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5章(7) お互い様

 ニクスにとって、この戦いは全て「なぞる」行為だった。

 幾度となく考えた。仇敵に、どうすれば勝てたのか。今なら勝てるのか。どう戦えば勝てるのか。再戦の機会など無いと分かっていても。

 どんなに考えても、分身体の処理だけはどうにもならなかった。分身体は確実に人を襲いに行く。1人で戦っても勝てない。

 熟考の果てに、分身体を誰かが処理してくれると仮定した作戦ならば勝てるという結論に至った。その作戦を、考えた戦い方を、なぞる。「誰か」の役割を、鋭斗が担ってくれるから。

 勢いよく伸びる円柱、回転する立方体、うごめく触手。どれも強烈で、当時は避けるので精一杯だったそれらを、少しずつ消し飛ばしていく。破壊光線を出してくる前に、少しでも多くダメージを与えておかなければならない。弱点を斬るだけで倒せるように。

(……この状況なら、ただ勝つだけじゃなくて……)

 迫る攻撃を全て見切り、剣を振るい、魔法を放ちながら、考える。この魔物を、自分以外の犠牲者を出さずに倒せれば勝ちなのだ。ただ、欲を出すなら、生き残りたい。

 魔物の動きを見て、あまり猶予は無いと悟る。決着までもうすぐだ。

 雷弾を真上に放った。何の打ち合わせもしていないが、スパイルなら分かるだろう。見ていればの話だが。

(勝ち目の薄い賭けだな)

 笑みがこぼれた。

 構わない。賭けに負けても魔物には勝てる。

 触手が立方体の部分に絡みつき、融合していく。いかなる光もねじ伏せるような漆黒の立方体が上下に割れ、光を集めて凝縮したような純白の球が現れた。

 その球から、溢れるように光が漏れ出る。漏れ出た光が強さを増して、球を歪な形に変えた。

 そこへ、飛び込む。加速を使って威力を増した一閃を叩きこむために。

「はぁああああ!」

 ところ構わず放たれるはずの破壊光線を、全て身に受けながら。


 対峙していた分身体が、幻のように消えていく。本体を振り向くと、ボロボロと崩れていくのが見えた。そのまま視線を右へ移し、

「……ニクス?」

 鋭斗は何も考えられなくなった。

 見たくないのに、目を逸らせない。頭をよぎった即死の2文字を受け入れられない。

 ニクス、と再び呼ぼうとして、声にならなかった。喉は凍り付いたように動かず、不自然に呼吸が早まり、頭は目の前の光景を否定しようともがく。


「――ただ全て光と化せ!」


 柔らかな光が辺りを包んだ。

「……ギリギリ間に合ったな」

 ふぅっと大きく息を吐き、スパイルは基礎魔法でニクスの顔面に水をぶちまけた。

「っ⁉」

 ニクスがハッと目を開ける。

 魔物を構成していた魔力。大量に漂っていたそれが、根こそぎ無くなっている。最上級の回復魔法に使われたのだ。

「さすがに頭が限界だ。家まで送ってくれ」

 スパイルはふらりと倒れ掛かりながら言った。ニクスは慌てて支え、呪文を唱える。

 鋭斗は茫然としていた。何も考えられないまま、リビングに転移するなり無意識に着席した。

「2人で祝杯でもあげてこい」

 スパイルは言いながら、冷蔵庫から氷枕を出した。それを持って2階へ上がっていく。

「よし、行こうぜ。……エイト? おーい?」

 ニクスは鋭斗の目の前で手をひらひらさせる。

 鋭斗は放心状態で椅子に座ったまま固まっていたが、ニクスの声がようやく頭に届き、我に返った。思考の歯車が、ゆっくり回り始める。

「……雷の玉を撃ち上げてたのって、合図だったのか」

「ああ」

「そっか、言ってたもんな。何秒かは持ち堪えられるって。計算づくかぁ……びっくりした……」

 鋭斗は突っ伏して言った。どこか恨めし気な声を出す。

「最上級回復魔法を当てにして、挑発使って攻撃全部受けたのか……何か二番煎じ感あるなー」

「違いねぇ」

 ニクスは笑って答えた。順序が逆だが、そういうことにしておこうと思ったのだ。元々は死ぬつもりだったなど、聞いて気分の良いものでは無いだろう。

 鋭斗は顔を上げてさらに言う。

「でも、もし間に合ってなかったら」

「その時はその時だ」

「……そうだよな」

 鋭斗は大きく嘆息した。そして、

「行こう」

 言いながら席を立った。思ったのだ。これは慣れるべきものだと。あまりにも耐性が無さすぎて思考停止に陥ってしまったが、そんなことではいけないと。

 ニクスは鋭斗の様子を見て、

「……大丈夫か?」

 思わず問いかけた。視線が定まらず挙動不審で顔色が悪い。原因は明白だったが、謝るのは何か違う気がした。

 鋭斗は一度深呼吸をして、声を張り上げる。

「大丈夫! 飲めば良くなる!」

「そうか。じゃあ好きなだけ飲め、スパイルの奢りだしな」

 ニクスは笑って言いながら、扉を開けて外に出る。鋭斗も出てから鍵を閉め、ショッピングセンターの方へ向かった。その近くに良い飲み屋があるのだ。


(温度差が凄い……)

 鋭斗は身震いした。動いていて気付かなかったが、外気温は随分下がっている。

 温度差を感じるのは、気温だけではなかった。気分もだ。ニクスは鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌なのである。

(雪辱を果たすとか言ってたし……そういうことなんだろうな……)

 どういうことだよ、と自分の考えにツッコミを入れつつ、

「すっきりしたい! 爽快感が欲しい!」

 と言ってみた。


 ニクスはバツが悪そうな顔をする。

「あー……そうだよなぁ。俺だけすっきりして、フェアじゃねぇな。エイトには散々助けられてるのに」

「いや、助けられてるのは俺の方な気が……ってか、水差してごめん」

 ニクスは首を横に振る。

「本当に感謝してるぜ。借りが増えすぎて返しきれねぇ」

 全く想定外な言葉に、鋭斗は動揺した。鋭斗にしてみれば、ニクスと喋るだけでも借りが増え続けているようなものである。失言しても大丈夫、上手く言えなくても分かってくれる。そういう安心感のおかげで、楽に話せるのだ。

「……お互い様」

 2人は同時に呟いた。

「やっぱそうだよな、今更貸し借りとか言っててもしょうがないよな」

「エイトがそれで良いなら」

 ニクスは、虫がよすぎるかと思っていたが、鋭斗の様子を見るに「お互い様」の方が気楽そうである。

「今の気分をどうぞ」

 鋭斗はインタビューでもするかのように、ニクスへ話を振る。テンションがおかしい。

 ニクスは、早く鋭斗に酒を飲ませた方が良さそうだ、と思いながら、

「最高だ。これ以上無いってくらい、全部うまくいったからな」

 笑顔で答えた。



 2人は存分に酒を堪能した。ニクスが率先して高価な酒を頼み、最初は遠慮気味だった鋭斗も高めの酒を飲み始めたのだ。その代金は100万を超えたとか超えなかったとか。


第二部 完

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