3章(3) 余裕ある戦い
4人の靴音が、洞窟に響き渡った。
瞬時に魔力が消え去る。洞窟の奥から感じるものを除いて。
「本当にいましたね……」
聖女が嫌そうに呟いた。
一方、男3人は――特にスパイルとニクスは、期待に胸躍るといった風で、軽やかに歩いている。
「何でそんなに楽しそうなんですか」
理解できずに聖女は尋ねた。
「だって魔王だぞ? 面白そうじゃねぇか」
スパイルが言う。
「……やっぱりゲーム感覚なんですね」
「まあ気楽に見てろって。スポーツ観戦みてぇな感じで」
「ええぇ……」
魔王を舐めきったスパイルの言葉を、聖女は受け入れられない。そこへニクスがフォローを入れる。
「俺もスパイルも油断してるわけじゃねぇ。単に楽しんでるだけだ」
「ちょっとよく分かりません」
「今回、スパイルはかなり慎重に事を運んでる。俺を待ってたのが証拠だ。普段なら、とりあえず1人で挑みに行く人なのにな。それだけ魔力が使えねぇことに危機感持ってるってことだ」
「あ、ちゃんと危機感あったんですね……」
聖女は驚いた。全くそのように見えなかったのだ。
そんな話をしながら歩き、最奥に着いた。4人は遠巻きに魔王を観察する。
灰色の肌に、ぎょろりとした赤い目。耳は高く尖り、角の根本まで達している。長い2本の角が生えた頭は髪が無く、平らだ。新聞を読んだ誰もが思っていなかっただろう。「角の生えた男」が、これほどまでに人間らしくない容姿だとは。
「思ったより小さいな」
スパイルが言った。魔王の身長は、スパイルやニクスとそう変わらないように見える。
「これは……魔王も転生者ってやつだな」
ニクスが目を丸くして言った。
「えっ」
鋭斗と聖女が同時に声を漏らす。ニクスは少し考え、
「……バグでも発生したんじゃねぇか? ゲームみてぇな世界だったんだろ? 別の世界の魂なんて異分子、その世界では対応できなくて……世界が異分子を排除しようとして……それでこの世界に飛ばされてきた、とかな」
想像を話した。
「先越された……そういうの、俺の得意分野なのに」
鋭斗が苦笑して言った。
「なんだか、その話が事実のように思えてきました……」
聖女が呟いた時、魔王が火を吹いた。
4人のいる場所までは届かない。しかし、その炎は魔王の前を埋め尽くしている。誰も近付くことを許さないように。
「ほら、無理ですって。帰りましょう」
聖女は言った。しかし。
「任せろ」
ニクスがニヤリと笑って言った。レジ袋から剣を取り出し、構える。
「おー、任せた」
スパイルが呑気な声を出した。
「えっ、何するつもりです?」
聖女が戸惑いの声を上げるのを無視して、ニクスは飛び込んだ。吹き荒れる炎の中へ。
「なっ⁉」
聖女は驚愕の表情を浮かべた。
少しして、火を吹いていた魔王の動きがピタリと止まる。
魔王の後ろに抜けたニクスは、地面を蹴って宙返り、魔王の正面に戻りつつ距離を取る。
「は……?」
聖女が呟く。何が起こったのか分からない、という表情で。
魔王の背から、ズズ、と翼が生えた。行動パターンが変わったのだと分かる。
「あの程度で変わるのか」
ニクスが言いながら3人のもとへ戻った。もちろん無傷である。
「ちょっ、今、何したんですか⁉」
「斬った」
「はい⁉」
ニクスの言動に混乱している聖女の肩を、鋭斗はポンと叩いて言った。
「まあ落ち着けって」
「エイトさんは何でそんな平然としてられるんですか⁉」
「この前見た」
「何を⁉」
聖女の剣幕にたじろぎながら、鋭斗は説明を求めるようにニクスを見る。
「この剣は、持ち主を火から守るんだ。特定の角度で構える必要があるけどな」
ニクスは苦笑しながら話した。聖女は渋面になる。
「……この世界、何でもありなんですか? そんなファンタジー感あふれる武器があるとは思ってなかったんですけど」
「いや、これは異世界の剣だから、この世界とは関係無ぇ」
魔王そっちのけで喋っていると、
「そろそろやろうぜ。魔王が暇そうにこっち見てるぞ」
スパイルが言った。
