3章(3) それぞれ
鋭斗とニクスは椅子に横並びに座って喋り出す。
「エフェルリシアの言ってた、神の使い様って、教主のことだったりするのかな」
「かもな。……もしそうだったら……F国の宗教はよく知らねぇけど、神がいないと知ってる奴が神の使いを演じてるって滑稽だな」
「……結局、占ってもらわなかったな」
「そうだな。冥府をぶっ壊した後で、占いについて聞いてみたいところだ」
「……」
「……」
沈黙が流れる。何気なくニクスを見た鋭斗は、不安になった。ニクスは難しい顔で考え込んでいる。状況が明らかになり、打開策も得たのに。懸念事項でもあるのだろうか。
「……ん?」
見られていることに気付いたニクスは、鋭斗を見返し、理解した。
「あー……」
深く溜息を吐き、苦笑を浮かべる。
「幻影に呑まれると……ってのが、どうもな。嫌な予感がするんだ」
心当たりがある。追体験するであろう過去が、思い当たる。それが、あの悪夢だけならば、大丈夫だと自信を持てるのだが。
「俺には、双子の妹がいたんだ。レーリャっていうんだけどな、その、レーリャが死んだ時の記憶が、完全に飛んでる」
「……」
「魔力量の多い双子って、特殊でな。テレパシー使えたり、互いの居場所が正確に分かったり……他にもまあ、色々あるんだ。だからこそ……何か、あったんだと思う」
「…………」
「喪ったのは間違い無ぇし、その前後の記憶もハッキリあるのにな……」
覚えていれば、その後の記憶と同様に、向き合って乗り越えられる。だが、覚えていないものはどうしようもない。
鋭斗は、何も言えなかった。どんな反応をすれば良いのか分からなかった。何か言おうとしてはやめ、口を開いては何も言わずに閉じ、を繰り返す。そして、恐る恐る言った。
「………………俺、1人で行こうか?」
その言葉に、ニクスはハッとした。
「悪ぃ、気を遣わせた」
鋭斗は慌てて首を横に振る。
「だって、そんな……その!」
まともに言葉が出ない鋭斗を見て、ニクスは笑った。ものすごく心配されているのが分かり、可笑しくなったのだ。同時に、申し訳なくなった。
「もう大丈夫だ、言葉吐き出したらスッキリした」
「でも……」
「これは良い機会なんだ。いつまでも思い出せねぇままってのは、どうかと思うしな」
「……」
「……妙なこと言って悪かった。そうだな……さっきの不安は、俺1人の場合だ」
ニクスは言葉を紡いでいく。自己暗示のようなものだ。
「エイトが先に行って待っててくれるなら、俺は、幻影なんかに呑まれたりしねぇ」
行かないという選択肢は、そもそも無かった。行かないと気が済まない。ここで投げ出すなど、ありえない。
「だから、俺が着くまで待ってろ」
「…………分かった」
鋭斗は、ほっとしながら言った。
その頃。
「……?」
フィノーラは、冥府を歩いていた。
薄暗い、湿った空間。壁など無いが、足元は洞窟に似ている。ごつごつした岩が点在し、あちこちで仄かな紫色の光が明滅していた。
その中に、一際明るい灰緑色の光がある。身長の倍ほど高い棒。フィノーラは、吸い寄せられるようにそこに向かっていた。
フィノーラが追体験したのは、村が燃えた日のことだ。
その日、巨大な鳥の姿の魔物が、フィノーラの住んでいた村を襲った。自警団の者たちは、手にそれぞれの武器を持ち、魔物に挑んだ。
E国はC国と比べて、魔物が少なく弱い。だから、C国の魔導師なら簡単に倒せるような魔物が相手でも、自警団は苦戦した。そして、その日現れた鳥の魔物には、全く敵わなかった。武器が届かない距離から、炎を吹いてくるのだ。対処のしようが無かった。
木が燃え、家が焼け落ち、村全体が炎に包まれた。
フィノーラの父親は、自警団員だった。他の団員とともに魔物と対峙していたが、無理だと分かると、村人を他の村に避難させようとした。
自警団員の家族も避難誘導にあたった。フィノーラも、幼いながら避難誘導をしていた。そして、見てしまった。別のところで避難誘導をしていた母親が、急降下してきた魔物の餌食となったのを。
フィノーラは愕然として、動けなくなった。魔物がギロリとフィノーラを向いて狙いを定めても、フィノーラの頭は真っ白で、突っ立ったままだった。
魔物の嘴が、一直線にフィノーラに迫り……その嘴は、フィノーラの父親の背中に突き刺さった。
フィノーラは、父親に押し倒されて、ようやく我に返った。そして、父親に庇われたのだと理解した。
魔物は、飽きたように飛び去った。それを見送りながら、フィノーラの心は悲しみと悔しさと憎悪で満たされていく。
仄暗い感情に支配されていく心に、別の思いが湧き上がった。
もう、仇は討った。この手で、倒した。
