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4章(2) 弊害

 鋭斗はぼんやりと討伐依頼を眺めていた。なんだかやる気が起こらない。

 溜息を吐きながら突っ立っていると、背中を思い切り叩かれた。驚いて振り返ると、プロニがいたずらっぽい笑みを浮かべている。

「……何?」

「ずいぶん不機嫌そうね?」

「眠いだけ」

 言葉に出して、ようやく自覚する。そうだ、眠いのだ。

「一緒に行かない?」

 プロニが紙を眼前でひらひらさせる。受け取って見ると、18000の討伐依頼だった。

 困惑の表情を浮かべる鋭斗に、プロニは事情を話す。

「レウリオは今日、家の都合で無理らしいのよ。それで、エイトと2人ならこのくらいの魔物も倒せるんじゃないかと思ったわけ。ね、行けるわよね、受付してくるわよ」

 鋭斗は勢いに押されて頷いた。



「エイトって、回復魔法は覚えない主義なの?」

「そういう訳じゃないけど」

 討伐場所に向かって、プロニと鋭斗は喋りながら歩く。

「だったら絶対に覚えるべきよ」

「それはまあ、覚えた方が良いのは分かってるけど」

 鋭斗は渋面を浮かべて言った。

「方が良い、なんてものじゃないわ! 必須よ、必須」

「プロニは覚えてないんだろ?」

「あたしは良いのよ、レウリオに任せてるから。これ以上ランクを上げるつもりも無いし。でも、エイトは違うわよね? ランク上げる気満々じゃない?」

 プロニは、これから良い情報を提供してあげる、と言わんばかりの誇らしげな表情で話す。

「中級以上の回復魔法無しで2万以上の魔物に単独で挑んだ場合、死ぬ確率は60パーセントを超えるわ。15000以上でも3割超えよ」

「うわ……」

「逆に、上級回復魔法を使える人なら死ぬ確率は5パーセント未満よ」

 鋭斗はうなった。回復魔法の有無でそれほど差が出るとは。

「……いや待てよ、それって、あんまり強くない魔導師の場合じゃないか?」

「そんなこと無いわ。ランク20万と30万の統計だもの」

「マジで?」

「ちなみに、40万以上で上級回復魔法を覚えていない人はいなかったそうよ」

 中級どころか上級回復魔法も必須なのだ。

「その情報、どこで?」

 鋭斗が尋ねると、プロニは

「ママが言ってたの」

 と言って溜息を吐いた。

「ママは元魔導師なのよ。結婚してすぐ引退したらしいけど。それで、最近、あたしやレウリオにアドバイスしてくるの。正直うっとうしいわ」

「鬱陶しいのか……」

 鋭斗は呆れたような声を出してしまったが、確かに、不必要な助言を貰っても不愉快なだけかもしれない。

「けど、こうしてエイトを驚かせるのに使えるのは良いわね。普段レウリオがやってるから試してみたんだけど、なかなか面白いわ」

「えぇ……」

 楽しそうに言うプロニに、鋭斗は抗議したくなった。「俺で遊ぶな」と。しかし、言葉を飲み込む。情報をくれるのは助かるのだ。

「で、俺たちは回復魔法を全く使えないのに18000の魔物と戦うのか」

 鋭斗は顔をしかめて言った。

「2人なんだから大丈夫よ。さっきの話はソロの場合なんだし。それにあたし、5発同時発動もできるようになったんだから」

 プロニは平然と言ってのけた。鋭斗は目を丸くして、

「はっや」

 呟く。5発同時発動といえば、まとめれば中級魔法と同等の威力が出せる発動方法だ。

 鋭斗の方はというと、未だ3発同時発動が安定していない。



「きゃあっ⁉」

 プロニの張った障壁が、爆ぜ散るように消し飛んだ。何をされたか分からぬままに、プロニは尻餅をつく。

 初級魔法の攻撃は、全て呑まれて消えていく。魔物の巨大な口の中に。

 魔物がケタケタと嗤った気がした。

 黒い球のような魔物だ。直径150センチメートルくらいの。こんなに大きな口を持つなど、写真では分からなかった。

 いや、口の存在を知っていたところで、何も変わらない。

 鋭斗は魔物にラトゥール鎖を巻き付けようとした。しかし、それすら呑み込まれる。

「どうなってるんだ……」

 呆然と呟いた鋭斗に、魔物から噴き出た液が迫った。反応できずに立ち尽くす。

「ちょっと⁉」

 間一髪、プロニの防御障壁が鋭斗を守る。

「何ボーっとしてるのよ! らしくないわ!」

 噴射された謎液は、障壁をドロドロと溶かしていった。

 らしくない。そうだ、いつもなら対処できている。

「ごめん」

 謝りながら、魔物へと駆ける。口に呑み込まれるのなら、口の無い部分を狙えば良いのだ。魔物に飛び乗ろうと地を蹴って、

「……あ」

 あんぐりと口を開けた魔物の正面。しまった、と思った時には、魔物に呑み込まれていた。


「エイト⁉」

 プロニは目を丸くした。

(魔物の内部からどうにかするつもり? でも……)

 大丈夫なのだろうか。無策で飛び込んだ訳ではないと思いたいが、何だか様子がおかしかった。

(あたしが外から出来ることは無いわね)

 まさか、5発同時に放った水弾を全て呑まれるとは思っていなかった。5発まとめて火柱を上げても、呑まれてしまった。

 幸い、初級防御魔法で防げるような攻撃しかしてこない。

(あたしも中に飛び込んだ方が……?)

