3章(2) 作戦会議
「お、来た来た」
ニクスがスパイルの家のドアを開けると、待ち構えていたようにスパイルが言った。リビングの椅子に座っている。その向かいに聖女も座っていた。ぽかんとした顔で、入って来た2人を見ている。
10月15日の午前10時過ぎだ。
スパイルは、ニクスが来ると確信していた。そのため、リビングで待っていたのである。聖女には特に何も説明せず、席に着くよう言っただけだった。
ニクスはスパイルの隣に腰掛け、鋭斗は聖女の隣に座った。
それを確認し、スパイルが言う。
「これより、魔王討伐作戦会議を行う!」
「魔王⁉」
鋭斗は驚いて聞き返した。
「新聞に上がってた、角の生えた男……あれは魔王らしい」
スパイルは楽しそうに話しだす。聖女に聞いた話を。
「それで年甲斐も無くはしゃいでんのか」
ニクスが呆れたように言った。しかし声音は弾んでいる。
「まあ、そういう訳だ」
「もしかして、1人では行かないって言ってたのは……?」
聖女が恐る恐る尋ねると、
「ニクスと行こうと思ってな」
スパイルはきっぱりと答えた。
「……エイトさんは?」
「あー、言い方が悪かったな。戦うのはオレとニクスってことだ。行くのは何人でも良い」
スパイルは言った後、聖女に問いかける。
「嬢ちゃん、魔王について詳しく教えてくれ。他にも何か知ってんだろ?」
「確かに、女神様から色々聞きましたけど……」
聖女は不満そうに言う。
「わざわざ討伐しに行く必要あります? ふいに現れて魔力吸収していくだけですし、放っておいても害は少ないと思うんですけど」
「急に魔力消されたら困るだろ。1回だけならともかく、昨日も消えたし」
スパイルが反論した。
「それは……」
聖女は言葉に窮した。困るのは事実なのだろう。しかし、それが危険を冒してまで魔王を倒しに行くほどの理由なのか。とてもそうは思えない。魔王のことを舐めているように見える。
「……ゲーム感覚になってませんか? 私や魔王のいた世界はゲームみたいな世界だったと言いましたが、それでも現実なんですよ?」
それに対し、スパイルは
「良いじゃねぇか、ゲーム感覚でも。まず聞きたいのは、魔王は死ぬのかどうかだな」
と言った。すると、ニクスが呟く。
「スパイルも知ってるのか」
「どういうことですか……」
聖女は疲れたように尋ねた。もっと危機感を持ってほしいのだが、馬耳東風だ。
「多分、B国へ生きたまま引き渡したいって話」
鋭斗が答えた。
「そうそう。死なねぇんなら手加減無しで生け捕りにできるかと思ってな」
スパイルが言った。
この街にも情報屋がいる。政府の情報は既に得ていたのだ。
「……倒せるなら可能ですよ」
聖女は話す。
「魔王はHPをゼロにしても死なないんです。代わりに、会話が出来るようになります。理性を取り戻す、みたいな感じですかね」
「人間はHPがゼロになったら死ぬのか?」
ニクスが質問した。
「そうです。因みに、蘇生スキルとか蘇生アイテムとか復活場所とか無かったですよ。ゲームと違って」
聖女は「ゲームとは違う」ことを強調する。魔王のことを、ゲームから出てきたような存在だと考えられては困るのだ。現実の脅威であり、勇者一行は死闘を繰り広げることになるはずだったのだから。
「魔王のHPをゼロにする、というのも一旦殺すって認識で良いと思います」
「なるほどな。やり易くて良い」
ニクスが言うと、聖女は渋面を浮かべた。
「魔王は強いんですよ? 正面からの攻撃しか効きませんし、HPを削ると行動パターン変わりますし」
「行動パターン知ってるのか?」
ニクスが尋ねる。
「いえ、そこまでは教えてもらえませんでした」
「行動パターンが変わるのは魔物も一緒だ。慣れてる」
スパイルは自信ありげに言った。
「それにしても、魔王と会話できるようになるって……勇者一行と仲良くなったりする予定だったのか?」
鋭斗が不思議そうに言う。
