3章(5) 誤魔化しだらけ
街へ戻ってきた。
「そっちは任せた」
「任された」
スパイルの言葉にニクスが応じる。
鋭斗、ニクス、聖女、魔王の4人は、駅へ向かった。魔王の容姿は大変目立つ。すれ違った人に凝視されるが、隠しようがない。
だから、ニクスは大声で言う。
「これが角の生えた男だ! 新種の魔物か宇宙生物か! B国の調査で明らかになるだろう!」
この言葉を聞いた人々は、納得したような顔をする。物珍しそうに見続ける人もいるが、異世界人かと疑う者はいない。
「宇宙生物って……」
鋭斗は困惑して言う。
「その誤魔化しが通用するなら、異世界人も宇宙生物のふり出来るんじゃないか?」
それを聞いたニクスは、首を横に振った。
「宇宙生物は人間の姿じゃねぇからな」
「ちょっと待ってください、実在するんですか? 宇宙生物が?」
聖女が割り入って質問した。
「ああ、島国が何体か飼ってるらしい」
ニクスは答える。
「仮に人間の姿の宇宙生物がいたとして、その宇宙生物がこの国に来て妙なことをしたら、異世界人としか思われねぇ」
「……前から思ってたけど、異世界人の判定基準ってフワッとしすぎだよな」
「そうだな。だから、ちょっとでも疑われることは避けなきゃならねぇんだ」
電車に乗り、首都の警察を目指す。この街の警察に行っても、首都へ連れて行くよう言われるだろう。B国へ引き渡すなら、一旦塔で預かることになるからだ。
途中の駅で乗って来た人がギョッとした顔をしたが、鋭斗と聖女が
「角男は人間じゃありませんでした。B国に調査してもらうことになってます」
と、小声で言って回った。おかげで騒ぎにならずに済み、無事、首都へ着いた。
夕暮れの薄暗さが、静まり返った石畳の道を染めている。17時になるまでには、まだ少し時間があった。
「なあ聖女、名乗る時どうするんだ?」
鋭斗はふと疑問に思って尋ねた。
「偽名を使います。というか、バイトの時に使ってました。リンナって」
「リンナ……そう呼んだ方が良いかな」
「そうしてください」
「それが前世の名前なのか?」
ニクスが問いかけた。
「あ、いえ……ちょっと違います。ほとんど一緒なんですけど、ちょっとだけ違います」
「そうか……妙なこと聞いて悪かった」
聖女は頑なに前世の名を言おうとしない。それが決別した過去だからだと、ニクスは気付いた。
「いえ、謝られるようなことは……」
聖女が言いかけた時、どこからか魔法が飛んできた。魔王めがけて。
鋭斗とニクスが瞬時に反応。防御障壁を展開し、魔王を守る。
人通りが無いからと油断していた。魔導師に見られ、魔物だと思われたのだろう。
『驚いたな』
さして驚いた顔をせず、魔王が言った。
「邪魔をするな!」
魔法を撃ってきた魔導師が、姿を現して怒鳴った。柄の悪そうな壮年の男だ。平家の屋根の上に立ち、魔王を睨みつけている。
乱れ撃たれる水弾が、勢い増して打ち付ける。障壁に、容赦なく。今にも砕け散りそうだ。
「落ち着けよ。魔物かどうかは分からねぇ。宇宙生物説が有力だ。B国へ調査に出すことになってる。邪魔になってるのはあんただぜ!」
ニクスが見上げて言い放つ。見下ろす男は魔法を止めて、苛立ちながら尋ねた。
「何の邪魔だ!」
「外交だ!」
答えた声は2つ。ニクスと、鋭斗だ。苛立っていた男は、虚をつかれたような顔をした。鋭斗をまじまじと見て、
「なに気配消してんだ!」
と怒鳴った。
「え、別に消してない……」
「消してただろうが! 全ッ然、気付かなかったぞ!」
弁明しようとする鋭斗に被せるように、屋根の上の男は文句を言う。
「私も、消してなかったと思いますよ」
聖女はフォローするが、
「お嬢ちゃんは黙ってな!」
にべもなく返された。
「だから落ち着けって。気配は関係無ぇだろ」
「いいや、関係大有りだ! 魔導師としての沽券に関わる!」
「気付かなかったのが癇に障るのか? それなら安心しろ、強いやつほどエイトに気付かねぇからな。あんたは強いってことだ」
「お、おう……そうか……」
話がすり替わっていたが、何はともあれ、急襲してきた男はニクスの言葉で落ち着いた。そして別の屋根に飛び移り、去って行った。
鋭斗と聖女はぽかんとしていたが、
