3章(4) 対話
魔王戦の終わりは、あっけないものだった。この場の誰もが思っていたよりも。
「もしかして、魔王の防御スキルを破ったんですか?」
聖女はニクスに尋ねた。
最終形態の魔王は、そのままでは斬れなかったはずだ。それが、何かが割れるような音がした後、斬れるようになった。
「まあな」
ニクスは当然のように言う。聖女は戸惑いの表情を浮かべた。
「えーっと……どうして魔王が防御スキル使ってるって分かったんです? 私、今、テキトーに言ったんですけど」
「腕が増えたと同時に防御が張られたのは分かった。それが防御スキルだろうってのは、ただの推測だ」
「……そうですか」
聖女は言った。分かる人には分かるものなのだろうと、無理やり自分を納得させて。
「やっぱり新鮮で面白かったな、魔力を使わねぇ戦いってのは」
スパイルが伸びをしながら言った。それに対し、ニクスがツッコむ。
「使ってただろ、魔王の魔力」
「あれは、つい」
「つい、では魔力使えねぇだろ、普通! しかも何だよ、あの黒くて禍々しい炎もどきは」
「知らねぇ。とりあえず燃やそうとしただけだ」
「意味分からねぇ……」
ニクスは頭を抱えた。
「お前、異世界のことなら何でもすんなり受け入れるくせに、オレがやることには納得しねぇよなぁ」
「当たり前だろ⁉ あんたはこの世界の人なんだから! あんな滅茶苦茶なことやられると混乱するんだ!」
「そう言われてもなぁ。親父も兄貴も割とこんな感じだし……血筋だ、血筋」
スパイルは苦笑しつつ言った。ニクスは不満げな表情で黙る。血筋と言われては納得せざるを得ないのだ。
「それより、勇者一行はどうやってあの防御を突破するはずだったんだ? めっちゃ硬かったけど」
スパイルが聖女を見ながら言う。聖女は
「知りませんよ。魔王の防御スキル自体知らなかったんですから」
きっぱり答えた。
「多分、勇者一行の誰かが、防御力を低下させるスキルとか使えるんじゃないか? それか、勇者は特殊な剣を得て、防御スキルを無効化できる、とか」
鋭斗が想像で話すと、3人は
「ああ、なるほど」
と言った。
そんな話をしていると、魔王がむくりと起き上がる。
『我を討ち果たすとは見事なり』
魔王の口から出た異世界の言葉。聖女にしか理解できない。
聖女は魔王の前に行き、
『魔王さん。私は聖女です。あなた、転生者って本当ですか? 魔王に生まれ変わる前は日本人でした?』
と尋ねた。魔王はしばらく考えた後、
『ああ、確かに。うっすらと記憶がある。日本人だったのは間違いない』
鷹揚に言った。
『どれくらい覚えてます? どうやって死んだのか、とか覚えてますか?』
聖女は興味本位で聞いた。
『どんな人生だったのかは分からない。しかし、どんな死に方だったのかは覚えている。駅のホームから飛び降りて、電車に轢かれて死んだのだ』
魔王の答えを聞いた聖女は、顔をしかめた。
『一番ダメなやつじゃないですか。大迷惑ですよ、それ。魔王に転生しちゃったのも、きっと罰が当たったんです』
『ふむ、そうか。聖女は前世を覚えているのかね?』
『はい、私も日本人だったんですよ。結構覚えてます。ただ、どうやって死んだのかは覚えてないんですよね……』
聖女は溜息を吐いた。
『ところで魔王さん、魔王として振舞っていた時の記憶はあるんですか?』
『ああ、無論だ』
『どうやってこの世界に来たんですか?』
『あれは勇者一行と戦っていた時のことだ……』
『ちょっと待ってください、戦ったんですか? 勇者一行と?』
『……戦ったと言えるのかは分からぬ。しかし、目の前に勇者一行がいたのは事実。そして、勇者が何か、スキルを使ったのだ』
そこまで聞いて、聖女は3人のもとへ戻った。
「何か魔王さんに質問あります? 因みに、この世界に来たのは勇者さんがスキルを使ったせいです。私もそうだったんでしょうね」
言ってから嘆息する。
「じゃあ、魔力吸収してた理由と、人を襲わなかった理由と……」
スパイルが質問事項を並べ立てると、聖女は慌てて
「待ってください、それは聞かなくても分かります」
と言った。
「魔王は手下に人を襲わせるんです。この世界に手下はいないので、人を襲うことは出来ませんでした。魔王自身は、住処の近くの村に行っては魔力を吸収していく存在です。そういう風に作ったと、女神様が言ってました」
要するに、その行動は魔王の意思によるものでは無かったのだ。
「なるほどな」
「質問というか、伝えてほしいことはある」
