3章(2) 事情
鋭斗とニクスは商店街を歩く。まっすぐ、占い屋に向かって。
2人が着いた時、占い屋はまだ開いていなかった。占い屋に限らず、ほとんどの店のシャッターが閉まっている。
しばらく立って待っていると、シャッターが開いた。開店はまだだが、中でエフェルリシアが掃除をしているのが見える。
「……っ」
エフェルリシアを見て、ニクスは息を呑んだ。そして、ガラス戸を叩く。
音に驚いたエフェルリシアは、外で立っている鋭斗を見て、困惑した表情を浮かべた。
「エイトさん、この人は……?」
ドアを開けながら尋ねたエフェルリシアに、鋭斗が答える前に、ニクスが割って入った。店内に押し入った形だ。
「お前、教団の関係者か?」
「きょう、だん……?」
「……違うなら良い」
ニクスは溜息を吐いた。
「悪ぃな、初めて見る質の魂だったから。とりあえず、シャッター閉めろ」
その言葉に、エフェルリシアはますますニクスを警戒した。あの迷惑な赤毛の男と同様、妙な比喩表現を口にしたのかと思ったからだ。しかし、体は素直に従い、シャッターを閉めた。
鋭斗は、この時初めてエフェルリシアが異世界人なのだと知った。驚きつつも、「じゃあ占いは異世界の力だったりするのかも」などと呑気に考える。
エフェルリシアは助けを求めるような目で鋭斗を見た。
「あ、えっと。この人はニクス。俺の相棒だ」
鋭斗が紹介すると、エフェルリシアは気を取り直して営業スマイルを浮かべた。ニクスに向き直り、占いの説明を始める。
「私はD国から来ました、エフェルリシアです。D国式の未来占いをしています。本日は何を占いましょうか?」
「……」
ニクスは無言でエフェルリシアを見つめている。エフェルリシアはニクスから目が離せなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
「嘘、だな。本当はどこから来た?」
「……!」
エフェルリシアは逃げ出したくなった。しかし、体が動いてくれない。ニクスに怯えきってしまっていた。
鋭斗は見かねて、エフェルリシアに声をかける。
「ごめん、ニクスは普段こんな感じじゃないんだけど……だからその、そんなに怖がらなくて大丈夫だから」
「……」
エフェルリシアは、「そんなこと言われても」というような、困った顔をしている。
「美恵莉も連れてこれば良かったかな……」
鋭斗が呟くと、
「いや、連れてこなくて正解だ」
ニクスが一蹴した。
「え、何で」
「エフェルリシアを見た瞬間、こいつは怪しいって思ったんだ。勘だけどな」
「そっか」
鋭斗は納得した。ニクスがそう言うのなら、怪しいのだろう。数々の事件に首を突っ込んでは解決してきた者の勘なのだから。エフェルリシアとの会話はニクスに任せ、黙って聞いておくことにした。
ニクスは、固まったままのエフェルリシアを問い詰める。
「もう一度聞く。どこから来た? それと……何か隠してるだろ。何かやらかして、それに罪悪感を抱いている。違うか」
「……」
ピシリと空気が凍り付いたようだった。
長い沈黙を経て、ようやく、エフェルリシアが口を開く。
「何の、ことですか?」
「誤魔化しても無駄だぜ。さっきの反応で確信した」
それが、今回の昏睡者多発事件と関係あるかは分からない。関係あろうとなかろうと、何をしたかは聞いておくべきだ。
エフェルリシアは、迷った。ニクスがどこまで気付いているか分からない。異世界人だと言って良いのかも分からない。
その様子を見て、ニクスは言った。
「……お前が異世界人なのは分かってるぜ。それを踏まえて聞いている。お前は、どこから来て、何をしたんだ」
わざわざD国から来たと強調してるのは、異世界人だとバレないようにするためかと、最初は思った。しかし、どこから来たのか尋ねるうちに、それだけではないような気がしてきた。
エフェルリシアは目を丸くした後、意を決したように口を開く。
「F国から、来ました。占いは、D国式に偽装しているだけで、もともと私が持っていた力です」
「もともと持っていた力、か……それは、占いだけか?」
