4章(1) 早朝
鋭斗は夢を見た。駅のホームで電車を待っていると、電車が猛スピードでホームに突っ込んでくる夢だ。
そのせいで、無駄に早く目が覚めた。
何日連続か、数えるのはやめた。面倒くさくなったのだ。とにかく毎日夢を見る。決まって死にそうになる夢だ。
時計を見ると4時45分。ぼんやりした頭に反し、目は冴えている。二度寝できそうにない。
昨日の話を思い出す。
丁度良い。公園に行こう。そう思い、寝ぼけた頭で準備して、部屋を出た。
あくびをしながら、鋭斗は公園を歩く。ニクスとフィノーラがいるはずの場所に向かって。朝日が目に染みて、下を向いて歩いた。
金属音は聞こえてこない。訝しみながら進むと、話し声が聞こえてきた。
「よし、俺の勝ち」
「信じられない……」
ニクスの声と美恵莉の声だ。顔を上げると、美恵莉が呆気にとられた表情でこちらを見ている。
「兄さんが、こんなに早く起きてくるなんて……!」
「俺を何だと思ってるんだ」
鋭斗は嘆息しつつ言った。
「私も意外」
フィノーラが言うのを聞いて、ニクスは
「それは……エイトが手ぶらで来たのが、か?」
と尋ねた。フィノーラは頷く。
(手ぶら……? ……あっ)
鋭斗は気付いた。短剣を持ってきていないことに。
(何のために来たんだよ!)
自分にツッコんでいると、
「こうすれば良い」
フィノーラがラトゥール剣を出して地面に置いた。その上にラトゥール杭を勢いよく刺す。
バキン
ラトゥール剣が割れた。丁度、あの短剣くらいの長さになっている。
「おぉ……」
鋭斗は感嘆の声を漏らした。フィノーラの大胆さと器用さに。
ニクスはラトゥール剣を出し、構える。
「どこからでも来い」
(そう言われてもな……)
割れたラトゥール剣を拾い上げ、鋭斗はニクスに向かって跳んだ。
腕を狙った剣先が、いとも容易く躱される。身をひねると、ついさっきいた場所に、ラトゥール剣の柄が突き出されていた。そこをめがけて踏み込む、と見せかけて跳び上がりざま肩に斬りかかる。
「やるな」
ニクスが嬉しそうに言った。
(いやいや、当たってないし)
完璧に見切られ、防がれていた。当たり前だ。
頭上を狙う。当然弾かれた。その勢いを利用して、ニクスの後ろへ着地。即座に剣を突き出す。金属音。
ぶつかり合った2本のラトゥール剣が、軋みを上げてひび割れる。
「やっぱセンスあるぜ」
ニクスは言いつつ手を放し、横へ跳んだ。
勢いあまった鋭斗はつんのめりそうになる。
「ね、やっぱり兄さんは剣使える!」
美恵莉は自慢げに言った。
「何がやっぱりだ」
体勢を立て直し、鋭斗は美恵莉を向く。
「美恵莉の根拠はチャンバラごっこだろ」
「もちろん」
当然のように言う美恵莉に、鋭斗は呆れて肩をすくめた。
丸めた新聞紙でチャンバラごっこをしていた時期がある。複数人相手でも勝てるくらいには強かった。それを美恵莉は知っているのだ。しかし、あくまで遊びである。剣を使える根拠にはならない。
ニクスが根拠にしているのは、レスカーダ化の影響だろう。身体能力が強化されているから使える、という訳だ。美恵莉を引き合いに出したことから考えて、間違いない。
ラトゥール剣が魔力へと戻っていく。随分早い。
「兄さんも覚えればいいのに。ラトゥール剣を出す魔法」
美恵莉が無責任なことを言う。それに対し、フィノーラとニクスが
「あまりおすすめしない」
「ラトゥール杭の方が威力高ぇからな」
と言った。美恵莉は目をぱちくりさせる。
「……じゃあ、何で2人は覚えたの?」
「趣味だって言ったろ? 実戦で使ってるのはスパイルくらいのもんだ」
ニクスが苦笑しつつ答えた。
「いつの間にタメ口に……」
鋭斗は呟いた。美恵莉の、ニクスとフィノーラに対する口調が、前に聞いた時と変わっていることに気付いたのだ。
「というか、美恵莉は何しに来てるんだ?」
「ニクスさんとフィノーラさんが剣使ってるのを見るために決まってるじゃん。あ、でも、毎日来てるわけじゃ無いよ?」
「そこはどっちでも良い。迷惑かけてないか?」
「兄さんは私を何だと思ってるの?」
「馬鹿」
「そう言うと思ったけど! ……かけてないよね?」
ふと不安になったのか、美恵莉はニクスとフィノーラに確認した。2人は頷く。
「ほら!」
「それなら良いけど」
鋭斗は軽く溜息を吐いた。
それからしばらく、ニクスとフィノーラはラトゥール剣で戦い、鋭斗と美恵莉はそれを見ていた。
何本目かのラトゥール剣が消えてから、フィノーラは立ち去った。
「さて」
ニクスが鋭斗を向いて話し出す。