「よし」
ニクスは再び剣を構え、スパイルの隣に立つ。
タッと音を立て、2人は同時に駆けだした。
魔王の翼が光を帯びて、洞窟の天井に紋様を描き出す。その紋様から雷が吐き出された。
降り注ぐ雷撃。2人は左右に跳んで躱す。そのまま魔王に斬りこんだ。全く同じタイミング。
それを魔王は、翼で防いだ。そのはずだった。
ニクスの剣は翼ごと、魔王の体を斬り下ろす。スパイルは流れるように翼の奥へ剣を滑らせ、魔王の体を突き刺した。
2人は後ろに跳んだあと、元いた位置まで下がる。
「これでまた変わるだろ」
スパイルが言った。行動パターンのことだ。そして
「あの翼、随分硬かったな。斬れなかったぞ」
どこか不満げな声で呟く。
「え……ニクスさんは斬ってましたよね?」
「ああ、この剣はとてつもなく切れ味良いからな」
聖女の問いに、しれっと答えるニクス。そこにスパイルが言葉を投げ入れる。
「本当にな。前に剣ごと斬られそうになったくらいだ」
「受け流してたじゃねぇか」
その会話に、鋭斗と聖女は「何がどうしてそうなった」と聞きたげな顔をした。
「いやー、初めて会った時にな」
スパイルが話そうとすると、
「やめてくれ、頼むから」
ニクスは慌てたように言った。
「冗談だって。言わねぇよ」
スパイルは笑って言い、魔王の方を向く。
「こっからが本番だな」
「ああ」
魔王の手は4本に増えていた。上の両手には斧を持ち、下の両手には剣を持っている。
斬られたはずの翼は元に戻り、さらに大きくなっている。
「先に調べる」
言うなり、スパイルは魔王のもとへ駆けた。迫る雷撃、追加で炎。するりと避けて斬りかかる。
魔王は剣を交差させ、斬撃を受け止める。上から殴りかかろうと、斧持つ両手を振り上げた。
その瞬間、ふっとスパイルが屈んだ。止められていたはずの剣は、いつの間にか奥へ。魔王の胸を貫こうと突き出される。
火花が散った。
「ちっ」
やはり斬れない。魔王の武器が一斉に迫り来る。転がり後ろへ回り込んだ。翼が嫌な動きをする。後ろは壁だ、下がれない。
大きな翼に棘が生え、バサリと音立て後ろを襲う。
「行かなくて良いんですか⁉」
聖女はニクスに言った。ニクスはじっと、スパイルの戦いを見ている。
「……」
無言。聖女の声など聞こえていないかのように。
ニクスは探っているのだ。魔王がどのような動きをするのか。どこを斬れば魔王の防御を壊せるのか。
棘があろうと関係無い。翼の動きを受け流し、下から滑り込むようにして、再び魔王の正面へ。仕切り直しだ。
魔王の翼が黒く輝く。スパイルは直感した。これは対処しきれない。
「来い!」
ニクスを呼ぶ。あの翼を斬り落とせ、と。
その一言で、ニクスは瞬時に反応した。驚異的な速さで魔王との距離を詰め、勢いのままに片翼をぶった斬る。
逆の翼にはスパイルが剣を突き立てていた。黒い光が剣へと絡み、炎のように燃え上がる。黒炎が剣を中心にして吹き荒れ、翼を消し炭にした。
「無茶苦茶だ」
ニクスは渋面を浮かべて呟いた。
翼の光は魔力だった。この世界のものとは異なる質の。それをスパイルは、この世界の魔力と同様に使って見せたのである。
「ダメージにはなってねぇな」
言いながらスパイルは、魔王の腕へ向けて剣を振る。
それを魔王は斧で受け、残りの腕3本でスパイルを襲った。それらはスパイルを捉えられない。受けたつもりが流されていたのだ。
「そこか!」
ニクスが言って、剣を振る。下から上へ、魔王の左脇をめがけて。
パキンと音がした。
「はあっ」
2人の剣が魔王に迫る。斬り上げと斬り下ろしが左右から。斧と剣で受け止めようにも、間に合わない。
硬かったはずの魔王は、いとも容易く切り裂かれ、剣が深々と2筋の傷を刻んだ。
魔王はそのまま後ろに倒れ、動かなくなった。手から武器が消える。淡い光に包まれて、腕が2本に戻っていく。
「終わりか?」
「虐殺王より弱かったな」
そう言って、スパイルとニクスは魔王の様子を見ながら、観客席のような場所へ戻った。