ニクスの言葉は、核心を突く質問であった。エフェルリシアは泣きそうな顔で首を振る。
「私は、冥府の巫女です。冥府を創る力があります。その力を、使いました」
「冥府だと……? おい、本当に教団とは無関係なのか?」
教団は、教主は、死後の世界を創りたがっていた。冥府を創るという力を、利用しないとは思えない。
「教団なんて知りません。私はただ、神の使い様にこの力を知られて……冥府を創るよう言われただけです」
その「神の使い様」は教主なのだが、この中の誰もそのことを知らない。
ニクスは鋭斗と顔を見合わせ、再びエフェルリシアを向く。
「お前の作った冥府ってのは、生きてる人の魂も吸い込むのか?」
「……そんなの、知りません。少なくとも、私のいた世界では、死者しか冥府に行きません」
「隠すな」
ニクスの言葉にビクリと震え、エフェルリシアは真相を話し出す。
「この世界……いえ、この国で冥府を創って……最初は、普通に死者の魂が吸い込まれたんです。ごく少数だったんですけど。それが、次第に生きている人の魂を吸い込みだして……おかしいと思ったんです。だから、神の使い様と協力関係にあると自称する人に問いただしました。そうしたら、冥府に行く条件を改変したとか言われて……」
「……それが罪悪感の正体か」
「だから、嫌だったんです。異世界で冥府を創るなんて、何が起こるか分からない! でも……しょうがないじゃないですか。創らなければ、おじ様とおば様に危害を加えるって脅されたんですから」
エフェルリシアの瞳から、涙が滑り落ちた。
「私がF国に……この世界に来たのは、5歳の時……儀式に失敗して気を失って、気が付いたら、この世界にいました。そんな私を、あの2人は拾って育ててくれたんです……。だから、私、後悔はしてません。する気は無い。おじ様とおば様には、手を出させないっ!」
そう強く言ったエフェルリシアは、涙をぬぐい、顔を伏せた。
「ごめんなさい」
「……気持ちは分かるぜ。それは脅したヤツが悪いな」
ニクスは言い、表情をやわらげる。
「なあ、エフェルリシア。俺は、冥府に吸い込まれた魂を戻したいんだ。方法を知ってるなら教えてくれ」
「…………冥府を、壊せば良いんです。そうすれば、中の魂が解放されます」
「どうやって壊せばいい」
「中に、破壊すれば冥府が壊れる物があって……でも、壊すのは難しくて、危ないです」
「中、か。どうすれば冥府に入れる? 改変された条件って何だ?」
元の条件は「死ぬ」だったはずだ。それではこの世界の人の魂を取り込めないから、条件を変えたのだろう。
「……対象は、C国人。ただし、異世界人を除く。条件は、大切な人……特に大事な家族とか恋人とか親友とかを喪った過去がある人の中から、ランダムで少しずつ、らしいです」
「異世界人を除く、か……駄目じゃねぇか。他に入る方法ねぇのか」
「その、破壊する物の近くに送り込めます。私の力で」
「それを早く言えよ。……他の人と会う可能性は?」
「無いです。冥府は広いので……その、普通に吸い込まれた人がたどり着く場所と、私が送り込む場所とは、ものすごく距離が離れてます」
「そりゃ良いな、助かる」
「……冥府の中、危ないですよ? 魔物がいっぱいいますし。魔物は、魂を破壊しようとしますから」
「なるほどな、それで死者が出たのか。大丈夫だ、送ってくれ」
「……さっき言った条件に当てはまるような過去、無いですか? エイトさんも」
エフェルリシアは、尋ねた。真剣な表情で。
「無い」
鋭斗は即答したが、ニクスは眉根を寄せて口を開く。
「……あったら、駄目なのか?」
「いえ、その……改変されたのって、それだけじゃなくて。冥府に入る前に、大切な人を喪った時のことを追体験するようになってるらしいんです。それで、その幻影に呑まれると冥府にはたどり着けませんし、戻って来られなくなるかもしれません。これは私が送り込んでもそうなるので」
「そうか……。……問題無ぇ」
「……そこで待っていてください。準備してきます」
そう言って、エフェルリシアは奥に入っていった。