「あの短剣は、ラトゥール剣より遥かに頑丈だ。切れ味もかなり良い。魔物と戦う一助になると思うぜ。さっきの感じなら、特に練習しなくても通用しそうだしな」
鋭斗は目を丸くした。強化された身体能力、おそるべし。
「でも、短剣で魔物倒すってイメージ湧かないんだけど」
「倒すというか……魔物からの攻撃を弾いたり、絡みついてきたもんを斬ったり、そういうのに使えるってことだ」
「あ、そっか」
まだ頭が働いていないようだ。普段ならすぐに思い付くことを、ニクスに言わせてしまった。
ニクスもそれに気付き、
「エイトって、かなり睡眠時間必要なタイプか?」
苦笑して尋ねる。鋭斗は頷いた。
「そういえば」
美恵莉が言う。
「最上級の魔法って、どこに魔法書置いてあるの? 図書館に無いよね?」
脈絡の無い質問。
「いきなり何を」
鋭斗が目を瞬かせて言うと、
「魔法の勉強してる時に気になったんだけど、メルシャに聞こうと思って忘れてて、また忘れそうだから今のうちに聞いとこうかなって」
美恵莉は付け加えて話した。
「資料室だ」
ニクスが答える。
「研究室の隣にあってな。研究者とランク40万以上の魔導師しか入れねぇんだ」
ニクスは最上級魔法の魔法書を読んでみたいと思っていた。しかし、資料室はとても狭く、転移魔術で侵入するには危ない。正攻法で入るしかないため、未だ読めずにいる。
威力が高すぎるから管理が厳重なのだろうか、と鋭斗が思っていると、
「それって不便じゃない?」
美恵莉が言った。
「そうでもねぇな。そもそも最上級魔法は、覚えても使い所が相当限られるんだ。オスク洞窟の中くらいしか使えねぇ」
「何で?」
美恵莉と鋭斗が同時に聞く。
「必要な魔力量が多すぎるんだ。呪文の詠唱が必須なのもこれに起因してる。オスク洞窟は異様に魔力濃度が高ぇから……待てよ」
ニクスは説明していたが、ふと考えがよぎる。
「これって異世界人がオスク洞窟に現れるのと関係あるんじゃねぇか」
「……!」
鋭斗は驚いた。確かに、関係ありそうだ。
「ニクスさん、兄さんの考え方に毒されてきてない?」
「いや、俺は元からこんな感じだ」
茶化す美恵莉の言葉を否定し、ニクスは苦笑する。
「……悪ぃ、脱線した。つまり、魔力濃度の高い場所じゃねぇと最上級魔法を使えねぇんだ。オスク洞窟内とか、とてつもなく強い魔物を倒した直後とかな」
「そっかー」
美恵莉は納得したような声を出した。
公園を出て、3人で寮の方へ歩いていると、
「そういえば今日ね」
美恵莉が話し始めた。
「妖怪に食べられそうになる夢を見て、びっくりして起きたの」
「ヨウカイ?」
ニクスが聞き返す。
「魔物みたいなやつ」
鋭斗はとても雑に説明した。
「最近、毎日変な夢見るんだよねー。すぐ忘れちゃうんだけど」
美恵莉は、何でも無いことのように言った。あっけらかんと。ただの雑談として。
しかし、その事実は鋭斗にとって衝撃的だった。
「変な夢って、どんな?」
鋭斗は尋ねる。
「忘れたってば。えっと、通り魔に刺される夢とかだったかな?」
美恵莉の答えを聞いて、鋭斗は確信を強めた。これは、レスカーダ化の影響だ。
この話を聞くまでは、単に精神的なものだろうと思っていた。しかし、美恵莉もそういう夢を見ているとなると、レスカーダ化の影響としか考えられない。
鋭斗は溜息を吐いた。これからもずっと、毎日こんな夢を見続けるのかと思うと、少ししんどい。美恵莉は平気なのだろうか。気になって問いかける。
「毎日そんな夢見て嫌じゃないか?」
「別に? ほとんど覚えてないもん」
「寝不足には」
「ならないよ。今日びっくりしたのは、妖怪なんか出てきたからってだけで、普段はそのまま寝てるし」
死にそうになる夢を見てもそのまま寝ていられるとは、美恵莉は大物かもしれない。いや、どんな夢を見たか鮮明に覚えてしまっている方がおかしいのか。そんなことを思いながら、鋭斗は一つ嘆息した。
寮の喫茶店は6時から開いている。その喫茶店の防音の個室で、鋭斗とニクスはモーニングを食べることになった。ニクスが提案したのだ。
「……レスカーダ化の影響か?」
ニクスが話を切り出す。先ほどの兄妹の会話を聞いて察したのだ。鋭斗は頷きながら言う。
「多分」
「しんどくねぇか」
案じるニクスに、鋭斗は
「大丈夫」
笑って答えた。しかし、これは嘘だとバレるな、と思い直して本心を話す。
「まあ、ちょっとしんどいけど……メリットが大きすぎて、このくらいのデメリットじゃ釣り合わないくらいだし、ただの夢だし……現実味が無さすぎて笑えてくるようなのもあるし、とにかく大丈夫だ」
「そうか」
ニクスは安心したような声音で言った。




