1章(1) 占い1
測定不能の魔物との戦いから1か月後。鋭斗はランク20万へ昇給した。
「では、通信機の使い方を説明しますね」
昇給試験はあっさりと合格できた。そして今、受付で通信機を渡されたところである。
受付の人は、通信機を実際に操作して見せながら、丁寧に説明してくれた。しかし、鋭斗にとっては「それくらい言われなくても分かる」と言いたくなるようなものだった。スマホの操作と大して変わらないからだ。
(説明をスキップ、とか出来れば良いのに)
そんなことを思いながら、話を聞き流していた。
(そもそも俺は、説明書読まずに触ってみて使い方把握するタイプだし)
操作されている通信機の画面を眺める。個人用討伐依頼の一覧が表示されているようだ。ボーナスの金額がずらりと並んでいる。
(あ、何か必要なこと聞き逃したかも)
慌てて意識を説明に傾けた。
「これはデモ画面なので、実際にはこんなに多く表示されません。ただ、溜まるとこんな風になります。溜めすぎないように気を付けてくださいね」
溜まるということは、その分討伐が遅れるということだ。すると、魔物がより強くなる、移動して街を襲う、といったリスクが高くなる。
「一定期間……約1か月放置すると罰則があります。どうしても達成困難な場合は、誰かと協力するか、誰かに頼んで代わりに討伐してもらうかしてください。体の不調による討伐不可の場合は、こちらで別の人に回すので報告してください」
その言葉の後、画面が切り替わる。書かれているのは討伐場所と、「緊急」。
「こちらには緊急の討伐依頼が表示されます。基本的にはランク30万以上の方にしか出ませんが、通信機を渡すときに説明することになっているので……」
そこでデモ画面が終了した。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「えっと、じゃあ、あっちに貼られている討伐依頼と個人用討伐依頼との違いって何ですか?」
目線で中央広場を示し、最も疑問に思っていたことを尋ねる。受付の人は、
「よくある質問ですね。やっぱり、この話も説明に加えておけば良いと思うんですけど……」
と呟き、話し出した。
「首都においては、中央広場に貼られて何日か経っても受けられなかったものが、個人用討伐依頼に回されます。また、新たに発生した魔物が多すぎる場合は、ボーナスの高いものから順に個人用討伐依頼に回されます」
(……ってことは、不人気な討伐依頼が回ってくるってことだから……討伐場所が遠い可能性が高かったり? 面倒くさいな……)
そう考え、溜息を吐いてしまった。
「……あ、首都以外は違うんですか?」
「大都市も同様ですよ。ただし、他の街の周辺に現れた魔物は討伐依頼が貼られず、近くの街に住む魔導師に個人用討伐依頼が送られます」
宮殿から出たのは昼過ぎであった。昼食と昼寝を済ませた鋭斗は、通信機を見る。個人用討伐依頼が1件追加されていた。ボーナスは、2000。
見間違いかと思った。
だが、いくら見ても0は3つしかない。間違いなく、にせんだ。
討伐場所を見ると、解読するのが面倒くさくなるような複雑さ。なるほど、ボーナスがいくらであれ、中央広場で見かけたなら受けなかっただろう。
(ある程度は溜めて良いんだよな。てか、溜めてから行った方が効率良さそう)
魔物の発生しやすい場所、というのが存在するのだ。同じ場所の討伐依頼が追加される可能性は大いにある。
(……図書館にでも行くか)
図書館に入ってすぐ、美恵莉と目が合った。
「あ、兄さん! 聞いて聞いて!」
何やら嬉しそうに駆け寄ってくる。
「何だ?」
「今週は、缶詰め回避!」
「よかったな」
「それでね、今から友達の所に遊びに行くんだけど、一緒に来ない?」
「何で俺が?」
意味が分からない。別に、妹の友達を紹介されたくない。面倒くさいだけではないか。
「……てか、メルシャは?」
「研究室で何かやってるんだって。機密事項だから言えないって言われた」
「それで別の友達のところへ遊びに行くのか。いってらっしゃい」
「兄さんも行くの! どうせ仕事ひと段落して、全てが面倒くさいモードに突入してるんでしょ!」
状態をピタリと言い当てられ、鋭斗は苦い顔をした。
そうなのだ。当面の目標であった「ランク20万になる」を達成し、気が抜けてしまったのだ。あと、外が寒い。それだけで、あらゆる気力が削がれていく。
「でもなあ」
「良いから、行く!」
やけに強引な美恵莉に促されるまま、鋭斗は図書館から出た。
鋭斗と美恵莉は商店街を歩いて行く。美恵莉の新たな友達は、商店街で店を構えているのだ。
「メルシャと遊んでた時に会ったんだー。2週間くらい前だったかな」
「へー」
「それから毎日のように通うようになって。私、メルシャ、エフェルの3人で遊ぶようになったりして」