 思ったが、頭を振る。もし、2人とも中に入って出られなくなったら、助けを呼ぶことすらできない。

(ああもうっ!)

 考えるのは苦手だ。

「エイト! さっさとどうにかしてよね!」

 届かないだろうと思いつつ、声を張り上げた。


 鋭斗は今になって自覚した。睡眠不足で注意力散漫だったのだと。最近ずっとそうだったかもしれない。

(俺の馬鹿!)

 プロニの攻撃が通用しなかった時点で、諦めて撤退するべきだったのだ。あるいは、中級攻撃魔法なら呑まれないか試してみればよかった。

 少なくとも、魔物に飛び乗ろうとするのはおかしい。

 思えば、五重の塔のような魔物と戦った時から、やけに魔物に飛び乗ろうとしていた。判断力の低下によって、他の選択肢を思い付かなくなっていたのだろう。

(気付くの遅すぎ……)

 こんな状態で強い魔物に挑むなど、自殺行為ではないか。呆れたような溜息が漏れる。

 魔物の中というのは不思議なものだ。外観に反して3メートル四方はありそうな空間に佇んで、鋭斗は考える。

 口から入ったはずだが、口に該当する場所は無い。ただ真っ赤な壁に囲まれていて、裂け目も何も無い。

 足元にラトゥール杭を刺してみる。しっかり刺さった。消えたりしない。

(これなら!)

 怪我の功名といえるだろう。ここでなら相乗効果が狙える。

 氷塊を落とし、雷弾を撃ち込んだ。膨れ上がった雷は、弾の形を放棄して、壁を伝わり焼き焦がす。

 再びラトゥール杭を刺そうとして、

「うわっ」

 地面が傾いた。


 魔物の口から舌が伸びた。プロニは急いで障壁を張るが、舌が触れると瞬時に消えた。

 ねっとりとした液に覆われた舌が迫る。触れればただでは済まないだろう。恐怖に支配されながらも、逃れるべく走る。

 地面から、「何か」が突き出た。それが魔物の一部だと理解した時には、足を貫かれている。たまらずうずくまった。

 魔物の舌は、すぐ近くで止まっている。触れてくるかと思っていたが、その気配は無い。

(助かった……?)

 安堵とともに、足の痛みが押し寄せてくる。動く気力が湧かなかった。


 ぐるぐると、空間が回転する。鋭斗は壁を蹴って、跳んで、難を逃れ続けた。この身体能力が無ければ、今頃滑って壁に激突して、下手をすると死んでいただろう。

(そんなこと考えてる場合じゃない!)

 外のプロニが心配だ。この様子だと、行動パターンが変わっているだろう。

(俺が倒さないと!)

 水の玉を撃った直後に木で拘束する魔法を放つ。タイミングが合わない。もう一度。

 何度か繰り返し、ようやく、木が水の魔力を吸った。そこに火柱。爆炎となって、空間を埋め尽くさんばかりに輝く。

 熱波を防御障壁で防ぎ、目をつぶった。空間の回転は止まっている。

(やったか?)

 光が収まり目を開けると、視界にプロニがうずくまっているのが映った。

「プロニ!」

 声をかけると、プロニはゆっくりと顔を上げる。

「……エイト? 倒せたのね」

「倒せたけど……大丈夫か?」

「痛くて動けないわ」

 きっぱりと、不満そうに、プロニは言う。

「ごめん」

「何で謝るのよ」

「いや、俺が注意力散漫だったから」

「謝りたいのはあたしの方よ。結局エイトに任せちゃったし」

「偶然だ。魔物の中に入ってたのがプロニだったら、同時発動でサクッと倒せたと思う」

 鋭斗は嘆息しながら言った。本当に、今日は間抜けなことをした。よくよく考えれば、相乗効果など狙わずに、中級の雷弾を2発ほど撃ち込めば倒せたのではないだろうか。

(もっと短時間で倒せてれば、プロニに怪我させずに済んだかも……悪いことしたな)

 ふと足音が聞こえ、目を向ける。駆けてくる人影があった。

「レウリオ?」

 怪訝そうに呟くと、プロニは驚いた顔をする。

 少し待つと、息を切らしてレウリオが来た。プロニを見るや否や、中級回復魔法を使う。いつも通り、発動に時間をかけて。

「何で来たの? 来れないはずよね?」

 プロニは困惑して尋ねた。

「用事が思ったより早く済んだからね。プロニがどこに討伐に行ったのか尋ねて、18000の魔物を討伐しに行ったと聞いて慌てて来たのさ」

「あたしが討伐に行くって分かってたわけ?」

「勿論さ。エイトと一緒だろうということもね」

 そんな話を聞きながら、鋭斗は改めて、回復魔法を覚えようと心に誓った。


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