「行こうぜ」
ニクスに言われて歩き出した。
警察に行くと、大層驚かれた。
「え、これが角男? 本当に? 全然、人間じゃないんだね」
警官は言いながら、塔へ電話をかけた。電話は市販されていないが、会社や主要な施設には設置してあるのだ。
電話を終えた警官は、
「B国へ引き渡すってさ。担当者が行くから待っているようにって」
どこか面倒くさそうに言った。
しばらくすると、スーツ姿の男がやってきた。
「なるほど、たしかに人間では無いな。これなら、角の有無で人間か否かを判断できるかどうかの議論は無駄だった」
魔王をじっくり見てボソボソ呟いた後、
「協力に感謝する。私がB国への引き渡しの担当者だ」
鋭斗とニクスを見て言った。そして魔王を連れて行こうとする。
聖女がついて行こうとすると、担当者は立ち止まった。
「……そちらのお嬢さんは?」
「あ、私、翻訳係として同行させていただきます。リンナと申します」
「翻訳係?」
担当者は怪訝な顔をした。鋭斗がフォローを入れる。
「この、角男の言葉が分かるそうです。何て言っているのか。研究する時に役立つと思います」
しかし担当者は納得しない。
「何故そんなものが分かるんだ?」
「動物の言葉が分かる人って、たまにいるだろ? そういう類だ」
ニクスが言うと、ようやく担当者は受け入れた。
「分かった、角男とともにB国へ引き渡す」
「上手くいったな」
ニクスは満足そうに呟いた。鋭斗は頷く。
警察から出て、寮に帰るところだ。時刻は17時を少し過ぎ、人通りが多くなっている。
南へ歩き、もうすぐ寮に着くところで、
「朗報よ!」
プロニに呼び止められた。レウリオも一緒だ。
「身元調査が廃止されたわ!」
「早っ⁉」
いくら何でも早すぎる。鋭斗は驚き呆れた。
「随分早ぇな」
ニクスも驚いた声を出す。
「タイミングが良かったのさ」
レウリオが話しだした。
「角男について方針を固めるように……B国へ引き渡すと決めるように、島国から通達があってね。緊急集会が開かれていたんだ。そこで、身元調査についても議題にあげて、すぐに決まったというわけさ」
「島国から通達って……」
内政干渉ではなかろうか。鋭斗が怪訝そうな顔をしていると、ニクスが教えてくれた。
「島国が手綱を握ってるから、この国はやっていけてるんだ」
「あ、そういう」
鋭斗は納得した。
「僕たちからすれば、島国を上手く利用しているつもりなんだよ。A国やB国には、C国は島国の属国だと揶揄されているけれどね」
レウリオが苦笑して言う。
「島国は科学的知見から魔力の謎を解き明かしたいのさ。魔力にはまだまだ謎が多いからね。そのための場所を、C国は島国に提供している」
「だから島国はC国を甘やかしてるのよ」
プロニが割り込んで言った。レウリオの話が長くなりそうだったからだ。
「大体分かった」
鋭斗が言うと、レウリオは不満そうな顔をした。もっと語りたいようだ。しかし、プロニが歩き出すと慌ててついて行った。
鋭斗とニクスは再び寮へと歩き出す。
「話は変わるが、短剣受け取ったんだって?」
ニクスの急な話題転換。鋭斗は一瞬何のことか分からなかったが、思い至る。
「あー、受け取ったというか押し付けられた。美恵莉から聞いたのか?」
「今朝な。それで、もし使うなら練習しに来たらどうかと思ってな」
ニクスに言われ、鋭斗は渋面を浮かべる。そんなに早く起きられない。それに……
「そもそも使える気がしない」
鋭斗が溜息を吐いて言うと、ニクスは意外そうな顔をした。
「エイトなら使えるだろ。ミエリでもあれだけ使えたんだから」
「えっ」
「起きれた時で良いから、試しに来いよ」
ニクスがあまりにも楽しそうに言うので、鋭斗は断る気を無くしてしまった。
「分かった。……あの短剣、フィノーラに見られて大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ちょっと調べたんだが、F国の宝剣に似た意匠のがあるらしくてな。それのレプリカってことにしておいた」
ニクスは小声で言う。
「ただ、C国出身者に通用するかは分からねぇ。なるべく見られない方が良いのは確かだ」




