、中隊や大隊に応援を要請するのがセオリーだ。

 だが、隊長は言った。

「……交戦準備!」

「はぁ⁉」

 思わず声を上げたスパイルを、先輩たちは睨んだ。そして、口々に言う。

「村を滅ぼされて、大人しく引き下がれるものか!」

「我々は、選りすぐりの強者を集めた小隊だぞ? 定石など、無視して良い!」

「スパイルとテッドがいつも戦わずに済んでるのは、俺らが強いからだぞ? え、戦いたかったって? それはそれは。強すぎてごめんな?」

「お前も選ばれし騎士なのだから、今回はしっかり戦えよ」

 それらの言葉は、自信と誇りにあふれていた。中にはからかうようなものも混じっていたが。

 テッドは感化され、

「行こう、スパイル。俺たちならやれるさ」

 と言った。この言葉で、スパイルの心は決まった。

「……だな。やろうぜ」


 小隊の皆は馬から降り、村へ足を踏み入れた。2人か3人で1組になり、八方から魔物を囲む。スパイルとテッドは当然のように組んで、魔物の後ろに立った。


「攻撃開始!」


 隊長の号令で、騎士が一斉に動いた。剣に魔力をまとわせて、魔法と成して斬りかかる。

 スパイルとテッドの位置からは、他の騎士は見えなかった。だから、自分たちの戦いに集中することにした。

 魔物の足が浮き上がり、波打つように打ち付ける。

 それを容易く躱した2人は、横なぎに剣を振るった。バチリと爆ぜた電雷が、魔物の足を切り落とす。テッドが落とせたのは1本だが、スパイルは3本落とした。魔法付与の威力が、大きさが、魔力量が、全く違う。

「ヒュー。やっぱスパイルのは半端ないなぁ!」

「まあな!」

 そんなことを言いながら、2人で魔物の体に剣を突き立てようと、跳んだ。

 その瞬間。

 空が見えた。視界に捉えていたはずの魔物を見失い……体を、衝撃が襲った。

 地面に打ち付けられたと理解するのに、何秒か要した。

「ぐっ……テッド、無事か!」

「……ああ。何が起こった?」

 目の前には、魔物の足があった。先ほど切り落としたものよりも、ずっと太く、棘も多い。

 スパイルは身を起こしながら、咄嗟に剣を構えた。剣のまとった魔力が盾のように広がり、2人を一瞬で包み込む。その盾を、魔物の足が強打した。速い。

「ちっ、あんまり、もたねぇぞ! 早くなんとかしろ、テッド!」

「分かってる!」

 魔物の足から生えた棘が、盾に刺さってヒビを入れる。それに打撃が加わって、今にも壊れそうだった。

 本来は、自分1人を守るための技だ。それを強引に引き伸ばしたのだから、強度が落ちて当然である。

 テッドは体勢を立て直し、剣を盾の中心に向ける。その刃を冷気がまとった。

 バリンッ

 盾が砕けたと同時、テッドが剣を突き出した。それだけで、魔物の足が凍り付く。

「よし!」

 2人は同時に言って、飛び退った。その場所を、魔物の足が両脇から通り過ぎていく。

「足、増えてねぇか⁉」

「……増えてる! これが、行動の変化ってやつか!」

 強い魔物は、ある程度ダメージを受けると行動が変化する……そのことは、聞いていた。習っていた。だが、実際に見たことは無かった。

 2人は、とにかく魔物の足を攻撃することにした。足をどうにかしないことには、体に近付けないのだ。

 スパイルもテッドも、ほとんど勘だけで魔物の攻撃を受け流し、ついでのようにダメージを与えていく。

 魔物の足の動きは、速く、不規則で、強い。掠ることすら危険。しかも、太い棘まであるのだ。刺されば、確実に死ぬ。

 そんな状況にあって、2人は笑みを浮かべて戦っていた。

 息が上がってきても、動きは鈍らない。

 魔物の動きが更に変化し、一層速くなった。更には、地中から足が出てくるようになった。さすがに捌ききれなくて、跳ね飛ばされたり、棘が掠ったりした。傷だらけになった。骨も何本も折れた。

 それでも、動きは鈍らなかった。

 魔物の足が周囲に見当たらなくなった時、隊長が号令をかけた。

「トドメだァッ!」

 それに応じ、スパイルもテッドも、魔物の体に剣を突き立てた。他の騎士も、同じだった。一斉に魔法付与を使い、魔物が弾け飛んで消えたのを見て。

「うおおお!」

「勝った! 勝ったぞ!」

「倒したあああ!」

「ぃよっしゃああああ!」

 皆、喜びの声を上げた。

 スパイルもテッドも、先輩たちに便乗するように声を上げた。ほっとした。気が抜けた。突然、痛みが押し寄せた。全身を苛むその痛みで、意識を失った。



 スパイルはベッドの上で目を覚ました。どこだここ、と思いながら身を起こそうとして痛みに呻いていると。

「スパイル! 気が付いたか!」

 声をかけながら男が部屋に入ってきた。彼を見て、いや、見る前からスパイルは少しほっとしたような顔をしていた。

 一直線にスパイルの傍に来るその男の名はスペロウ。スパイルの次兄である。

「ロウ兄……。じゃあ、ここは中隊の詰所か」

「そうだ。安静にしてろよ? 傷は浅かったが、中が酷い」

 その言葉に従って、大人しく寝ころんだまま、スパイルは視線を動かした。いくつものベッドが並んでいるここは、負傷した騎士の治療に使われる部屋だ。他のベッドに、人はいない。