「いえ、そういう訳ではありません。魔王は勇者一行の質問に答えるだけで……それが終われば、消滅します。世界を安定させるためのエネルギーとなって。勇者一行と魔王の戦いは、そのエネルギーを魔王に貯めるための儀式でもあるんです」
「消滅されたら困るな。どうすりゃ消滅させずに済むんだ?」
スパイルが尋ねると、聖女は嘆息した。
「頃合いを見て魔王を消滅させるのは、女神様です。だから、この世界で魔王が消滅することは無いです。……そもそも倒せるとは思えませんけど」
「でも、勇者が倒す予定だったんだろ? 勇者の武器は何だ?」
スパイルが確認するように尋ねた。
「剣、ですけど」
「なら、剣で倒せる相手ってことだ。何の問題も無ぇ」
「ちょっと待ってください、勘違いしてませんか? 勇者一行は、魔王の魔力吸収を阻害するスキルを得るんです。だから、スキルを駆使して戦えるんですよ。でも、魔導師は大気中の魔力が無いと魔法が使えないんですよね? 詰んでるじゃないですか」
聖女はまくし立てた。しかし、ニクスが一言。
「だから剣で戦うんだ」
「……魔導師ですよね?」
聖女は、理解できない、という顔をした。
「気持ちはよく分かる」
鋭斗が言うと、聖女はすがるような声を出した。
「だったらエイトさんも止めてくださいよ……」
「無理。……その必要も無いと思うし」
鋭斗は苦笑して言った。
「え、もしかして、私がおかしいんですか?」
「いや、聖女はまともなこと言ってると思う。この2人がぶっ飛んでるだけで」
鋭斗の言い様に、ニクスとスパイルは笑い声を上げた。
もっとも、鋭斗はスパイルの剣の腕前を知らない。しかし、ニクスの態度から察するに、相当なもののはずだ。
聖女はテーブルに突っ伏し、
「知りませんから。どうなっても知りませんから。勝手に行けばいいじゃないですか。そして魔王の強さに恐れ戦いて逃げ帰ってきてください」
ふてくされたように言った。
「折角だから嬢ちゃんも見に来いよ」
スパイルが言う。
「何が折角なんですか……」
「だって、勇者一行に入って魔王と戦うはずだったんだろ? 見たいと思わねぇか? 魔王との戦いを」
「……別に思いませんけど」
聖女はテーブルに顔を伏せたまま答える。
「俺は見に行く。楽しそうだし」
鋭斗が言った。
「エイトさんも充分ぶっ飛んでますよ……」
聖女は溜息を吐いた後、顔を起こした。
「……私も見に行きます。無理だと分かったら絶対に逃げてくださいね」
聖女は知らない。それは釈迦に説法であることを。
スパイルの家から北西に40分歩いたところに一本道の洞窟がある。そこを目指して4人は歩いていた。
「そもそも、本当に魔王がそこにいるかどうか分からないんですけどね……」
聖女が呟く。
「いいや、いる。オレの勘を信じろ」
スパイルが自信たっぷりに言った。
「……エイトさん、どう思います?」
「さあ……ニクスは?」
「いると思う」
ニクスが答えると、鋭斗は
「じゃあ、いるに違いない」
と言った。
「多数決⁉ 2対1ってことですか⁉」
「いや、そうじゃなくて、ニクスの予想は当たるっていうか……」
「何ですかそれ……」
聖女が呆れたように言う。
「大体、魔王討伐作戦会議とか言っておいて、何の作戦も立ててませんよね? 私の話を聞いてただけじゃないですか」
「立てただろ」
「剣で倒す。以上」
スパイルとニクスが言った。
「それ、作戦って言います……?」
「聖女、さっきから思ってたけど、心配し過ぎるのは失礼な気がする」
鋭斗の言葉に、聖女は嘆息した。
その様子を見たニクスが軽く説明する。
「行動パターンが分からねぇんじゃ、詳しい作戦は立てられねぇ。だから、実際に戦いながら決める。魔物の討伐と一緒だ。違うのは、魔力を使えねぇってところだけだな」
「そこが一番重要じゃないんですか?」
「ああ、だから予め剣を出したんだ」
ニクスは黒い剣を、何枚も重ねたレジ袋に入れて持ってきていた。スパイルの家を出る前に、異空間から出したのだ。
「どこで魔力吸収を使われるか分からねぇからな」