「ほー」
「……兄さん、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる。その、エフェルってのが友達の名前か?」
その反応に、美恵莉は思った。ちゃんと聞いているか怪しいな、と。兄は、聞き流していても断片的に単語を拾って、さも聞いているかのように話を合わせる時がある。
「エフェルリシアって名前なんだけどね。エフェルってのは、私がつけたニックネームで」
「ふーん」
「私と同じ歳なのに、1人で店出してて凄いよね」
「……」
「何の店か聞かないの?」
「……」
相槌を打つことすら面倒くさくなり、鋭斗は目だけで話の先を促した。
「占い屋なんだけど……ほら、あそこに見えてるでしょ」
美恵莉は数軒先の店を指す。看板には「未来占い」と書かれていた。
「……当たるのか?」
「それがもう、すっごく当たるよ。兄さんも占ってもらったら?」
「どういう風に?」
「え?」
「どういう風に当たるんだ? ファンタジー的な何かで当たるのか、技術的な……トリックがあるようなやつか」
「それ聞くー?」
美恵莉はにやにやと笑った。
「私、最初に占ってもらった時にね、今晩外に出ると犬におしっこかけられるって言われたの」
「……試したのか」
「そう、半信半疑で外に出てみたら、本当に犬におしっこかけられた! だから多分、ファンタジー的な何かだよ。トリックでそこまで出来ないでしょ」
それを聞いては、鋭斗もその占いが当たると信じざるを得なかった。
「やっほー、エフェル!」
「あ、ミエリ!」
占い屋から顔を出した少女が、嬉しそうに微笑んだ。深い紫の瞳は吸い込まれそうに美しく、長く真っ直ぐな黒髪はぬばたまのよう。まぎれもない美少女である。
鋭斗は
「それ使って占ってるんですか?」
と尋ねた。エフェルリシアの抱えている水晶玉を見て。
「そうですよ。生まれ故郷であるD国式の占いなんです」
「ああ、D国出身なんですか」
「あなたもかと思いましたが、違います?」
「違います」
「そうですか。私、過去は占えないもので。しかし、未来占いは得意です。本日は何を占いましょうか」
完全に「占い師と客」という立場で話す2人。業を煮やしたように、美恵莉は言う。
「何2人とも敬語使ってるの! 私の友達と私の兄なんだから、タメで良いんだよ、タメで!」
「あ、ミエリのお兄さんなんだ。彼氏かと思っちゃったよー」
「もー。そんなわけ無いじゃん」
笑い合う美恵莉とエフェルリシアを見て、鋭斗は帰りたくなった。……彼氏と勘違いされるのも無理はない。美恵莉は、鋭斗の腕に絡みつくようにして歩いていたのだ。鋭斗は注意をするのが面倒くさかったので、されるがままになっていた。
「俺、帰るから」
「え、何で! 良いじゃん、兄さんも占ってもらってよ!」
「そうよ、寒いなら店の中へ入って。無料で占うから! どうぞどうぞ!」
「無料……良いのか、それ」
いくら友達の兄とはいえ、お金はもらうべきではなかろうか。というか、友達からでもお金はもらうべきだ。そんなことを思っているうちに、鋭斗は店の中へ押し込まれていた。
店のドアは透明で、中から外がよく見える。鋭斗が外を眺めていると、通行人と目が合った。不審そうな顔をされ、慌てて目を逸らす。
「占ってもらってるところが外から丸見えってのは、どうかと思う」
鋭斗は渋面を浮かべて言った。
「それはしょうがないよ。移転した雑貨店の、残った店舗をそのまま使ってるから」
美恵莉はそう言って、店内の椅子に座る。
店の中はカウンターと、その正面に3つの椅子があるだけだ。カウンター奥の扉は、エフェルリシアの居住スペースに繋がっている。
「何を占ってほしい? お任せなら悪い未来を占っちゃうけど」
そんなエフェルリシアの言葉に、鋭斗はハッとして美恵莉を見た。
「まさか、それが目当てか、美恵莉!」
「えへへ。変な未来が聞けたら面白いじゃん。回避できるんだしさ」
美恵莉は楽しそうに笑っている。エフェルリシアも頷き、
「そうよ、悪い未来は見ておいた方が良いの。私の見る未来は、このままだとこうなる、という不確定な未来。簡単に変えられるし、知っておいた方が回避しやすいんだから」
と、得意気に言った。
「そんなこと言って、面白がってるだけだろ」
鋭斗は嘆息した。店内は暖房が効きすぎて少し暑い。寮の空調は驚くほど快適なのに。部屋に帰りたい。
「じゃあ、お任せじゃなくて良いから! 兄さんの知りたいことで良いから!」
このままでは本当に占ってもらわずに帰りそうだったので、美恵莉は仕方なく言った。
「……」
鋭斗は、ふと占ってほしいことを思い付いた。それを口に出そうとした時。
「2日後よ」
エフェルリシアが先んじて答えた。