「え、もしかしてオレが一番重症だった?」

 笑いながら尋ねたスパイルを、スペロウは真剣な表情で見返した。

「……生き残ったのは、お前だけだ」

「…………は?」

 何を言われたのか分からなかった。理解するのを、頭が拒んだ。次兄は再び告げる。

「あの小隊で、お前だけが生き残った」

「……んな訳無いやろ。隊長も、皆も、声出して喜んどった。生きとった」

「方言は直せって言ってるだろ」

「どうでもええやろ、そんなこと! ちゃんと説明しろや!」

 スパイルは声を荒らげ、体の痛みに顔をしかめた。スペロウは努めて冷静に話す。

「所定の時間を超えても詰所へ戻らなかったから、オレの隊に連絡が来たんだ。だから、医療班を連れて駆けつけた。皆、気を失ってたが……確かに、まだ息はあった」

「だろ⁉ それが、何で!」

「傷が深すぎたんだ。連れ帰ったが、ほとんど全員、その日のうちに逝った」

「テッドは⁉ あいつは、そこまで酷い傷ちゃうかったやろ!」

「……血が、止まらなかった」

「はぁ⁉」

「普通なら、すぐに出血が止まる程度の傷だったのに……止まらなかった。オレだって助けたかったんだ。お前の親友なのは知ってたからな。……けど、どうやっても止まらなくて、そのまま……」

「……」

 悔しさの滲む次兄の声を、どこか遠くに感じた。頭がぼんやりとして、当たり散らす気も失せた。

「何で……何でオレだけ生き残ったんや……こんなんやったら、オレも、あのまま死ねばよかったのに」

「馬鹿を言うな、スパイル。そんなこと、言わないでくれ……」

 スペロウの声は、何かをこらえるように震えていた。スパイルは20秒ほどぼーっとしてから、失言をしたと気付いた。だが、謝る気にはなれなかった。

「……慰めになるかは分からないが」

 と前置きし、スペロウは話し始める。

「崩れた家の下に、生き残った村人がいた。その村人から、どんな戦いだったのか話を聞けたんだ。……小隊長の判断は、正しかった。応援要請しても、犠牲者を増やすだけだった」

「……」

「お前のいた小隊は、本当に、強い騎士を揃えた隊だったんだ。……優秀すぎて、訓練をサボりがちで、大人数の連携に向かない者たちが集められた隊だった。戦力としては、中隊に匹敵……いや、それ以上の、凄い隊だったんだぞ」

「……じゃあ、何で皆……」

 その先を、言葉にする気力が湧かなかった。スペロウは意図を汲み取り、辛そうな顔をする。

「オレも、中隊長になる前は、そういう、少数精鋭の小隊にいたんだ。でも、強い魔物との戦いで、3人しか生き残れなかった。そういうものなんだ」

「……回復魔法が使えたら、皆、助かったんかな」

 ぽつりと呟いたスパイルの口を、スペロウは慌てて塞いだ。そして小声で注意する

「こんなところで、C国の話はするな。誰に聞かれるか分かったものじゃない」

「……」



 数週間経って、復帰したスパイルは、小隊長になっていた。他の隊員を放ったらかして、がむしゃらに魔物を倒していった。

 隊員は皆、スパイルより年上だった。近くのいくつかの中隊から回された人員で、スパイルの下に就くのを快く思っていなかった。だから、ずっと詰所でサボっていた。嫌がらせのつもりだったが、スパイルにとっては都合が良かった。

 たまに重傷を負っては、「1人で戦うな」と次兄に怒られたが、スパイルはずっと1人で戦い続けた。



 そんな生活を続けて20歳になったスパイルは、夜遅く、馬でスペロウのもとを訪れた。スペロウは何事かと驚いて、詰所から出た。

「兄貴。オレは、C国に行くぜ」

「……本気か?」

「ああ。オレは隊長なんて向いてねぇ。騎士自体、向いてねぇと思ってた。……今に決めたことじゃねぇ。あの日。オレだけ生き残ったあの日、決めた。魔導師になるって。こっそり勉強してた」

「……魔導師になっても、集団戦をする機会があるだろう。お前、それを分かって言ってるか? 仲間が死ぬのが嫌だからって、逃げようとしてるだけなら無駄……」

 止めようとする次兄を遮り、スパイルは宣言する。

「死なせねぇ」

「何?」

「もう、誰も死なせねぇ。オレの前では、誰も!」

 スパイルはその言葉を、一笑に付されるだろうと思いながら口にしていた。綺麗事や夢物語の類だと、呆れられるかもしれないと思いながら声を絞り出していた。

 だが。

「分かった。上にはオレがうまく言っといてやる。行ってこい」

 そう口にする次兄は、どこか嬉しそうに笑っていた。


 ◇



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