スパイルとニクスが言った。そして、B国への引き渡しの件を説明する。
「分かりました……けど、それ、人権は大丈夫なんですか? 実験動物みたいな扱いされません?」
聖女は不安そうな顔で首を傾げる。
「魔王さんは、魔王として倒されるってだけで充分罰を受けてると思うんです。これ以上、苦しい思いをしてほしくありません」
聖女の言葉に、3人は顔を見合わせた。
何を話していたのか分からないが、聖女には思うところがあったのだろう。魔王に情が移ったようだ。
「え、人間扱いしたら異世界人確殺法が……」
鋭斗が呟く。
「C国内では人間とちゃうことにして、B国に入ってから人間扱いしてもらう……いけそうだな」
スパイルは考えながら言った。この外見なら、人間ではないと思わせるのは容易い。B国で人間扱いしてもらうためには、コネを使って根回しして、それから……。そこまで考え、聖女に向き直る。
「嬢ちゃん、魔王と一緒にB国へ行けるか? 魔王の翻訳者として」
それを聞き、聖女は嬉しそうに微笑んだ。
「行きます! 同郷の者として、放っておけませんから」
そう言って、魔王のもとへ走っていく。
『あの、魔王さん。あなたの持つ魔力吸収スキルを研究させてほしいって人がいるんです。協力してくれますか? 待遇は保証されますし、翻訳担当として私も同行しますよ』
『ふむ、良いだろう』
魔王は快諾した。どのみち、これから何をすれば良いのか分からなかったのだ。しかも、聖女にしか言葉が通じない。この提案は願ったり叶ったりだった。
5人は洞窟から出て、街へ向かう。
「それにしても、すごい剣さばきでしたね。本当に魔導師なのか疑いたくなります。剣士の間違いじゃないんですか?」
聖女はスパイルとニクスを見て言った。
「剣士って職業は無ぇぞ?」
「魔導師と比べるなら、騎士だな」
2人の答えに、聖女は不思議そうな顔をする。鋭斗もまた、唐突に出てきた「騎士」という単語に違和感を覚えていた。
スパイルとニクスは説明する。
「騎士ってのは、魔導師のA国版、みてぇなやつだ」
「結局のところ、魔物と戦う仕事だ。現代で言うところの騎士は、な」
「そうそう。魔導師との違いは戦い方だな。制度も違うけど。騎士は複数人で戦うのが普通だし、剣に魔法を付与して戦うんだ。だから、騎士と魔導師がサシで戦えば魔導師が勝つ」
「スパイル……説明が雑すぎねぇか」
ニクスは呆れたように言った。そして、補足する。
「同程度の実力を持つ騎士と魔導師が戦えば、回復魔法や補助魔法がある分、魔導師の方が有利ってことだ。魔法付与で出来るのは攻撃と防御だけだからな。そういう訳で、魔導師は1人で魔物討伐に行けるが、騎士は複数人で行くんだ」
「えっと、騎士が剣を使うのは分かりましたけど……お2人は、魔導師なんですよね?」
腑に落ちない、という表情で聖女は言った。
「オレは20歳まで騎士団にいたからな」
「俺はこの世界に来るまでは主に剣で戦ってたからな」
スパイルとニクスが答えた。聖女はようやく納得したように、
「元騎士と元剣士ってことですね」
と言った。しかし、ニクスが否定する。
「俺は元剣士じゃなくて元魔術師だ」
「意味不明なんですけど⁉」
聖女は混乱してきた。しかし、ニクスは詳しく話そうとしない。
「騎士団というのが気になる」
鋭斗が呟く。それを聞いたスパイルは、軽く話した。
「複数の隊に分かれてて、大きい街には大隊が、小さい街や村には小隊が配属されるんだ。首都は本隊な。因みに、親父は元団長で、今は兄貴たちが団長と副団長やってる」
鋭斗は目を丸くした。聖女も同様だ。
「そういう家系だから強いんですか?」
「逆だな。強い家系だからそうなった。強いやつが隊長になって、4年に1回隊長同士で試合して、優勝者が団長、準優勝が副団長になるんだ」
「……どうして魔導師になったんですか?」
全く理解できない、というように、聖女は疑問をぶつける。
「お袋が魔導師でな。色々と話聞いてるうちに、思ったんだ。騎士より魔導師の方が性に合ってるって。騎士と違って自由に魔物討伐に行けるからな」
スパイルが語ったのは、魔導師に憧れたきっかけだった。魔導師になると決意した理由は別にあるのだが、それを話す気は無い。
「スパイルさんのご両親は国際結婚だったんですか?」
「ああ。珍しいことにな」
「珍しいんですか?」
「めっちゃ珍しい。特にA国人がC国人とってのは有り得なかった」
話を聞きながら、鋭斗は思った。聖女が色々ズバズバ質問してくれるから楽だな、と。




