3章(1) 噂
12月9日、早朝。公園で、美恵莉とニクスは喋っていた。
「フィノーラさん来ないね……」
「おかしいな。この時間なら、いつもは来てるはずなんだが」
「だよね? 今日は来ないのかな」
「無断で来ないことなんか、今まで無かったけどな……」
ニクスは怪訝そうな顔で言った。
来られない時は、寮の部屋のポストにメモを入れることになっている。その約束をフィノーラが破ったことは、これまで一度も無い。
「……まあ、そういうこともあるよな」
呟いて帰ろうとするニクスを見て、美恵莉も一緒に帰ることにした。
「ニクスさんは無断で来なかったことってあるの?」
「ああ、たまにな。わざとじゃねぇんだが、どうしても無理な時が何度かあった」
「それってどんな時?」
美恵莉は興味津々に尋ねる。ニクスは返答に困り、話題を変えることにした。
「そういや、フィノーラはちょっと雰囲気が柔らかくなったよな。ミエリのおかげだろ?」
「まあね。ニクスさんが出張中も、よく公園で喋ったから」
「エイトとは進展しそうか?」
「それが、難しいんだよねー。同僚って関係性に落ち着いちゃってるっていうか。まずは友達から始めないと無理そう」
「まだ友達にすらなってねぇのか……」
ニクスは苦笑した。美恵莉も苦笑しながら頷く。
「公園同盟を結んだのは凄い進歩だけどね。……ニクスさんも協力してくれれば良いのに」
「俺はそういうのは苦手だ。何か計画があるなら乗るけどな」
「ニクスさんって、恋愛したこと無い人?」
「ああ。興味ねぇんだ。仕事が恋人ってことで良いかと思ってる」
「ふーん、なるほどね」
美恵莉はにやにやしながらニクスを見た。
「……疑ってるな?」
「だってー。恋愛経験、本当にゼロ?」
「ゼロだ」
その言葉は本当だと、美恵莉は感じた。
「ニクスさんカッコいいのに、もったいないなー。まだ、運命の人に出会えてないだけかもしれないよ?」
「仮にそんな人がいるなら、一生出会わずに済むことを祈るぜ」
ニクスは笑って言った。
「うわー、本当に興味無いんだね。でも、兄さんとフィノーラさんの恋の行方は気になるんだ?」
「そりゃあ、気になるぜ。あの2人が上手くいってくれたら、俺としては嬉しいしな」
そんな話をしながら、2人は寮に帰ったのであった。
その日の昼。ニクスはゲーセンで、1つの噂を耳にした。
突如として昏睡状態に陥った人がいるのだという。1人や2人ではないらしい。
ニクスは、その噂話をしている人に詳しく話を聞いた。
話によると、数日前から10人以上もの人が昏睡状態になっている。夜に寝たまま起きなくなるそうだ。回復魔法は効かず、原因に心当たりも無い。昏睡状態になる人は毎日増え続けている。そして、何日も昏睡状態になっている人の中から死者も出たらしい。あまりに意味不明な状況なので、異世界人の仕業ではないかという話になっている。
ニクスは、「明日、エイトと一緒に調べよう」と思った。
12月10日。この日もフィノーラは公園に来なかった。
ニクスは嫌な予感がしていた。昨日、噂を聞いた時によぎった不安が、明確な形になったようだった。
寮に戻ったニクスは、鋭斗の部屋のチャイムを鳴らした。
鋭斗は起きて着替え終わったところだった。慌てて部屋のドアを開け、ニクスに「どうした」と目で問うた。
「フィノーラの部屋に行こうぜ」
「え、何で?」
「妙な噂を聞いてな。杞憂なら良いんだが、確かめたい」
別の部屋ではまだ寝ている人もいるであろう時間なので、小声で話す。
鋭斗は、状況がよく分からなかったが、
「分かった」
と言って部屋から出た。
2人で足早に廊下を歩く。鋭斗はフィノーラの部屋を知らないので、ニクスについて行く形だ。
そうしてフィノーラの部屋の前に来て、ニクスはチャイムを鳴らした。
応答は無い。部屋で動く気配も無い。
「……エイト、今から見ることは内緒な」
と言って、ニクスはポケットから針金を取り出した。
「え、えぇ⁉」
鋭斗は驚きの声を上げた。ニクスがいきなりピッキングを始めたからだ。鍵はすぐに開いた。
「この寮、他と違ってピッキングしやすいんだ。鍵が安物だからな。魔導師ばっかり住んでる寮を狙う犯罪者なんていねぇから、それで良いんだと」
ニクスは平然と言って、フィノーラの部屋のドアを開けた。鋭斗に先に入るよう促し、後ろ手にドアを閉める。
鋭斗は、ベッドで眠るフィノーラの様子を見て、首を傾げた。
「普通に寝てるだけっぽいけど」
一方、ニクスは険しい表情で、
「話は防音の個室で」
と言い、部屋を出た。
「……って噂を聞いたんだ」
喫茶店の防音の個室で、ニクスは鋭斗に昨日聞いた噂を話した。2人ともモーニングを食べている。
「じゃあ、フィノーラも昏睡状態ってことなのか?」
鋭斗の確認にニクスは頷き、
「さっきフィノーラを見て原因が分かった」
と言った。そして、その原因を言わずに食べ続ける。もったいぶっているのではない。どう表現するのが適切か、考えているのだ。
モーニングを食べ終わり、コーヒーを1口飲んで、ニクスはようやく口を開いた。
「魂が、抜かれてるんだ」
「……⁉」
鋭斗は目を見開いた。
「それ、ヤバいんじゃ⁉」
「とりあえず、今は大丈夫だ。見ただろ、普通に眠ってるのと変わらねぇのを」
「でも、死んだ人もいるんだろ⁉」
「落ち着け。それは何日も経ってからの話だ。すぐにどうこうなる訳じゃねぇ」
そう言うニクスにも、焦りがあった。何一つ予想がつかないからだ。思考の取っ掛かりが欲しい。
「エイト、何でも良いからヒントくれ」
「ヒントって……」
鋭斗は困惑した声を出した。それに対し、ニクスは言い募る。
「何でも良いんだ。質問でも、言葉でも。この話を聞いて、何か頭に浮かばなかったか?」
「……じゃあ、質問。魔術の可能性は?」
「無い、はずだ。新しく作られてなければ、そんな魔術は存在しねぇ」
「何でフィノーラが?」
「全く分からねぇ」
「そういう力を持つ異世界人か、異世界から来た異種族か」
「異種族……魂を喰う種族はいたけどな。違う気がする」
「じゃあ違うんだと思う。……俺もこれ以上は思い付かない」
「そうか……」
ニクスは難しい顔で考え込んでいる。ふと、鋭斗は提案してみることにした。
「占ってもらうのは?」
「それって、俺が出張から帰る日を当てたってやつか?」
「……言ったっけ?」
「いや、ミエリから聞いた。……それ、どんな占いなんだ?」
「仕組みは分からないけど、よく当たる未来占い。D国式だって言ってた」
ニクスは怪訝そうに聞いていたが、
「……よし、占ってもらおう。案内してくれ」
と言った。普段なら、占いなど頼らない。信用していないからだ。しかし、今は試す価値があると思った。鋭斗が「よく当たる」と言ったので、信じてみたくなったのかもしれない。藁にもすがる思いだった。