その感触を、その時の様子を思い出した途端、見ていた全てが崩れ去った。景色は変わり、年齢が戻り、記憶が戻った。そして、今に至る。
(状況が分からない……)
夢だろうか。夢というならば、先ほどの、嫌な過去の追体験だろう。なら、これは何だ。
考えていると。
「きゃああああ!」
悲鳴。
「ま、魔物だ……!」
怯えたような声。
(……⁉)
フィノーラは駆けた。灰緑色の光へ。声のした場所へ。
そこには、狼に似た獣に押し倒されている人がいた。今にも喰われそうになっている。
即座に中級魔法を撃ち込んだ。魔物が消滅。
灰緑色に光る棒のそばには、10人以上もの人がいる。大人ばかりだが、皆呆然としていた。
無理もない。ほとんどのC国人は、魔物とは無縁な生活を送っている。目の前で人が魔物に襲われているところなど、初めて見たのだろう。
「あ、ありがとう、魔導師さん」
魔物に襲われていた人に、礼を言われた。その声は震えている。その視線は、フィノーラの後ろに注がれている。
近寄ってくる、魔物たち。先ほど倒したのと同じ姿の魔物が、何体も、何十体も。
「分かってる。私が倒す」
フィノーラは、人々と魔物たちの間に立った。上級魔法でまとめて倒そうとして……
(え……⁉)
魔力を、込めきれない。大気中の魔力濃度が薄すぎるのだ。C国内では有り得ないほどに。
これでは、上級魔法を使えない。
(初級魔法は……効果無し)
目を凝らすと、向こう側にはまだまだ魔物がいた。多い。
(中級で、1体ずつ……)
適当に撃っていく。魔物は着実に消えていくが、数が多すぎる。このまま魔法を使い続けても、倒しきれないのは目に見えていた。
倒せなければ、後ろにいる人たちが襲われる。
(どう、すれば)
……剣で、倒せるだろうか。
(迷っても仕方がない。試す価値はある)
ラトゥール剣を出し、魔物の群れへ突っ込んだ。刃が魔物の首に滑り込み、斬り裂く。それだけで、消滅した。
(いける!)
5体、10体と、同じように倒していった。魔物が噛みつこうとしてくるのを小さく躱して剣で薙ぎ、返す刃で背後の魔物を倒そうとした時。
魔物の牙が、刃を捉えた。
バギンッ
音を立てて、ラトゥール剣が噛み砕かれる。
(しまっ……)
反応が遅れた。前から、左右から、後ろから、魔物が同時に襲い来る。
後ろに障壁を展開。ラトゥール剣を新たに出して、左から来た魔物を斬りながら、前から来た魔物を躱し……右からの魔物は、躱しきれない。
喰われると思った。
その時。
火が魔物を横殴りにした——いや、炎をまとったラトゥール剣が、魔物を串刺しにした。右から来た魔物と前から来た魔物が、ほぼ同時に貫かれ、消滅する。
「よく耐えた! あとは任せろ!」
フィノーラは、その声に聞き覚えがあった。1か月と少し前、測定不能の魔物との戦いで、指揮を執っていた声。
「……スパイル」
「おう。ここはオレに任せて、フィノーラはあっちにいろ。抜けた魔物を倒せ」
灰緑色の光を指さし言うスパイル。フィノーラは、戸惑った。スパイルが強いのは分かっているが、ここは魔力が薄いのだ。
そんなフィノーラの不安げな視線を受けて、スパイルはニヤリと笑った。
「じゃあ、納得いくまでそこで見てろ」
その手には、いつの間にか剣が握られていた。ラトゥール剣ではない。
「それは?」
「A国の剣だ」
魔物たちは先ほどから、じりじりと後退している。スパイルを恐れるように。
スパイルの持つ剣に、ばちりと魔力が絡みつく。それは、炎のようで、違う。紫色の何かであった。
「……それは?」
「魔法付与」
「……」
魔法付与なのは、見れば分かる。聞きたいのは、紫色の光を放ちながら揺らめいているものは一体何なのか、ということだ。
スパイルは、フィノーラが聞きたいことを分かっていて、答えられなかった。この空間は、魔法に使う魔力と異質な魔力が混じり合っている。その異質な魔力を使うと、こんな訳の分からないものになった。
「ま、とりあえず倒してくるぜ」
そう言って、スパイルは魔物の群れに駆け入った。魔物が動くより早く振るわれた一閃が、数体まとめて消し飛ばす。紫の光がぶわりと膨れ上がった。
魔物は意を決したように、一斉にスパイルへ跳びかかる。
タンッと、スパイルは剣を支えに倒立した。魔物は剣のまとう力に触れるなり、消滅していく。
あまりにも呆気なく魔物が消えていくので、フィノーラはぽかんとして見ていた。抜けた魔物を倒せも何も、魔物が抜け出てくる隙など無いではないか。
魔物たちは、諦めたかのように動きを止めた。そして、溶けるように地に沈んでいく。
スパイルは、何かマズいと直感した。




